第6話 慰謝料裁判の結末は――
ニトロと弁護士さんが握手をしました。完全勝利だと言いたげな表情をしています。私からしたらイヤな表情ですね。
裁判長が私たちに視線を移動させます。
「原告側からの言い分はありませんか?」
アリーナが力強く手をピンとあげました。
「もちろん異議ありです!」
ニトロの弁護士さんがニヤッとしました。
「もう勝敗は決しましたよ。この状況であがくなんてみっともないですよ」
「ご心配なく。この状況を覆し、しっかりと勝たせて頂きますので」
「ムリでしょう。婚姻届けは役所に提出されなかったのですよ? この国では恋人関係の破局を裁く法律はありません」
「たしかにその通りです。で・す・が、クルリーナとニトロは既に事実上の婚姻状態だったと私は断言します!」
「ははは、どうやって断言をするって言うんです? まさかお二人の間にお子さんがいて、一緒に育てていたりするんですか?」
私は再び立ち上がり、「子供はいませんが」と前置きをしました。
そして一枚の紙を取り出します。この紙は一週間前にニトロと共に役所に提出しに行くはずだったものです。
そう、つまりは婚姻届けですね。この紙には両家のサインがしっかりと書かれていますので、いつでも役所に提出ができる状態ですね。たとえば今からでも提出ができるということです――。
「ご覧ください。これは婚姻届けです。一週間前にニトロと共に役所に提出に行くはずだったものですわ。私にとっては大事な大事なニトロとの愛の証です」
大嘘です。ニトロとの愛なんてとっくの昔に遠くの空へと旅立ちました。この婚姻届けはアリーナと相談のうえで、裁判での切り札に使おうということで大事にとっておいただけですね。
ニトロがうざったそうな表情を見せました。
「なんだ。それ、まだ処分していなかったのか」
バカにしたように言います。しかし、ニトロの弁護士さんは青ざめ始めました。
慌ててニトロに確認をとります。
「ニトロさん、私が確認したときには、婚姻届けは既に処分したとおっしゃっていましたが……」
「クルリーナに処分しておいてくれと伝えましたよ。何か問題があるんですか?」
「問題おおありですっ! 婚姻届けにもしも両家のサインが書き込み済みだったとしたら――」
私とアリーナ、そして裁判官を務めるアリーナのお父様が、にやあっと悪い顔になりました。
私は婚姻届けのとある箇所を指さしました。それは両家の名前がしっかりと記入してある箇所です。
「この婚姻届けには両家のサインが記入済みですわ。これがどういう意味を持つか、お分かり頂けるでしょうか?」
ニトロの弁護士さんが両手で頭を抱えました。自分たちが大逆転負けをしたことを、この時点で既に察したようです。
「な、なんてことだ……」
ニトロが弁護士さんを見てぽかんとしています。あの人はまだ状況が分かっていないようですね。
「婚姻届けに両家のサインがあったらどうだって言うんです? 僕らが婚姻状態でないことには変わりがないでしょう?」
その疑問には私が答えてあげましょう。
「分からないですか? 愚かですね、ニトロ」
「なんで僕がバカにされないといけないんだ?」
「もう勝負がついているのに、あなたが負けていることに気がついていないからですわ」
「勝負がついている? クルリーナの負けじゃないのかい?」
「いえ、あなたの負けです、ニトロ。よく考えてご覧なさい? 私がこの婚姻届けを持って今から役所に行ったとしたら――」
今からでも婚姻届けを提出できるんです。なにせ両家のサインはしっかりと記入済みですからね。
ニトロがだんだん青ざめ始めました。ようやく状況が理解できてきたようですね。敗北感たっぷりの表情になって、先ほどニトロの味方をした役所の責任者さんに視線を移動させます。
「あ、あれを絶対に受理しないでくださいっ。僕らの間には偽りの恋愛感情しかなかったんですよ」
役所の責任者さんが残念そうに首を振りました。
「ムリです。役所は提出された書類は受理する決まりですから。よほど大きな不備がない限りはどうにもなりません」
「くっ……」
「ニトロ、ようやく理解したようですわね。つまり、私たちは事実上の婚姻状態だったんですよ。それにも関わらず、あなたはちょっと可愛いだけの女に浮気をし、この私に絶望を味あわせたんですわ。あの日、私がどれほどの屈辱を覚えたか――」
「ち、違う。僕は浮気なんてしていないぞ。本物の恋愛は彼女の方だったんだ。言ってみればきみの方が浮気相手だ」
アリーナが激怒した表情を見せました。長い付き合いですが、彼女がこんな表情を見せたのは初めてのことです。
「ニトロさん、今のは興味深い発言ですね。あなたにとってはクルリーナの方が浮気相手だったと言うのですか? それ、本気で言ってます?」
「ああ、本気だよ! 僕はずっとクルリーナとは偽りの恋愛をしていただけだからねっ」
「それってつまり、クルリーナに対して結婚詐欺を働いていたって言えると思います。それについてはどう言い訳をしますか?」
「ハッ、ちがっ。僕はっ、僕はクルリーナも愛していた。じゃなきゃ婚姻届けにサインなんてしないだろう? 信じてくれっ」
アリーナが勝ち誇った顔を見せました。そして裁判長を見ます。
「裁判長、不誠実な離婚に対する慰謝料10億ゴールドに加えて、クルリーナに結婚詐欺を働いていた件を重ねて計20億ゴールドを請求したいと思います。ニトロさん、たとえ何年かかってもしっかりとお支払いくださいねっ」
裁判長が木槌をコンコーンと叩きました。これでやりとりを打ち切るとお言葉がありました。
裁判官で集まり、少しの相談をしました。そして、日程を改めることもなく、今日この場で判決を伝えるのでしょう。裁判長が厳しい眼差しでニトロを見ました。
ニトロがビクビクしているのがはっきりと分かります。おそらく冷や汗が凄く出ているでしょうね。後悔が彼の脳内を渦巻いていることでしょう。
「被告人、ニトロ・ビッグバンに20億ゴールドの支払いと心からの謝罪を命じます」
やりました! 完全勝訴です!
ニトロが生気を失ったような表情になり、弱々しい声を絞り出します。
「大変な……ご迷惑を……おかけしました……」
私とアリーナは歓喜の表情でお互いにぎゅーっと抱きしめ合いました。
「「勝った~!」」
とてもすがすがしい気分です。婚約破棄から一週間――。ようやく私に元気が戻ってきたように思います。
ニトロ、これが罰ですよ。あなたは婚約破棄と浮気に加えて、私の自慢の髪型であるくるくる縦ロールをこけにしました。これから精一杯つぐなってくださいね。
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