第5話 村の便利屋さん

 村に到着した俺を待っていたのは、予想以上の歓迎だった。


 馬車にはシャドウベアの死体が積まれている。それが近づくにつれて、村人たちの間にざわめきが広がっていく。木々に囲まれた小さな村は、石造りの家々と畑が点在し、中心には井戸と広場がある。村人たちは広場に集まり、馬車を見つけると歓声を上げた。先程助けた村人たちが声を張り上げて事情を説明すると、村全体が驚きと感謝の色に包まれる。


「シャドウベアを倒したというのは本当か!?」


 一人の老人が杖をつきながら前に出てきた。その顔は皺に覆われているが、目は鋭く、村長のような存在だろう。彼は俺をじっと見つめ、やがて静かに頭を下げた。


「ありがとう、旅の方。我々を救ってくれた恩は忘れない。この村でできる限りのもてなしをさせてくれ」


 俺は少し戸惑いながらも、「そんな、大したことはしていません。ただ、目の前に困っている人がいたから助けただけです」と返した。だが、村長はその言葉に力強く首を振る。


「いや、大したことだ。皆が恐れるあのシャドウベアを倒した者がいるとは、村人全員にとって希望だ」


 その言葉に、周囲の村人たちも口々に感謝の言葉を述べ始める。


「ありがとうございます!」


「本当に助かりました!」


「どうぞ村にお泊まりください!」


 村人たちも次々と感謝の言葉を口にし、子どもたちは馬車に積まれたシャドウベアの死体を恐る恐る覗き込んでは歓声を上げていた。


 その夜、村の広場ではささやかな宴が催された。焚火が広場の中央に焚かれ、村人たちが新鮮な野菜や焼きたてのパン、村で採れた果物を持ち寄ってくれた。だが、今回の宴の目玉は、やはりシャドウベアの肉を使ったジビエ料理だった。


 村の女性たちが中心となり、シャドウベアの肉をさばき、煮込み料理や串焼きなど、さまざまな調理法で振る舞ってくれた。煮込み料理はじっくりと火を通した肉がほろりと崩れるほど柔らかく、野菜や香草の香りが溶け込んだ深い味わいを持っていた。一方、串焼きは表面が香ばしく焼かれ、噛むたびに肉汁があふれ出る。その豪快な味わいに、村人たちは皆歓声を上げながら食べていた。


「シャドウベアの肉はこんなにおいしいものだったのか!」


 村人たちの興奮した声を聞きながら、俺も一口食べてみると、思いのほか美味で驚いた。独特の濃厚な味わいと、しっかりとした歯ごたえが印象に残る。俺は焚火の揺れる光を見つめながら、こうした温かな交流が自分にとってどれほど新鮮で大切なものかを感じていた。


「ささ、もっと召し上がってください!」


 陽気な声に押されて皿を手に取ると、そこにはシャドウベアのローストが載っていた。しっかりとスパイスで味付けされ、じっくりと焼かれた肉は、まさにご馳走そのものだった。村人たちは口々に俺への感謝を述べ、杯を交わして祝福してくれた。


 夜が更け、俺は村で用意された小さな客間で休むことにした。


 窓の外から聞こえる虫の声と静かな風の音が心地よく、目を閉じればすぐに眠りに落ちるだろう。だが、俺の中では、新たな疑問が生まれていた。


 この世界で俺は何を成すべきなのか。邪神としての力を持つ以上、その力を恐れられることは避けられないだろう。それでも、人々を守り、正義を貫くためにはどうすればいいのか。


 深く考え込む俺の耳に、再びAIの声が響く。


「『アルフ』君、道は長いけれど、君ならきっと見つけられるよ。答えは一つじゃないし、正解も一つじゃない。ただ、君が決めた道を進むことが大切なんだ」


 俺は静かに頷いた。未来はまだ見えないが、今日という一日で確かな手応えを感じた。邪神としてではなく、人として正しく生きる。その決意を胸に、俺は目を閉じた。


 翌朝、村の穏やかな光の中で目覚めた俺は、自然と昨日の出来事を思い返していた。村人たちとの交流は、これまでにない温かな充足感を俺にもたらしていたが、その一方で、自分が持つ異能の力と、その扱い方についても考えを巡らせる。あのシャドウベアを倒した力――それは決して人間離れした存在であることを否定できない証拠でもあった。俺は、その事実を素直に村人たちへ打ち明けることは、まだ躊躇われていた。


