第2話 実はストレートの髪が好きなんだ
「もう一度はっきりと言おう。クルリーナ、僕はきみとは結婚できない。婚約破棄をさせてほしい」
もう一度、大きな雷鳴が轟きました。
私の心の中は外に降るゲリラ豪雨のように大荒れです。
「婚約……破棄……?」
「そう、婚約破棄だ」
「ここに婚姻届けがありますのに……?」
私の手には両家がサイン済みの婚姻届けがあります。既に私とニトロは、ほぼほぼ結婚状態のはずです。この状態で婚約破棄だなんて……。
「その婚姻届けは役所に出さないでくれ」
「そんなっ……」
「きみの方で処分しておいてほしい」
「処分だなんてっ……」
ゴロゴロゴロと長い雷鳴が轟きます。
いったい……いったいどうしてこんなことに……。私は理解に苦しみます。苦しんで苦しんでのたうち回りたくなるほどです。
「本気……なんですの?」
「ああ、本気も本気だ」
ニトロの決意は固いようです。私にプロポーズをしたときよりもずっと真剣で力強い眼差しをしています。
今日までそんな目で私を見ることがありましたっけ……。私の記憶では一回もなかったと思います。
「ねえ、ニトロ。私のどこがいけなかったんですか? 何かイヤなところがあるのならすぐに直しますわ」
「……たとえば、魔法道具の工房に足繁く通って仕事を手伝っていたところとか」
ニトロの家、つまりビッグバン伯爵家は魔法道具開発で数々の実績をあげているところです。ですので、ニトロの妻になる私は魔法道具に詳しくなった方が良いと思い、彼の家が管理する数々の工房に通って何度もお仕事を手伝ってきました。
「工房通いがダメだったのですか? 仕事に理解のある良い妻になりそうだなって思いませんでした?」
「僕、妻には仕事に関わってほしくないタイプで」
「つまり、家事を頑張るタイプがよかったと?」
「あるいは自分の仕事に邁進するタイプとかかな」
「ならそう言ってくだされば良かったですわ。今日から直します。直しますから……」
ですので、婚約破棄だなんて悲しい言葉は撤回してほしいです。
しかし、ニトロは悲しい表情を見せました。
「それだけじゃないんだ……。きみの嫌いなところ……」
「な、なんですって……? こんなにも可愛い私なのに、二つも嫌いなところがあるのですか?」
ニトロが私を指さしました。いえ、私の髪を指さしたのでしょうか。私が毎日毎日丁寧にくるくる巻いている長い髪を――。
「僕、その髪がどうしても苦手で……」
「はい? 色ということですか? 愛のためなら何色にでも染めますわよ?」
「いや、その自慢のくるくる縦ロールが」
「はあ?」
私は固まってしまいました。一瞬、何を言われたのかが理解できなかったからです。親が決めたお見合いから始まった交際だったとはいえ、2年間も交際をしていた私たちです。まさか私の一番の自慢を真っ向から否定してくるとは思いませんでした……。
「きみのその自慢のくるくる縦ロールが、どうしても可愛いとは思えないんだ」
2回も言われてしまいました。
「くるくる縦ロールってどこが可愛いんだい?」
とどめの3回目ですか……。私は怒りの感情がこみあげてきました。怒りが限界突破すると逆に笑えてくるんですね。
「2年間も交際をしていたのに……、そんなことも分かっていなかったんですか……。くるくる縦ロールは、美しい令嬢に必須の世界一可愛らしい髪型ですわよっ」
「……きみ以外にその髪型をしている令嬢はいないじゃないか」
「んなっ。他の令嬢はおしゃれが分かっていないだけですっ」
「他の令嬢はみんな可愛いよ?」
「違いますっ。私が時代の最先端ですわっ」
「永遠にくるくる縦ロールの時代なんてこないと思うんだけど……」
怒りが限界突破していたうえ、私の一番の自慢を完全否定されてしまったことで、私はもうどうしていいか分からなくなってきてしまいました。
「じゃ、じゃあ、ニトロ、あなたの好みの髪型ってどういうのかしら?」
私の眉毛がピクピクします。怖い形相になる寸前って感じです。
「ツヤツヤさらさらな長いストレート髪だね」
ブチッと何かが心の中で切れた音がしました。
パンッ!
気がついたら私はニトロのほっぺをはたいていました。ニトロはかなり驚いたようです。
「クルリーナ……」
「私……、私は……、元々はツヤツヤさらさらな長いストレート髪ですわっ」
ニトロが驚愕に目を見開きます。
「そ、そんなっ。なぜ時代に合わない残念な髪型にしてしまったんだっ」
「それは、くるくる縦ロールこそが令嬢のたしなみで、時代の最先端を走る髪型だからですわっ」
「その認識はおかしすぎるっ」
パンッ!
さっきとは逆のほっぺをはたきました。
「何もおかしくないですわっ」
ニトロがけんか腰の目に変わっていきます。私も同じような目になっていると思います。
お互いが睨み合い始めました。一触即発――。そもそも結婚寸前の婚約破棄がすんなり笑顔でまとまるわけはありません。これは大変な戦いになりそうです。
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