第8話 バーで出会った謎のイケメン

 私にカクテルをプレゼントしてくれた男性が紳士的に声をかけてくれます。


「お嬢さん、そのカクテル、美味しいですよ。どうぞお飲みください」

 どこか甘味を感じる素敵なお声ですこと。この男性はただの女たらしさんなのでしょうか。


「なぜ私にカクテルを?」

「美しい女性の涙を見てしまったら、何かしてあげたくなるものでしょう?」


 あら~……、ただの女ったらしっぽいですね。

 まあせっかくのご厚意ですし、頂きましょうか。これを飲んでさっさと帰りましょう。


「ちなみに、私、ぜんっぜん泣いてないですからねっ」

「よかった。早くも元気になってくれたみたいで」

「ムキになっただけですわ」


 私はグラスをとりました。そして、煽るようにグイッとカクテルを飲んでみました。舌に流れてきます。優しくてとろけるような甘さの桃の味が。

 はあ……、こうきましたか……。私はグラスを置きました。なんだか気持ちが火照った気がします。少なくとも女たらしな彼のおかげで、気分転換はできてしまったようですね。


「ちょっとお兄さん?」

 彼は面白いものを見つけてわくわくする少年のような目をしていました。私の飲みっぷりを楽しんでいたのでしょうか。


「あなたのお口には合ったかな?」

「いいえ、私はそんなちょろい女じゃありませんことよっ」


 あ、意外そうにしていますね。私がこの程度のことでときめくとでも思ったのでしょうか。


「こんな甘っちょろいだけのお酒で、私を落とそうだなんて百年早いですわ」

「へえ、これは失礼」


 少し楽しそうです。


「では、あなたはどういうカクテルがお好みかな?」

「バーテンダーさん、ウイスキーを炭酸割りで」

「え、それって」


 バーテンダーさんがにこりとして作り始めてくれました。

 そう、それはサラリーマンの味方です。つまり、ハイボールですね。前世で私が社会人だったときに、浴びるようにたくさん飲んでいたお酒です。安くて美味しくて無限に元気が湧いてくる。そんなお酒ですよ。

 さっそくできあがったハイボールをごくごく飲みました。


「ぷはーっ、これですわっ。泣いている人をイヤでも元気にさせられますわよっ。って誰が泣いていますかーっ」

「えぇぇー……、ノリツッコミとかする人なんだ。こんなに美しいご令嬢なのに」

「ふんっ、私を口説くには経験不足でしたわねっ」


 あ、酔いが回って来ましたよ。ああ、やっと酔えそうです。しかも気持ちのいい感じに酔えそうで、とても嬉しいです。

 彼が席を移動してきました。勝手に私のとなりに座ります。近くで見ると、ますます綺麗なお顔の男性でした。


「ちょっと。誰が相席を許可しましたか?」

「良い酒飲み友達になれそうでさ。マスター、俺にも彼女と同じものをくれるかい?」


 かしこまりました、とバーテンダーさんが言います。


「あら、あなたも酔いたいんですの?」

「酔いたくない人がバーにくるかな?」

「絶対に来ないですわね」


 彼がハイボールのグラスを傾けました。ぐびっぐびっぐびっ、と男性らしく大胆に飲んでいます。そしてグラスを置いて満足そうにしました。


「ぷはーっ、きくー。なるほど。これはいいね」

「あなた、お名前はなんて言いますの?」

「ハリソンだよ。ハリーって呼んで欲しい」


 家の名前はなしですか。でも、それがいいかもしれませんね。貴族社会では家の名前を出してしまうと面倒なことが多いですから。


「では、ハリー様」

「様はいらないよ。あなたは?」

「クルリーナですわ」

「クルリーナさん」

「敬称は不要です」


 二人でハイボールをおかわりして、グラスをコツンとぶつけ合って乾杯をしました。そして、一緒にぐびぐび飲みました。

 お互いの顔を見ます。せっかくのおしゃれなバーなのに、居酒屋で意気投合した男女みたいになってしまいましたね。


「はあ……。お酒っていいよねぇ……」

 ひどく暗い瞳でハリーは言いました。


「あら? ハリーも何か傷ついていらして?」

「ああ、モテすぎて」

「うわー、うざいですわー」


「もう何百件目かも数えられないくらいなんだけど、今日もお見合いの申し込みがあったんだよね。それがけっこうな貴族の家からでさー……。年頃の娘さんがこう言ったそうなんだよ。ハリソン様が結婚してくれないと私は家を出るわって。それでお父様がとても困っているみたいで、会うだけ会ってみてくれないかって、申し訳なさそうに懇願されてしまって……」


