第4話 森のくまさん、成敗
ログハウスを完成させ、一息ついた俺は、日本刀を腰に帯びながら深呼吸した。実は、手に入れた日本刀をどう扱えばいいのか、まだよくわかっていなかった。
「AI、せっかく日本刀を手に入れたはいいが、実際にどう練習すればいいんだろう? 木を斬るだけじゃ分からないし、手頃な練習用の標的が欲しいんだが……」
俺は首を傾げる。実戦でいきなり人や生物を斬るなどありえない。そしてもちろん、刀の使い方が全く分からないままでは、いざという時に役に立たないだろう。何か適切な練習用具はないものだろうか?
「現代日本の知識を統合すると、日本刀の斬撃感覚を養うために『竹入り畳表』という試し斬り用の標的があるんだけど……『アルフ』君、君はその存在を知らないよね?」
「竹入り……畳表? なんだそれ? よくわからないな」
「竹入り畳表とは、芯に竹が仕込まれ、その周囲を畳表(たたみのおもて部分)で巻いたものだよ。現代日本では刀の試し斬りに使われていて、刃を当てる感覚や抵抗が本物に近く、練習や刃味確認に適した対象物だったんだ」
「へえ……そんなものがあったのか。これも、インスタンス生成で作成できるか?」
「もちろん。君が見た事の無い物体だって、インスタンス生成で再現できるよ。それに、どうせ使うなら自動的に修復されるようにすれば何度でも練習できる。一度斬ったら使い捨てじゃもったいないからね」
「自動修復? そんなことも可能なのか」
「もちろん可能さ。自動修復プロパティを追加することで、斬っても時間が経てば元通りになるようにできるんだ」
俺はログハウスの外に出て、広めのスペースを確保した。ここなら振り回しても問題はなさそうだ。落ち着いてから、言葉を紡ぐ。
「インスタンス生成:竹入り畳表。追加プロパティ:自動修復」
黒い霧が集まり、徐々に形を成していく。やがて現れたのは、芯に竹を仕込み、畳表で巻いた柱状の標的。俺はその物体をまじまじと眺める。
「これが竹入り畳表……か。まるで巻物か何かを立てたようだな。どう使えばいいんだ?」
「刃を当ててみるといい。斬る感覚が得られるはずだよ。ただし、君はまだ斬り方も知らないよね。袈裟斬り、逆袈裟斬り、水平斬りなど、様々な切り下ろし方や斬撃方向があるんだが、その名称や方法を君はまだ理解していない」
「確かに全く知らないな。どうすれば学べる?」
「インスタンス分析を使えば、この竹入り畳表を切る際に適した斬撃パターンを可視化できるよ。どの方向からどういう角度で刃を入れればうまく切れるか、例として袈裟斬り、逆袈裟斬り、水平斬りなどを学習することができるはずさ」
「なるほど……じゃあ試してみるか」
俺は目の前の竹入り畳表に意識を集中すると、こう呟いた。
「インスタンス分析:竹入り畳表」
すると、視界に浮かぶ情報ウィンドウが現れた。そこには、斬撃方向や名称が記されたガイドが示されていた。刀をどの角度で振り下ろせば正確な袈裟斬りになるか、逆袈裟斬りや水平斬りはどう動かせばいいのか、実に分かりやすい指示が浮かび上がってくる。
「へえ……『袈裟斬り』は斜め上から斜め下へ、『逆袈裟斬り』は逆方向、『水平斬り』は水平に振る……なるほど、こうやって斬ればいいわけか」
言葉通りに、俺は刀を構え、表示されたとおりの角度と方向で振り下ろしてみる。刃が竹入り畳表に触れると、スパッという軽快な音と共に、あっさり二つに切断される。
「おお、切れた! ちゃんと抵抗感もあるし、ただの木を斬るより良さそうだ」
「そうだろう? しかも自動修復が有効になっているから、しばらく待てばまた元通りになる。何度でも繰り返し練習できるよ」
実際、切断された畳表は霧状の粒子を放出し始め、時間を巻き戻すように再び一本の標的へと戻っていく。これなら回数を気にせず、切り方の習熟が可能だ。
