第2話

〝ランベリス卿殺害事件〟の被告人――つまり〝盾の騎士スクード〟であるウィルの便宜上の雇い人は、現在、帝国陸軍近衛師団帝都防衛本部、通称〝クリムゾンフォード〟に勾留されている。ウィルの家からは歩いて小一時間の距離だ。

 道すがら、ウィルは事件の概要をレイファスに語ってみせた。完全な部外者のである彼に事件の話をするのは、あまり気が進まなかったが、レイファスの呆れるほどの質問攻めについに根をあげしてまったのだ。

「事件が起きたのは、今から一か月前の夕刻。殺害されたのは帝都に住む貴族、ロバート・ランベリス卿――」

 殺害された現場は、ウェスト・ホーリーミル地区にある邸宅の彼の書斎。ロバート・ランベリス卿は男爵位を持つ大貴族で、税務局の特別顧問を勤める政界・財界の大物である。

「惜しい人物を亡くしたね」

 レイファスがそう言って溜息をついた。

「えっ、ランベリス卿をご存じなんですか?」

「うん、良く知ってるよ。彼は元々、魔導院の所属でグロスター大の魔法科教授として教鞭をとっていたこともあった人物だからね。いわば私の同業者だったんだ」

 そう、ランベリス卿が〝元・魔法使い〟であることは、ウィルも彼の経歴を調べて知っていた。八年前、魔導院が解体されたとき、ランベリス卿は宮廷社交界のコネを生かして税務局高官に招聘され、見事な転身を遂げた。ただ、だからといって彼は決して狡猾な悪徳官僚というわけではない。清廉潔白で篤実温厚、博学多才の士として知られる卿は、新しい職場でも強い尊敬と人望を集め辣腕を振るっていたらしい。

「彼が二十年前に著した『エンゴクジョロウグモの糸を触媒にした形態変化魔法の影響と観察』という論文は、まさに白眉といえる出来だったね。彼の魔法界への貢献は計り知れないよ」

 レイファスはそういって楽しそうに遠い目をする。魔法のことを語る彼の顔は、子供のように無邪気でキラキラしている。

「……ともあれ、ランベリス卿は、殺されるような恨みを買うような人物はなかったはずなんです」

 ウィルが脱線しかけた話題を修正する。

「死因は?」

 レイファスの質問に、ウィルは待ってましたと言わんばかりに頷く。

「心臓を銃弾で一発。ほぼ即死の状態でした。」

「あぁ、嘆かわしい……。魔法使いが銃で死ぬとは……なんとも寓話的な。まるでうつろう時代の流れを象徴するような……魔法の衰退と科学の台頭を喩えているようじゃないか」

「ちなみに凶器はドラゴンスレイヤー社のパーカッションロック式の単発銃マスケットです。被害者の書斎のデスクの中にあった、彼の所有物でした」

 レイファスを無視してウィルは話を続ける。彼に説明するというより、自分自身の中でもう一度、事件の情報を一から整理するための言動だった。

「つまり、犯人は書斎に忍び込んで拳銃を盗み、それで犯行を遂げた、と」

「そういうことになりますね」

「では、その日に彼の屋敷にいたすべての者が容疑者ということだね?」

「……と思いますが、生憎そういうわけではないんです」

 にわかにウィルの顔が曇った。

「容疑者はほぼひとりに絞られています。それが僕の依頼人――本件の被告人なのですが」

「それは何故?」

 レイファスの質問に対し、ウィルは眉間に皺を寄せて答える。

「目撃者がいるんです。犯人か犯行に及んだまさにその瞬間の。しかも――複数人」

 そのとき、二人が路地を曲がった先に、黒褐色の偉容な建物が姿を現した。それは目的地である〝クリムゾンフォード〟――帝都の治安維持を統括する警察機関の中枢であった。


   ★   ★   ★


〝クリムゾンフォード〟の受付で簡単な手続きをしたウィルとレイファスは、そのまま建物の地下にある独居房に通された。ここは係争中の被告人を拘留する監獄である。暗くジメジメしていて、とても快適とは言い難い施設であった。

「複数人の目撃者というのは、どういうことなんだい?」

 詰所で面会手続きの書類を確認するウィルの後で、水黴の臭いに鼻をつまみながらレイファスが聞く。

「どういうことって……言葉通りの意味です」

 ウィルが振り返って答えた。

「被害者であるランベリス卿が射殺されるまさにその瞬間を、屋敷にいた複数の人物が同時に目撃しているんです。目撃者は合計五人」

「五人も!? それはすごい」

「犯行現場で卿の屋敷にある書斎は四階建ての二階部分。しかも吹き抜け状の中庭に窓を面していました。中庭には各階ごとにグルリと窓つきの回廊が張り巡らされていいます。つまりどの階のどの部屋からも、窓から中庭を眺めれば、その先の書斎の様子が一望できる構造になっているんです」