「そんなの蹴ってしまって大丈夫ですわよ。付き合ってくれないとなになにするわ~っていうのは、貴族女性がよく使う定番の脅し文句ですからね。季節の挨拶と同じ程度のものだと思って相手にしないことですわ」

「でも、会ってみたんだよ」


 会ったんかーい。


「そうしたらバツ2の女性で」

「予想外の展開がきましたわね……」

「しかも、お子さんが5人もいてさ」


「その女性、よくお見合いの申し込みをしましたわね……。ハリーに限らず、その条件で婚約してくれる男性はなかなか見つからないのでは……」

「俺、子供にかなりなつかれてしまってね。夜になるまで5人のお子さんと遊ぶことになってしまったんだよ。ベビーシッターか何かかよって思いながら遊びまくって、疲れてしまってね。ははは……。はは……。はあ~あ……」


 ハリーがぐったりとした重たいため息を吐いていました。本当に今日は疲れたんでしょうね。子供は元気のかたまりですから。

 ハリーがまたハイボールを注文しました。けっこうなペースで飲んでいますけど、大丈夫でしょうか。


「まあでもね、その話はまだいいんだよ」

「まだありますの……」


 順番的にいって次は私が愚痴を言う番では……。


「実は仕事でね、ここからわりと近くにある山の地下に、魔石の鉱脈があるのが分かったんだけど」


 魔石とは、魔法みたいな力を含んでいたり、魔力を蓄積できたりする鉱石のことですね。日常生活を便利にする魔法道具というものに使われることが多いです。

 そんな便利な魔石がたくさんある鉱脈を、ハリーは魔法を使ったダウジングで見つけたのだそうです。見つけたときは大喜びだったでしょうね。大きな富になる可能性がありますから。


「なんとも景気の良いお話ですわね」

 ハイボールをおかわりしました。美味しいです。


「だと思うよね。でも、いざ掘ってみたらさ。やたら硬くて大きい岩盤に邪魔をされてしまってね。どうやっても鉱脈にたどりつけそうにないって分かってしまって……」

「あら……。それなら、岩盤を爆破でもすればいいのではありませんか?」


「そう思うよね。だからさ、魔法道具開発が得意な伯爵家に依頼してね。とびっきりの魔法爆弾を作ってもらったんだよ」

「魔法道具……。伯爵……。まさかビッグバン家ですの?」

「そうだね。でも、あのビッグバン家でもムリだったんだ。爆破してもらったんだけど、硬い岩盤はびくともしなくてさ。お手上げでね……」


 やーいやーい、ざまーみろですわー、ビッグバン家ー。長男であるニトロの婚約破棄という大失態に続いて、お仕事でも家の名前に傷をつけましたのね。


 ハリーには申し訳ないですけど、私は嬉しい気持ちでいっぱいになりました。

 歌うようにしながら、私は自慢のくるくる縦ロールの髪をひとさし指でくるくる絡めます。


「なんだか楽しそうだね、クルリーナ」

「ええ、悩みの原因がビッグバン家でしたからね。胸のすく思いです」

「それはよかった。……ちなみに、きみならその硬い岩盤をどうやって突破する?」

「それはもちろん、爆破でダメならドリルで掘りまくるに決まっていますわ」


 指のジェスチャーでドリルがくるくる回る様子を表現しました。


「ドリル……? ってなんだろうか? 有名なものかい?」


 ハリーが不思議そうに首を傾げます。

 ……あら? ご存知ないのでしょうか。あっ、なるほど、言われてみればドリルの記憶があるのは今世の私ではなく、前世の私の方ですね。そうか、この世界にはまだドリルってないんですね。くるくる回って可愛い工具ですのに。


「ドリルっていうのはですね。こう……、くるくる回って、とっても便利な工具なんです。それさえあれば、どんなに硬い岩盤でも必ず砕けるんですわ」


 ニヤニヤ、ニヤニヤニヤ……。私、楽しい気持ちになってきました。

 だいぶ酔いが回ってきたせいもあるかもしれませんが、ニトロが悔しがるところを想像できてしまって楽しくてたまらないんです。


 ドリル――。とっても良い物ですわ。くるくるしてますからね。

 私、明日からの生きがいが見つかったかもしれません。


 ハリーは私の話をわくわくした瞳で聞いてくれました。そして、夜の遅くまで二人でお酒を飲みまくりました。

 私たちは完全に意気投合し、このご縁を大事に交流を続けていこうと約束をしました。そして私は――。って、あらら? その後の記憶がありませんわね。婚約破棄のことをハリーに愚痴ったあと……。ええと……? 私、どうも酔い潰れてしまったみたいですね。

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