 そこで俺は、持つ力をあからさまに見せるのではなく、あくまでさりげない形で村のために役立てることを選んだ。


 俺はインスタンス生成や分析の力があることを、そのまま明かすことはしなかった。自分が「邪神」という得体の知れない職業クラスを持つことを公にすれば、せっかく得た信頼を失いかねない。人々の心は、得体の知れないものに対して恐怖を抱く。それを理解していた俺は、自分の能力がどれほどの恩恵をもたらすものであろうと、それを正面から説明するのは賢明ではないと判断したのだ。


 そこで俺は、少しずつ、村に足りないものを「ふと旅の途中で手に入れた」道具として提供するなど、あくまで自然な形で役立つように努めた。俺の行動は控えめで、目立たず、しかし確実に村人たちの生活を良くしていくものだった。


 たとえば、ある日のこと。畑での作業を手伝っているとき、村人の一人が古びた刈り取り用の鎌を手にして苦労している姿を目にした。切れ味が悪く、動作もぎこちないその鎌では、作業効率が落ちるのも無理はなかった。


 その夜、俺は人目のつかない所で、インスタンス生成で最適化した改良版の鎌を作り上げた。その刃は鋭く、握りやすい形状に調整することができた。


 翌朝「旅先で偶然手に入れたんだ」と差し出したとき、村人たちは驚きと感嘆の声を上げた。「アルフは本当に面倒見がいいな」と感謝されるたびに、俺は胸の奥で密かに安堵する。


 また別の日、村の水源にまつわる問題に気づいた。山から水を引く細い水路が頻繁に土砂で詰まってしまい、その都度村人たちが労力を割いて清掃しなければならなかった。


 俺はインスタンス分析で水路の構造を詳細に観察し、どの部分を補強すれば土砂が溜まりにくくなるかを割り出した。具体的な対策として、傾斜角度を微調整し、特定の箇所に水流を分散させる工夫を考案することができた。


 あくる日、俺は作業を始める村人たちにさりげなく助言した。「この辺りに補強材を打ち込み、傾斜をこれくらい急にすればいいんじゃないかな」という風に。彼らは最初こそ半信半疑だったものの、その通りにしてみると、水の流れは驚くほど安定し、詰まりが大幅に減った。


 村人たちはその結果に喜びと驚きを隠せない様子だった。「アルフのおかげで作業が楽になったよ」と笑顔で声をかけられたとき、俺はただ微笑み返すだけだった。しかし、その瞬間、彼らの中で芽生えた信頼と感謝を感じ取り、俺自身もどこか満たされた気分になった。


 さらに、村の教育面でも俺は手を貸していた。村の子どもたちは、読み書きや計算の基礎を学ぶ機会に乏しかった。そこで、俺はこっそりとインスタンス生成で作成した簡単な教材を用意し、それを「昔旅をしたときに手に入れたものだ」と言って村の子どもたちに渡した。もちろん日本語ではなく現地の言葉で書かれた物だが、俺もインスタンス分析で読もうと思えば読むことが出来る。


 その教材は子どもたちの興味を引きつけるよう最大限工夫されており、彼らの学習意欲を高めることに成功した。子どもたちが楽しそうに学んでいる姿を見るたびに、俺の胸には暖かな感覚が広がった。


 こうして俺は、自分の能力を明かすことなく、村人たちの生活を少しずつ改善していった。その過程で得られる信頼と感謝は、俺にとって何物にも代えがたい宝物だった。そして、彼らが俺を「邪神」ではなく、一人の頼れる人間として見てくれることが、俺のささやかな望みでもあった。


 しかし、この村の平和を脅かしている邪悪な存在に出会おうとは、この時の俺はまだ、知る由もなかった……。

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ユニーク職業「邪神」になった俺は、正義のヒーローになりたかった ~「インスタンス生成」で邪神から万物の創造主へ~ 有馬悠宇 @yu_arima

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