 ウィルは手に持ったペンで、書類の雑紙の裏に簡単な屋敷の間取り図を書いて説明する。

「犯行当時、書斎のカーテンは開け放たれていて、中の様子は丸見えでした。厨房、食堂、自室、廊下……目撃者のいた場所は様々でしたが、共通していることはどの場所からも中庭を通して、書斎の様子がバッチリ見ることができるということ――」

「ふーん。で、そこにいる犯人を見た、と」

「はい。手に拳銃を持ち、卿に向けて引き金を引いた、まさにその瞬間を――」

 そのとき詰所から当番の看守が出てきて、面倒そうに書類を受けとった。そしてジャラリと鍵束をもって「ついてこい」と顎をしゃくる。二人は歩きながら話を続ける。

「残念ながら……五人の目撃者の証言は一致しています。すべての目撃者が、当時屋敷にいた一人の人物の犯行を名指ししているんです」

「それが僕たちがこれから会う、君の〝依頼人〟ってことか」

 ウィルはコクリとうなずく。と同時に軋んだ鉄の擦れ合う音が響いた。看守が鉄格子を空けた音だった。第十六番独房。看守は「おい!〝盾の騎士スクード〟の面会だ」と告げる。それに応え、暗がりからゆっくりとこちらに歩いてくる〝依頼人〟。その顔がランタンの灯りに浮かびあがる。

「…………なるほど」

 その容貌を見て即座にレイファスが唸った。

「フェルパ族の少女か! どうりで目撃者の証言が完全に一致するワケだね」

 そこにいたのは小柄な少女だった。しかもその容姿は普通のヒトとは違う。頭には尖った獣の耳があり、緑翠玉エメラルドに光る目は砂時計のような縦に細い瞳孔をしている。ネコ科の動物のように細くしなやかな肢体を持った亜人だった。

 フェルパ族――帝国領の南方に位置するバルバリアに広く生息する半獣半人の亜人種デミヒューマンである。通常は熱帯の密林地帯に部族単位で生活していて比較的閉鎖的かつ希少な種族であり、北限の地である帝都に住む者はかなり珍しい。しかも少女の獣の耳は明らかに普通のヒトのそれと違う。遠くから見ても一目瞭然。レイファスの言った通り、目撃者が彼女の容姿を他の者と間違うことは難しいだろう。

「キャス・パ・リューグさん。ランベリス卿の家で使用人として働いていました」

「…………」

 フェルパ族の少女はウィルの紹介に反応せず、ただ無言で俯いている。その目には警戒と怯えの色が映っていた。可憐な美少女だった。とても人を殺めるようには見えない。

 ふとウィルは少女の顔――左目の下の頬に小さな痣があるのに気付いた。それは先日、面会したときにはなかったはずだ。「その痣は……」と口に出した瞬間、その理由に気付いて愕然とする。

「殴られたんですか!? 誰に!? 看守!? 警備兵!?」

 その質問には答えず、ただ悲しそうに俯くキャス。その様子に、ウィルは体がフツフツと怒りで沸き立つのを憶えた。

「許せない! 君は帝国法の庇護下にあり、肉体と精神の安全を保障されているはずだ! こんな不当な暴力は……違法だッ!」

 いつもは大人しい性格であるウィルの激昂は、隣にいるレイファスをも驚かせた。

〝亜人種特別法〟と呼ばれる帝国法により、フェルパ族は帝国国民としてヒトと同様の市民権を与えられている。いかなる状況であっても彼女の人権は保護されるべきなのだ。

「……私は大丈夫です」

 蚊の鳴くような声でキャスが呟く。その声は無力感と諦観に彩られていた。

「大丈夫じゃない! 拘留場所を代えよう! 今から申請を出す。こんな場所に君を置いていけない!」

「まぁ、待ちたまえ、ウィル」

 興奮するウィルを宥めるように、レイファスが肩を叩く。

「果たして私たちにそんなことをしている時間があるのかい? 良く分からないけど、拘留場所を代えるためにはいろいろ書類を揃えたり、面倒な手続きが必要なんだろう?」

 レイファスの意見に、ウィルは弾かれたようになって我に返る。そうだ、自分たちに与えられた時間はあと五日――その限られた期間で、何としても事件の真相を掴み、彼女の無罪を勝ち取らなくてはいけないのだ。もはや一分一秒の無駄もできない。

「………………ちくしょう」

 ウィルは爪が掌に食い込むほど強く拳を握り締めて下を向いた。目尻に涙が浮かぶ。

 悔しい――自分が〝騎士〟になったのは何の為だったのか? この世界の不条理を打ち砕き、法という剣を以て無辜の民を救う正義の使者になる為ではなかったのか?

