第4話 友人に甘えます

 一晩が経ちました。私は迷わず一番の友人の家へとやってきました。

 バーンッ、と友人の部屋のドアを勢いよく開けて堂々と入室します。


「アリーナ、いますか!」

「わーっ、びっくりしたーっ!」


 いきなり部屋にやってきた私を見て、友人のアリーナは椅子に座ったままとても驚いていました。

 アリーナは青い髪を肩のところで切りそろえた女性です。少しタレ目気味のとても優しい人です。今日のコーデは肩あきのトップスにロングの上品なスカートですね。とても魅力的だと思います。


 そんな彼女の名前はアリーナ・ソフティーナ。ソフティーナ伯爵家の娘です。

 アリーナは私と同い年で、子供の頃からしょっちゅう一緒に遊んでいた仲です。ちなみに学校もクラスもずっと同じ。無二の親友ですね。


「ああ、なんだ。クルクルじゃない」

 クルクルは私のあだ名です。

「アリーナぁぁぁぁぁ……」


 私は両手を前に伸ばしながらアリーナに近づいていきます。アリーナは飲んでいた紅茶を素敵なテーブルに置いて、私を迎えようとしてくれます。


「って、クルクル、凄い顔をしてるわよ。大きなクマが二匹も目の下にいるじゃない」

「一睡もできませんでした……」


 アリーナの胸に飛び込んで遠慮なく甘えます。もしかしたら、母と子に見えてしまうような甘え方かもしれません。


「ああ……、アリーナは相変わらずの絶壁ですね……。安心しますわ……」

「ちょっと? 喧嘩を売りにきたの?」

「いえ、私も同類じゃないですか。なんだかホッとしてしまって……」

「悲しいことにお互い50歩100歩だものね……」


 アリーナにひたすら甘えます。そんな私をアリーナは優しい手つきで母のように頭を撫でてくれました。


 このまま泣きじゃくりたい。そしてそのまま甘えて眠ってしまいたいです。ですが、無二の親友とはいえ、そんな迷惑をかけてもいいのでしょうか。

 あら、アリーナが撫で撫でする手を止めてしまいました。何かと思ったら、紅茶を飲む音が聞こえてきます。


「ちょっとアリーナ。優しく撫でてくださいませっ」

「ええっ、もう飽きたんだけど」

「あ、飽きた……」


 無二の親友は飽き性だったようです。ぐすん。甘え足りないですが仕方ありません。私はアリーナのベッドに行き、こてんと横になりました。そしてお布団をかぶります。


「ちょっとクルクル、そこで眠るつもりなの?」

「誰とも関わりたくないんです。そっとしておいてください」

「じゃあなんでうちに来たのよ。ていうかさ、あれー? クルクルって役所に婚姻届けを出しに行くって言ってなかったっけ? それって昨日だったよね? どうだった?」


 ぐさっ。何も言ってないのに、まさかその話題を持ってくるとは……。さすがは無二の親友です。察しが良すぎます。


「あっ、分かった。さっそくニトロ君と喧嘩したんでしょー」

 アリーナがベッドに腰を下ろしました。私のすぐとなりの場所です。


「愛しの旦那様とさっそく喧嘩の思い出ができていいわねー。さあさあ、めいっぱいのろけなさいよ。ちゃんと聞いてあげるから。ね?」

「私に旦那様なんていませんわ……」

「え? なに言ってるの? 夫婦になったんでしょ? ニトロ君はもうクルクルの旦那様じゃない」

「そんな名前の人、知らないですわ……」


 私の様子がおかしいことにようやく気がついたようです。アリーナが心配そうに私の表情を覗き込んできます。でも、私は恥ずかしくて布団の中に顔をほとんど隠してしまいました。


「クルクル、何かあったのね」

「……。……。……」

「あったのね? もしかして、ニトロ君の家に行ったら別の女がいたとか?」

「ぴえん……」


「えっ、冗談で言ったつもりだったのに。そんなことって本当にあるの? 嘘でしょ? 昨日って婚姻届けを出しに行く日だったでしょ。もう両家でサイン済みだって言ってたよね。うっそー。うっわー、やっばー。ひくわー」

「ニトロは本物の恋愛をしているらしいですわ……」


「えーっ、じゃあなにー? クルクルとは偽りの恋愛をしていたっていうの?」

「らしいですわ……」

「最低ーっ。で、婚姻届けは?」

「家に持ち帰りましたわ……」

「うわあ……、そりゃあ目の下に大きなクマが2匹もできるわ……」


 ぐすん……。思い出すだけで涙が出ます。一晩中、泣き続けましたけど、まだまだ泣き足りない気分です。


「で、相手はどんな女だったの?」

「甘えた瞳と柔らかそうなほっぺ。男性が好きそうなコーデをした女性で……」

「あー、そういう系かー」


「胸がスイカみたいでした……」

「理解したわ。クルクルには勝ち目がないわね」

「り、理解しないでくださいっ。アリーナだって私と同じくらいでしょうにっ」

「ぐふうっ、い、今のは、私の心にクリティカルダメージだったわ……。心配してあげてるのに流れ弾を当てないでくれる……」


 少しくすっとしてしまいました。同じコンプレックスを持っているあたり、やはりアリーナは私にとって無二の親友だと思います。


「あと、そうだ。あの女性はツヤツヤさらさらな長いストレート髪でしたわね」

「クルクルだって本当はそうじゃない。正直、うらやましいんだけど」

「ニトロはそういう髪が好きなんだそうです。私の自慢のくるくる縦ロールは完全否定でした……」


 婚約破棄は腹立たしいですけど、それよりも許せないのはそこかもしれません。私の一番の自慢でありアイデンティティなのがくるくる縦ロールです。令嬢にとってくるくる縦ロールは大正義なんです。そこをしっかりと理解してもらいたかったです。


「あー、なるほどねー。そこだけはあの男と同意だわ」

 私は布団から顔をしっかりと出しました。


「ひどいですわっ。無二の親友だと思っていましたのにっ」

「私、何年も前から何度も言ってるでしょ? くるくる縦ロールは可愛いけど、今の時代だと誰からもうけないよって」

「言ってましたけど……、言ってましたけどぉ……」


「良い機会だし、ばっさり切って短くしてみたら?」

「死んでもやりませんわ。くるくる縦ロールは世界一可愛い髪型ですからねっ」


 ふんっ、拗ねてあげます。私はころんとベッドを転がってアリーナに背中を向けました。


「もうー、いじけないでよー」

 いじけたくもなります。だってくるくる縦ロールは否定されたくないですからね。


「ムリにでも元気だしてよ。するんでしょ? ニトロに反撃を」

「え、反撃?」

「うちに来たってことはそういうことでしょ?」

「……というと?」


「私もそうだし、私のパパは法律の専門家だよ? やるんでしょ、慰謝料裁判。うちを味方につけたら100%勝てるわよ?」

「慰謝料裁判……。なるほど、その手がありましたわね!」


 正直、アリーナのところには優しくしてもらおうと思って来ただけでした。でも、アリーナに言われてハッとしました。酷い扱いを受けたのですから、慰謝料を求めるのは当たり前のことです。貴族社会で婚約破棄なんて許されることではありませんからね。

 やりましょう。慰謝料裁判を!

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