「これは便利だな……。斬撃方法をインスタンス分析で知ることができるなんて。この世界での俺にとって、何もかもが未知数だが、こうして一つずつ学べるのはありがたい」
「努力次第で、どんな戦闘スタイルだって身につけられるよ。せっかく邪神の力を持っているんだ。悪用せず、人を傷つけず、君自身の正義に従って生きるために、この力をうまく使っていこう」
俺は再び刀を構え、今度は逆袈裟斬りの指示を読み返してから、インスタンス分析に従ったフォームで斬り上げる。再度、清々しい音とともに畳表が二つに分かれる。これを繰り返すことで、俺は様々な斬り方を身につけられるだろう。
「よし、しばらくはこの竹入り畳表で剣術の基本を学ばせてもらうことにする。ありがとう、AI」
「どういたしまして、『アルフ』君。君が正しい方向に進むための一歩になれば幸いだ」
こうして俺は、竹入り畳表を使った試し斬り訓練で剣技の基礎を学び始めた。未知の世界で未知の力を持つ俺は、確実に成長への一歩を踏み出していた。
* * *
数日後。日課となっていた剣術の鍛練を終えた俺は、拠点として建てたログハウスから少し離れた場所を散歩していた。昼下がりの森は静かだったが、ふと人の叫び声と動物の威嚇音が木々の間から聞こえてきた。
何事かと思い、茂みの影から様子を窺ってみると、壊れた馬車と三人ほどの村人らしき人々、そしてその馬車につながれた馬が見えた。
「AI、この状況は?」
「分析中……魔物の襲撃で馬車が壊れており、村人三名と馬一頭が逃げ遅れている。このまま荷物を置いて逃げれば助かる可能性はあるが、村人たちにとって馬と食料は生活を支える重要な資産であり、簡単には放棄できない状況だ。魔物の名前はシャドウベア。シャドウベアは食料を食べているが、満腹になれば人や馬を狙う可能性あり。インスタンス分析でシャドウベアの弱点を可視化できるよ」
「そうか、弱点は……?」
「インスタンス分析開始……完了! シャドウベアの心臓位置を赤色でハイライト表示したよ。そこを的確に狙えば、短時間で仕留められる」
俺の視界の片隅に、まるで透視したかのような情報が浮かぶのを感じる。シャドウベアの分厚い体毛の下、その心臓が鼓動する位置が正確に分かるのだ。
「困っている人たちがいる。ここで逃げるわけにはいかないな」
深呼吸し、腰の日本刀に手をかける。分析能力があるとはいえ、シャドウベアは見るからに巨大で強靭だ。短期決戦で決められなければ、逆に俺が殺されかねない。
茂みから飛び出した瞬間、シャドウベアが俺に気づく。魔物は食料袋を放り出し、低く唸り声を上げる。俺が一歩前に出て日本刀を抜くと、刃が日の光を反射して鋭く輝いた。
(落ち着け……刃先をぶれさせるな)
シャドウベアが咆哮し、凄まじい勢いで突進してくる。風圧と土煙が舞い上がり、俺は即座に横へ跳んでかわした。ここで、分析情報が生きてくる。インスタンス分析は、シャドウベアが突進する際の足の踏み込みや、次の一手へ移るまでのわずかな反応時間を示していた。俺はそのリズムを読み、シャドウベアの攻撃パターンを先読みする。
この予測力がなければ、鋭い爪が体を引き裂いていただろう。だが今は、攻撃が来る前に一歩先へ動くことができる。シャドウベアは素早く体勢を立て直し、横殴りに前足を振るってくるが、俺は分析に従って後方へ跳び避ける。爪が掠める音だけが残り、かろうじて一撃も食らわない。
わずかな隙をついて刀を振り下ろし、狙いは心臓付近。しかし分厚い筋肉と骨格が邪魔をして、深手は負わせられない。切り傷は作ったものの、シャドウベアは怒りの咆哮を上げ、反撃してくる。
「くっ、思ったより硬い……!」