 しかし今の自分には、目の前にいる少女一人、助けることもできないのか……。

「……ともあれ、自己紹介がまだだったね、キャス君」

 忸怩たる思いのウィルをよそに、レイファスが少女に話しかけた。

「初めまして。僕はレイファス。レイファス・ヴェネラビリス・アプ・メルリヌス・カレドニス……その後、通称やら祖先の名前やら生まれ故郷の名やら、合計十六ほどの姓がつくけど……まぁ長くなるから省略するよ」

 場の重い空気を意に介さず、レイファスは陽気に握手しようと右手を差し出す。キャスはその手をとることなく、横にいたウィルをチラリと見遣る。

 ウィルは慌てて「あ、裁判の手伝いをしてくれる人です」と取り繕った。「……安心してください、味方です」という言葉も付け加えて。

「それじゃあキャス君、率直に聞かせてもらおう」

 レイファスはいきなりズイッと顔を少女に近づける。

「君はランベリス卿を殺したのかい?」

 ウィルは愕然とした。なんという無神経で不躾な質問だろう。この男、変人であることは分かっていたが、これほどとは――。

「………………殺していません」

 キャスが絞り出すように返答した。か弱いが、はっきりとした口調だった。

「お館様……ランベリス卿は、身寄りのない私を使用人として雇って頂き、とても良くしてくださいました。亜人種であることで、帝都では色々な差別を受けることもありますが……お館様は他の使用人の方々と変わらず、分け隔てない態度で接してくれて……恩こそあれ、手をかけるようなことは断じてありません……」

「うん、そうだね。彼はとても人畜無害な男だったからね。あ、これは褒め言葉だよ」

 キャスの悲壮感と正反対に、レイファスがのほほんと答えて顎をさする。

「ともかく事情は分かったよ。ありがとう」

 レイファスはそういってニコリと笑い、少女に小さくウインクする。そして「じゃあ帰ろうか、ウィル」と、いきなり踵を返し独居房を出て行こうとする。

「えっ?……もうですか!?」

 いきなり退出しようとするレイファスに、ウィルは慌てて声をかける。

「充分だよ。さぁ、早く早く! 他にも調べたいことは山ほどあるんだから」

 意味が分からない、とウィルは思った。相手は被告人、もっと他にもたくさんの情報を聞きだす必要があるのではないか? ここにきて彼女と交わした会話はわずか数言、その間にこの男は何が分かったというのだろう?

 ウィルは後ろ髪を引かれる思いで、去っていくレイファスを追いかける。

「じ、じゃあ、また来ます! キャスさん、待っててください!」

 ウィルは少女に対して精一杯の励ましの気持ちをこめて礼をする。

「…………私、殺していません!」

 独居房の廊下の闇に消えていく二人の背中に向かってキャスはそう叫んだ。それは絶望の淵に立ち、失意の荒波にその身を流されるその瀬戸際で、かろうじて意識を踏みとどめている、薄倖の少女の精一杯の心の叫びだった。


   ★   ★   ★


「彼女は殺してません……絶対に……!」

〝クリムゾンフォード〟のエントランスで、ウィルはそう呟いた。隣にいるレイファスに向けてというより、自分自身に言い聞かせるような口ぶりだった。

「へぇ、どうしてそう思うの?」

 レイファスが聞く。まるで子供のようなとぼけた口調だ。

「どうって……え、と……殺す動機がない……!」

 ウィルはしどろもどろになりながら、必死に理由を考える。

「弱いねぇ、弱い」

 優男はアハハと笑い飛ばす。その無責任な口調に、ウィルはキッと彼の横顔を睨んだ。

「でも信じたいんです。彼女の瞳。あの目の光は、決して嘘を言うような目じゃなかった……」

「ロマンチックだねぇ、ウィル君」

 レイファスがウィルを見返す。刹那、二人の視線が交錯した。

「……私もそう思うよ。少なくとも彼女は犯人じゃない」

 こともなげに、美青年はそう言い放った。

「え?」

 思わず立ち止まるウィル。その根拠と真意を告げることなくレイファスは意気揚揚と先に進んでいく。

「……どうした、早く早く! 時間がないんだろう? まだ行かなきゃいけないところはたくさんあるんだ。早くしないと日が暮れてしまう」

 子供のようにはしゃぐレイファスに急かされ、ウィルは慌てて階段を駆け下りた。

 二人は路面馬車を乗り継ぎ、帝都の山の手であるウェスト・ホーリーミル地区に足を向けた。目的地はもちろん事件の舞台となったロバート・ランベリス卿の邸宅だ。ランベリス卿の屋敷は、貴族の邸宅が立ち並ぶ地区の中にあっても一際立派で古く、大きかった。

 ランベリス家は四百年続く帝国の名門で、皇帝の側近であった宮廷魔術師を代々輩出してきた家系である。帝国がまだ帝国と呼ばれる前、北の一地方を治める小国だったころから仕えている興国の功臣の一族でもある。

 巨大な四階建ての建物は、果たしてウィルの言った通りの構造をしていた。屋敷内に通されると中央に吹き抜けの中庭があって、それらの周囲に巡らせている回廊はとても見晴らしがいい。いわゆる古代国家時代エンシェント・パブリカ別荘ヴィラ様式というものだ。

「なるほど。事件当日、書斎のカーテンが開け放たれていたなら、どこからでも室内の様子は丸見えだね」

 回廊を歩きながらレイファスが見上げて言う。犯行現場である卿の書斎は、二階部分にあった。

「事件当日は、書斎のの東側半分のカーテンが開いていたらしいです」

 スタスタと勝手に先に行ってしまう優男を速足で追いかけ、ウィルが手帳を見ながら言う。

「何?……半分?」

 その言葉ににピタリとレイファスが立ち止まって振り返る。

「つまり、デスク側のカーテンは閉まっていた……と。ふむふむ」

 突然レイファスが長考を始める。速足になったり急に立ち止まったり……そんな身勝手な彼の行動に辟易しながら、ウィルは「犯行現場の書斎はこっちです。ほら、早く!」と、二階への階段にレイファスを促した。


   ★   ★   ★


 事件からひと月が経過し、犯行現場となった書斎は片づけられ、もはや死の匂いを嗅ぎ取ることはできなくなっていた。

 警邏隊による現場検証は既に終り、デスクの上は綺麗に整理されている。

「ほうほう、なるほどなるほど」

 部屋を一望し、レイファスが楽しそうにはしゃぐ。ウィルは手帳を見ながら現場検証の結果を端的に説明する。

「被害者である卿は、デスクの椅子に座って死んでいました。こう、仰向けになるようにですね。銃弾は胸に命中、一発で致命傷だったようです」

「うわー、怖い怖い」

 レイファスがわざとらしく怖がって見せる。陰惨な殺人現場なのに、まるでお茶会に来たような呑気さだ。

「つまり卿は椅子に座っていたところ、入り口からやってきた犯人とデスク越しに対面した状態で胸にズドン、と」

「……そういうことですね」

「でも変だね」

 ふとレイファスの細い眉が動いたのを、ウィルは見逃さなかった。

「何が変なんですか?」

 ウィルが聞くと、レイファスはフフンは鼻を鳴らす。

「凶器となった拳銃は卿の所有物で、元々は書斎のデスクの中にあったと言っていたじゃないか。入口からやってきた犯人が、デスクに就いている卿を射殺したなら、そもそも犯人はいつ、この凶器を手に入れたんだい?」

「ああ」と、ウィルはレイファスの意見に同意する。確かにランベリス卿がデスク側にいたなら、そのデスクの引き出しにある凶器を卿の目を盗んで奪うことは不可能だ。

「えーと……それについては、事前に――恐らく事件の数日前に、犯人がデスクを物色し拳銃を盗んでいたと推測されています。デスクの引き出しに鍵などはかかっていなかったので、卿の留守を狙って忍び込めば、銃を手に入れることは容易だと――」

「ふぅん」

 レイファスは納得いかないような表情で答える。その視線は部屋の中空に漂い、なにやら呆けた様子で思案を巡らせているようだ。

「おおっ……!」

 突然、弾かれたように奇声をあげ、足早にデスクの方に歩いていくレイファス。

「どうしましたっ!?」

「……こ、これは……ヘルメス・ノクシウスの『魔法大全』が全巻揃っているじゃないかっ!!」

 レイファスはデスク背後の壁に並べられた本棚を見上げて嬉々とする。そこは天井まで壁一面にギッシリと古めかしい本が収まっていた。

「しかも大魔導ガルディナスの上梓した公用語コモン翻訳完全版……! さすが魔法学の大家の家系!これは帝国中探してもなかなか見つからない、まさに稀覯きこう中の稀覯書だよ!! いいなぁ……! うらやましい!!」

「そんなことどうでもいいから、ちゃんと事件の調査をしてください!」

 まったく、この男は……。事件のことを考えていると思ったら……。

 緊張感や危機感などまったくない。この事件についても物見遊山程度の興味本位で首を突っ込んだのだろう。ウィルは改めて、この無責任男を自分の仕事に巻き込んだことを後悔した。

「……あれ?」

 恍惚の表情を浮かべ、ズラリと並んだ稀覯書の背表紙をなぞっていたレイファスの指が、ふと止まった。

「十七巻がない……」

『魔法大全』は全三十六巻。その第十六巻と十八巻の間に不自然に空いた隙間がある。

「欠本……? いや、隙間があるということは、元々は全巻揃っていたのに、持ちだされたのか──」

「おい、ここで何をやっているッ! 現場は立ち入り禁止だぞ!?」

 突然、室内に怒声が轟いた。低く良く通る、まるで雷鳴のような声だった。そして同時に書斎の入り口が開け放たれた。ウィルが驚いて振り返ると、そこには数人の人影が立っていた。

 厳つい肋骨服と襟締クラバットをつけた軍装の集団だった。その上から纏ったフロック・コートは皆、赤一色に彩られている。帝都ではお馴染み、泣く子も黙る帝都防衛本部警邏隊の登場だった。