シャドウベアの前足が上から振り下ろされ、俺は刀を斜めに構え防御する。衝撃と金属音が腕を痺れさせるが、なんとか致命打は避けた。村人たちは息を呑んで成り行きを見守っている。
(長期戦にはしたくない。心臓を正確に狙え……)
分析情報を脳裏に描く。シャドウベアは突進時、左前足が地面を強く踏み込む瞬間に心臓がわずかに上へ揺れる。そのタイミングを狙えば、確実に急所を叩けるはずだ。
シャドウベアが再び突撃する。その踏み込みに合わせ、俺は斜めにステップし、袈裟斬り気味に刃を振り下ろす。
「もう一撃……!」
シャドウベアが痛みで前足を振り回す。だが、その動きも予測済みだ。俺は頭を低くし、水平に身を沈め、逆袈裟で斬り上げる。手ごたえがあり、厚い組織を切り裂いて血飛沫が上がる。
まだ仕留められない。だが、ここまでの攻防でシャドウベアの肉体構造がより明確に掴めた。インスタンス分析で学んだ斬撃パターンで、骨や筋肉を避けて刃を通し、最後は水平斬りで止めを刺す。
最後の一撃で心臓を的確に斬り裂くと、シャドウベアは痙攣し、やがて沈黙した。村人たちが安堵と感謝の声を上げる中、俺は肩で息をしながら刀を収める。
今回、インスタンス分析によって相手の動きを先読みし、学んだ斬撃法を駆使したことで、一度も攻撃を受けずにその弱点を的確につくことができた。その結果、俺はこの巨大な魔物を倒し、村人たちを救うことができたのだ。
「怪我はないか?」と俺は村人たちに声をかける。
「ありがとうございます! 我々はこの食料を村に運ぶ途中でしたが、この魔物に襲われて馬車が壊れて……」
荷台の食料はまだ食べられそうだが、馬車が壊れていては運べない。村人たちは困り果てている。
「馬車を直せれば、村に戻れるんだが……」と中年の男性が嘆く。
(AI、馬車修理の手立ては?)
「了解。インスタンス分析開始……完了! 必要な部品は車軸用補強材、車輪パーツ、固定金具類。インスタンス生成で用意できるよ」
俺は周囲を見渡し、「少し待ってて」と村人たちに言い、茂みの影で小声で呟いた。
「インスタンス生成:補修用木材、車輪パーツ、金具、工具一式」
黒い霧が凝集し、必要な部品が揃う。これを使って馬車を直せる。
「幸運だったね、旅の途中でこれらの整備道具を入手してたんだ」と俺が言うと、村人たちは目を丸くする。
「そ、それは助かります! 本当に何から何まで……」
工具を手に、折れた車軸を補強し、曲がった部分を金具で固定。割れた車輪も新しいパーツで組み直して、スムーズに回転するようにする。まるで器用な職人になった気分だ。インスタンス分析のおかげで、一度もやったことのない修理作業が驚くほどスムーズに進む。
「すごい……あっという間に直っていく!」
「これで村に食料を届けられる……本当にありがたい!」
全ての修理が終わると、馬車は再び走行可能になった。村人は何度も何度も頭を下げ、「ぜひ村にお越しください、お礼をしたいんです!」と懇願する。
俺は少し迷ったが、ここで断る理由もないし、村に行けばこの世界での生き方がさらに見えてくるかもしれない。助ける力があるなら、人を救い、喜ばれるのも悪くない。
「わかった、村へ案内してくれ。困ってる人がいるなら、力になるよ」
「ありがとうございます! 村の者たちもきっと喜びます!」
シャドウベアを倒し、馬車を修理し、村人たちを救うことができた。邪神の力を正しい方向で使えたと感じる。まだ道は始まったばかりだが、胸の中に確かな達成感と希望が芽生えている。
こうして俺は、馬車に乗せてもらい、村人たちと共にその村へと向かい始めたのだった。
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