 警邏隊は陸軍近衛師団所属の軍団で、主に帝都の治安維持を司る、いわゆる首都警察組織である。赤揃いの軍装に身を包んでいることから〝レッドコート〟と愛称され、強権を行使できる精鋭部隊として、善良な市民からは敬服の、そうではない市民からは恐怖の対象となっている。もちろん今回の〝ランベリス卿殺害事件〟の捜査も、レッドコードが仕切っていた。

「……ウィル、またお前か!」

 部屋の中にいた少壮の騎士の姿を確認し、一団の先頭にいた兵士が小さく頭を振った。肩章エボレットの飾りで、この兵士が一団の指揮官だということが分かる。

「すみません、マリー中尉……。もう一度、現場を検証しようと思いまして」

 ウィルが申し訳なさそうに頭を下げる。

 それに対し、マリーと呼ばれた指揮官は「ふざけるな」とでも言いたげに顔を赤くし、軍帽を脱いで表情を見せた。

 帝都防衛本部警邏隊隊長マリー・ビスクラレット中尉は、威風堂々とした女軍人だった。燃えるような赤毛と、軍服の上からでもわかる肉感的で引き締まった体躯。しかし何よりも特徴的なのは、その美貌から覗く鋭い犬歯と爛々とした金色の瞳、そして尖った獣の耳だった。その容姿はフェルパ族のキャスとは対照的に、イヌ科の風貌を思わせる。そう彼女も獣人――ガルウ族と呼ばれる、人狼の亜人種デミヒューマンなのだ。

「くどいぞ、ウィル 貴様、現場検証は終わったと前にも言っただろう!」

 怒号一喝。マリー中尉がウィルを睨む。三下のチンピラなら見ただけで震え上がってたじろぐ、威圧に満ちた眼光だった

「す、すみません、でも、もう一回だけ……」

 ウィルは気圧され、申し訳なさそうに謝る。

「フン、何度来ても同じことだ。証拠になりそうな遺品も、ほとんど法廷に提出した。我々も捜査を終えて現場を引き上げる潮時だ」

「あっ、でも……もう少し……」

「いい加減、諦めろ、ウィル」

 ウィルに対して一抹の哀れみを見せたものの、中尉の態度は厳しかった。

「あー、えーと、マリー君、〝燐光パーティクル反応〟は調べたのかな?」

 デスクの後ろにいたレイファスが、突然、二人の会話に口をはさんだ。

 場違いな謎の美青年の存在に気付いたマリー中尉の顔色が、みるみるドス黒く変色していく。

「何だ貴様は……?」

 眉間にピクピクと血管を浮かし、マリー中尉がレイファスを睨む。今にも鉄拳が飛んできそうな雰囲気に、ウィルが慌てて割って入った。

「あ、し、紹介します。僕の……えーと、捜査助手として雇ったレイファスさんです。レイファスさん、こちらマリー・ビスクラレット中尉。レッドコートの警部補ルーテナントで、今回の事件の現場指揮を担当している方です」

 ウィルに促され、レイファスは「よろしく」と軽い挨拶をする。泣く子も黙る鬼中尉の威圧にもまったく動じない、ある意味こちらもかなり肝が据わっている、とウィルは内心思った。

「貴様……部外者が勝手に現場を──」

「そんなことより〝燐光パーティクル反応〟はどうなんだい? 中尉殿」

 ビスクラレットの言葉を遮りレイファスが質問を繰り返す。その不躾な態度に、中尉の眉がますます怒気に歪む。

「あ、あの……〝燐光パーティクル反応〟って何ですか?」

 不穏な空気を察知して、すかさずウィルが口を挟んで仲裁した。

「なんだい、ウィル。騎士なのにそんなことも知らないのかい?」

 レイファスは呆れたとでも言うように、オーバーに両手を振る。

「〝燐光パーティクル反応〟は、いわゆる魔法の痕跡のことさ。魔法はその効果の大小に関わらず、発動すると必ず周囲の空気に反応して〝燐光パーティクル〟という魔法的特殊物質を発生させる。普通じゃ目に見えないような、空気中に漂う極微量な粒子をね。そしてその〝燐光パーティクル〟は短くても一か月はその場に残留する。つまりこの反応を調べれば、犯行現場で魔法が使われたかどうかの有無を特定できるんだ」

 ウィルは「ああ、そういえば……」と必死に記憶を呼び覚ました。確かにそんなような現象がある、と騎士試験の教則本の片隅に書いてあった気がする。すっかり忘れていた。

 今のご時世、魔法を使う人間はほとんどいない。ましては魔法が犯罪に使われることなど、かなり稀なケースになっていた。ウィルの知る限り、ここ五年間、魔法が事件に関係したことなどなかったはずである。

「ちょっとまってて」

 レイファスはそう言うと、機敏な動きでウィルとマリー中尉のもとに駆け寄る。そして持ちこんだ大きな私物のトランクを開け、何やらごそごその中を探り始めた。そして中に入った大量のガラス瓶や試験管をかき分け、「これこれ」と、何やら大仰な実験器具のようなものを取り出した。

 それは顔にかける眼鏡のような装身具だった。しかしグラスの縁にはゴテゴテと歯車やシリンダーなどが付属してあり、チューブが血管のように入り組んで繋がっている。

「てて何ですか? それ」

「決まってるだろう?〝燐光パーティクル反応検知器〟だよ」

 レイファスはそれを楽しそうに鼻にかけ、そして起動スイッチらしきボタンを押す。するとフゥンと小さな駆動音とともに眼鏡が青い光を宿した。

「おおおおっ、これはっ……」

 妖しい眼鏡をかけたまま、レイファスはキョロキョロと部屋中を見渡す。そして「すごいすごい」と歓喜の声をあげた。

「見ろ、ウィル! 部屋中の至る所で反応がある! こりゃすごい! しかも基準値を大きく超える値だ!」

「えーと、それはつまり……?」

「決まってるじゃないか。この部屋で、何かしらの魔法が使用されたという証拠だよ! ズバリ、この事件には魔法が関わっているということさ!」

 子供のようにはしゃぐ美青年。しかしそれを見ていたマリー中尉が、わざとらしく大きく鼻を鳴らした。

「フン、そんなことは分かっている」

「え?」

 ウィルはマリー中尉の方を見返す。中尉はわざとらしく大きく頭を振った。

「我々〝レッドコート〟を見くびるな。〝燐光パーティクル反応〟の検証くらい、既にこちらでも実施済みだ」

「えっ、そうなんですか……?」

「あくまで形式的なものだがな。この部屋で魔法が使われた事実は、既に報告書には記述し、提出済みのはずだ」

 そうだったのか……とウィルは内心、臍をかんだ。完全に見落としていた。報告書は穴が開くほど読んだつもりだったのに……。

「……だが、この〝燐光パーティクル反応〟の検出結果は、さして事件には重要ではない」

「……なんでですか?」

「決まっているだろう。この屋敷の主、ランベリス卿は元・魔法使いだ。それこそ書斎で色々な魔法の実験をしていても不思議ではない。デスクランプに魔法で火をともしたり、散らかった部屋をゴーレムに掃除させたり、溜まった仕事を一気に片づける魔法を使ったり――」

「生憎、そんな都合のいい魔法はないよ」

「例えだ、例え!」

 レイファスの横やりに、マリー中尉が一喝する。

「ともかく〝燐光パーティクル反応〟は、そこで魔法が使われた事実は証明できるが、どんな魔法が使われたのかを特定することはできない。特定できない以上、捜査官としてこの事実は事件に無関係だと判断せざるを得ない」

 マリー中尉の断言に、ウィルは「そんなぁ……」とガックリと肩を落す。〝犯行に魔法が関わっている〟――この事実は、絶望的と思われた状況を打破する一縷の望みに思えていたからだ。

「うん、マリー君の言う事はもっともだ。帝都の公僕は優秀だね」

「おい貴様、私の名前を気安く呼ぶな! ナメた口きくとブタ箱にぶちこむぞ!」

「おお、こわいこわい」

 レイファスはお道化た仕草でウィルの背中に隠れる。

「……でも、〝魔法が使われた事実〟があるなら、事件に魔法が使われたことも否定はできないわけですよね!?」

 必至に思考を巡らし、ウィルはなおもこの話題に食い下がる。

「まぁ、な」

 マリー中尉が言葉を濁す。

「例えば……えーと、そうだな。犯人が他人に化けて変身する魔法を使ったら、目撃証言をひっくり返せるんじゃないですか!?」

 単なる思いつきだったが、ウィルは言ってから、それが我ながら良いアイデアだと気づいた。確かに他人に変身する魔法があれば、犯人はキャスに化け、罪を彼女に被いかぶせることができる。

「ふぅ~! やれやれ、これだから素人は困るなぁ!」

 しかしそれを全否定したのは、他ならぬレイファスだった。

「ウィル、君は魔法ってものを全然わかってない! そもそもどうして近代、魔法が科学に駆逐され淘汰されてしまったのか、その理由は君は知っているのかい!?」

「……知りませんけど……何故ですか……?」

「魔法はとんでもなく非効率的で難解なんだ。魔法が行使されるのに必要な要素は三つ。まず〝触媒リージョン〟。それと〝儀式〟――呪文や魔法陣などの作法の知識。あとは〝環境〟――星や月の運行と配置などだ。この中で特に大切なのは〝触媒リージョン〟――魔法の発動の為、等価交換により消費される素材。要するに燃料だよ」

 レイファスは水を得た魚のように饒舌になって魔法講座をぶつ。

「この〝触媒リージョン〟が、とにかく希少品なんだ。例えば〝小火ティッカー〟の魔法には〝火炎苔ファイアウォート〟と〝魔炭石〟が必要になる。どっちも朝市で気軽に買えるような代物じゃない。今のご時世、火が欲しけりゃマッチを一本擦ればいいだけだろ? どっちが楽かは一目瞭然さ。かくして魔法は過去の遺物となり、世は手軽で誰でも使える工業と科学の支配するところになったって訳だ。嘆かわしいね」

 レイファスが両手を広げて大げさに嘆きのポーズをする。

「それに君が言った〝変身ポリモーフ〟の魔法は、さっきの〝小火ティッカー〟とは比べ物にならないほどの上級魔法さ。使用に必要なレシピは……軽く百は超える。それらを寸分違わぬ分量で配合して初めて〝変身ポリモーフ〟の触媒リージョンが完成するんだ。ちなみにその二百種類以上の触媒リージョンの中で、最も貴重なのは〝粉末ミスリル〟かな? これは目が飛び出るほど高価で、闇市場では一欠片で二頭立ての馬車が買えるくらいの値段がするよ」

「ひええ、そんなにですか?」

「つまり、犯人が〝触媒リージョン〟を使える魔法使いである可能性は、ほぼありえないということか?」

 マリー中尉の質問に、レイファスが「その通り」と大きく手を叩く。

「今のご時世、魔法使いなんて滅多にいるもんじゃないからね」

 はぁ、とウィルが残念そうに肩を落とした。やはり駄目か……。

「でも着眼点は悪くないと思うよ? ふむふむ、そうかそうか、〝変身ポリモーフ〟の魔法かぁ……たしかに、それはとても楽しい発想だね」

 クスクスクスとレイファスが笑い出す。褒められているのか莫迦にされているのか……ウィルは複雑な心境になった。

 そんな折、書斎の扉が再び開け放たれた。

「みなさん、時間です。そろそろ退出を――」

 そこに現れたのは一人の男だった。その身なりを見れば、一目でこの屋敷の執事であることがわかる。長身の男だった。

「君は?」

「私はこの屋敷で執事長として使えるベルナールという者です」

 ベルナールと名乗った若者が無言で窓の外を見るように促す。ウィルが見遣ると、確かに外はとっぷりと陽か暮れていた。空は群青に染まり一番星が瞬いている。

「うん、潮時かな」とレイファスが呟いた。

「なかなか興味深い〝現場〟だったよ」

 レイファスがそう言ってベルナールにお辞儀をする。人が死んだ場所に対して〝興味深い〟という表現は甚だ不謹慎だが、この変人の魔法使いは全く気にしていないようだ。

「では、家に帰ろうか」

 そう言って部屋を退出するレイファスが、ふと、すれ違いざま、執事のベルナールの方へ向き直る。

「君──」

 呼びかけに「……何か?」と答える執事長。しかしレイファスは「なんでもない」と、すぐさま言葉を濁した。

「お大事にね」

「…………?」

 レイファスの挨拶に、訝し気な顔をするベルナール。

 そんな不可解なやりとりをよそに、ウィルの心は上の空だった。恐らく今回が最後の現場検証となるだろう。しかしその結果は、見ての通り完全な空振りに終わった。

 最終法廷まで、もう時間がない――。

 改めてウィルは時間の無慈悲さと自分の無能さを噛みしめる。

「大丈夫、なんとかなるさ」

 ふと、レイファスがそう言って少壮の騎士に目配せをした。そしてニコリと屈託のない笑顔を見せる。だがこの変人魔法使いの全く根拠不明の自信は、今の彼にとって気休め以外の何物でもなかった。


   ★   ★   ★


 その日の帝都は、朝から雲行きが怪しかった。今にも落ちてきそうな重い暗雲と、時よりゴロゴロと唸る雷鳴。そして市民の全員が予想したであろう、まさにその通りに、午後になるとポツポツと大粒の雨が降り出した。

 雨はやがて土砂降りとなり、戦場の矢のごとく路地や瓦を打ちつける。往来に開かれた市場は早くも店を終い、行きかう人は足早に家路に就こうとする。街は閑散としていた。

 しかしそんな状況の中、大法廷の周囲だけ例外だった。まるで蟻が甘露に群がるように、法廷の門扉は人の波でごった返している。その熱気のせいで雨が蒸発し、モウモウと湯気を立てているのではないかと思う程だった。


〝ランベリス卿殺害事件〟最終法廷――。


 帝都に棲む住人にとって〝法廷コート〟は、少ない娯楽の中で絶大人気を博する一大エンターテインメント・イベントだった。もちろん住民の中に法を熟知しているような知識人は多くない。が、彼らの求めるものは何よりも醜聞スキャンダルであった。

 赤裸々に明かされる事件の全貌に衆人は好奇心を煽られる。普段は雲の上の存在であるはずの、やんごとない貴族たちの爛れた私生活が法廷の場で暴露され、そして罪人となった者は地位も名誉も財産も剥奪されて、破滅へと転げ落ちる。その顛末を目の当たりにし、彼らは下卑た笑いとともに大いに留飲を下げるのだ。もはや裁判の内容や公正さなど関係ない。彼らはただ、法廷を観劇の感覚で楽しんでいるのだ。

 今日の法廷の広聴席を占める〝客〟の大半はそんな野次馬。そして法廷は満員御礼の大熱気に包まれていた。

 ウィルフレッド・ブライトリングは、そんな広聴席を見て肌が泡立つ感覚に襲われていた。

 法廷という舞台の助演の一旦を担う被告弁護人〝盾の騎士スクード〟──それが彼に与えられた役名だ。

 しかしウィルは、その大役を最後まで演じきれる自信がまるでなかった。

 ランベリス卿宅を最後に訪れてから、タイムリミットの五日が過ぎた。あっという間の五日間だった。その間、ウィルは事件に関係するすべての調書と資料を穴が開くほど見直した。ほとんど不眠不休で証言者の聞き込み調査資料を洗い直し、長靴ブーツの踵がすり減るほどクリムゾンフォードと自宅を往復した。

 しかし懸命の努力はすべて徒労に終わった。

 結局、ウィルは逆境をひっくり返せるような新情報を何も手に入れることができなかった。もはや打つ手なし。どうやら広聴席の〝客〟が期待するような、白熱した議論や大どんでん返しなどは期待できそうにない。

「……しかも」

 ウィルは心の中で毒づく。

 あの男が、こない──。

 他ならぬレイファスのことである。ランベリス卿宅を訪れて間もなく、あの謎の変人魔法使いはまるで煙のようにウィルの前から姿を消してしまった。その後は一切音信不通。これから始まる法廷にもまだ姿を見せていない。

 まったく……何だったんだ、あの男は……?

 勝手に事件に介入し、さんざん好き勝手周囲を引っ掻き回した挙句、興味を失った途端に放り出したのだろうか? つくづく勝手な男だ。人生が懸かった決死の戦いに、遊び感覚で首を突っ込むなんて言語道断だ。やはり一瞬でもあんな男に気を許した自分が莫迦だった……と、ウィルは激しい怒りと後悔を覚える。と同時に、やはり信じられるのは自分自身だけだと、これから始まる無謀な戦いに挑む絶望的な孤独感に襲われた。

「静粛に!」

 にわかに厳かな声が場内に響いた。今までザワザワと騒がしかった法廷内の空気が変わる。水を打ったような沈黙が場を支配した。

「これよりランベリス卿殺害に関する諸事件についての最終審議を開廷する!」

 仰々しい斑色のサーコートを纏った法務官が声を張りあげる。

大審官ジャッジ入廷!」

 その言葉とともに重々しい法廷の大扉がギィと開いた。

 ガシャンガシャンと鉄の叩き合う音を響かせ、そこから七人の男がやってきた。漆黒の完全鎧フルプレートアーマーと深紅のマントを纏った〝大審官ジャッジ〟。その姿は第一帝政時代の帝国近衛騎士の軍装を模したもので、法廷を支配する者がこの異装を纏うことは、帝国法廷開闢以来の伝統であった。七人の〝大審官ジャッジ〟は聴衆に一瞥もくれず、沈黙のまま法廷の上手である首座席に着席する。帝国国章の壮大なタペストリーを背に七人が並んで座ったその様子は、威容と尊厳に満ち、薔薇窓から差す後光によって浮かび上がったシルエットは、まるで七人の守護天使の降臨を思わせた。

「これより開廷」

大審官ジャッジ〟のくぐもった低い声が、波紋のように沈黙の法廷の隅々に広がっていく。

大審官ジャッジ〟の代表がコホンと小さく空咳をしてから前口上を始めた。

 


 唯一至高たる〝帝国大法典インペリアル・グランコード〟に則り

 遵法の守護者たる帝国皇帝の御名において、本法廷の開廷をここに宣言する。

 法規と約定に依りて混沌の闇を払い、天地にあまねく正義と秩序の光を照らさんことを。

 七芒の旗幟の下、飽くなき智慧と誠心を以て唯一無二の真実を希求せん。



「汝、〝剣の騎士スパーダ〟──その誇り高き魂を以て、悪と欺瞞を打ち砕く正義の剣とする用意は?」

「問題ありません」

 ウィルと反対側に立つ検事騎士団〝剣の騎士スパーダ〟の代表者が応える。

「汝、〝盾の騎士スクード〟──その誇り高き魂を以て、か弱き法の庇護者を守る慈愛の楯とする用意は?」

「は、はい! 大丈夫……です!」

 ウィルも務めて威勢良い返事を心掛けた。しかし若干声が裏返る。

「よろしい。それではこれでは〝ランベリス卿殺害事件〟の最終法廷を開始する!」

 最後の戦いの幕が開けた──。

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