第3話 森の中で食べるハンバーグ(無料)
地下牢から無事に脱出した俺は、身体透過率の変更による透明人間化を解除し、街の北東にある森林地帯に来ていた。透明状態を維持すれば街に滞在する事自体は可能だが、それだと物を掴むことが出来なかったりと、普通の生活を送ることは非常に難しいからだ。
「次にやるべきことは何だ、AI?」
俺は立ち止まり、森の中で周囲を警戒しながらAIに問いかけた。
「まずは君の力を試すことだよ。邪神として与えられた力は単なる破壊だけじゃない。実際に何ができるかを把握し、その力で人々を助ける方法を考えよう」
「力を試す、か。何から始めるべきだ?」
「まず簡単なインスタンス生成だ。水とか武器とか食料とか、いろいろ試してみよう」
俺は試しに手を伸ばし、「インスタンス生成:水」と呟いてみた。すると、手のひらの上に澄んだ水滴が現れ、やがて程よい量の水が手の上に溜まった。
「これは……飲んでも大丈夫なんだな?」
「もちろん問題ない。不純物を含まないクリアな水さ」
「そうか……」
俺はその水をおそるおそる口に含み、飲み干す。本当に何の変哲もない、普通の水だ。
「これは……便利だな」
「うん。もしも大量の水が必要なら、インスタンス生成時のプロパティで水量を変えればいい。さて、次は武器の生成を試してみよう」
「武器か。そうだな……」
俺は「インスタンス生成:日本刀」と呟いた。すると、その瞬間、俺の手のひらの上に黒い霧が渦を巻き始め、それが次第に収束して美しい日本刀が現れた。刀身は滑らかな光沢を放ち、刃先からは冷たい輝きが感じられる。柄には精緻な模様が刻まれ、まるで古代の職人が魂を込めて作った芸術品のようだった。
「驚いたな。こんなにリアルなものが出てくるとは……」
「そりゃあ一応『本物の日本刀』のインスタンスだからね」
刀を手に取り、軽く振ってみる。その動きに従って空気が切り裂かれる音が響いた。軽くて扱いやすいが、その一撃には確かな威力を感じる。
日本刀を手にした俺は、その次に考えた。刀を持ち運ぶには鞘が必要だし、長時間携帯するには腰に装着するための帯や専用の装備もいる。
「AI、日本刀を運ぶための装備を作る必要がある。鞘と、腰に装着するための帯を生成してくれ」
「了解。では順番に生成しよう。『インスタンス生成:日本刀専用の鞘』」
俺の目の前に再び黒い霧が渦巻き、やがて日本刀にぴったり合った漆黒の鞘が現れた。表面には細かな文様が刻まれており、握り心地の良い作りだ。
「次は、刀を腰に固定するための装備だね。『インスタンス生成:刀用の帯装具』」
さらに、黒と赤の革製の帯が生成された。この帯は腰に装着することで、刀を安定して固定できる仕組みになっているようだ。
「素晴らしい。これでいつでも刀を使えるようになったな」
俺は刀を鞘に収め、装具を腰に装着した。試しに動いてみたが、全く違和感がない。それどころか、戦闘時に迅速に抜刀できるよう工夫された設計がされていることに気づいた。
「良いね。続いては食料作成だ。例えば、料理を生み出すことも可能なんだよ」
「ほう……それも試してみるか。まずは椅子とテーブルからだ」
俺は試しに、「インスタンス生成:椅子、テーブル」と呟いた。すると、目の前の空間に黒い霧が渦を巻き、やがて立派な木製の椅子とテーブルが現れた。どちらも綺麗に磨き上げられ、彫刻のような装飾が施されている。
「なるほど……本当に何でも作れるんだな」
「もちろん。次に、そのテーブルセットを活用するために料理を生成してみようか。今回は、プロパティを設定してみるといい」
「プロパティか……具体的には?」
「例えば、『食器セット』というプロパティを付け加えることで、料理と同時に皿や食器類が生成されるようになるよ」
「なるほど。じゃあ、試してみるか」
俺は深呼吸して、「インスタンス生成:ハンバーグ。追加プロパティ:食器セット」と呟いた。すると、霧が渦巻き、テーブルの上には湯気を立てる美味しそうなハンバーグを乗せた皿が現れる。その周囲にはフォーク、ナイフが完璧にセットされていた。
「これは……便利だな。プロパティを使うと、さらに楽になるんだな」
「そうだね。この方法を覚えておけば、状況に応じて必要なものを一度に生成できるよ」
俺は席に着くと、フォークとナイフを手に取った。皿の上のハンバーグを一口切り、口に運ぶと、ジューシーな肉汁と香ばしい香りが広がる。その美味しさに、思わず笑みがこぼれた。
「……美味い! 前世のレストランで食べたものと
「よかった。これが邪神の力の一端さ。これをどう活かすかは君次第だよ」
「そうだな……力を持つ以上、それをどう使うかは俺の責任だ」
俺はハンバーグを平らげた後、目の前に残ったテーブルや食器類を見つめていた。美味しいハンバーグを堪能できたのはいいが、こうして不要になった物がそのまま残るのは不便に感じる。
「これ、どうするんだ? 使わなくなった物を片付ける方法はあるのか?」
俺がそう尋ねると、AIがいつもの軽い口調で答える。
「もちろんあるよ。それが『インスタンス解放』。君が生成したインスタンスを元の虚無に戻す手続きだよ」
「インスタンス解放……? どうやってやるんだ?」
「簡単だよ。解放したいインスタンスを指定して、適切なコマンドを唱えるだけ。試してみる?」
俺は頷き、AIの説明に従うことにした。
「わかった。じゃあ、やってみるか。えっと……『インスタンス解放:椅子、テーブル、食器セット』」
そう言った瞬間、椅子、テーブルとその上の食器類が黒い霧に包まれ、あっという間に消え去った。霧が晴れると、そこには何もない空間だけが残っている。
「すごい……本当に全部消えたのか?」
俺は信じられない思いで周囲を見回した。ついさっきまで目の前に存在していた物が、まるで最初から無かったかのように完全に消えている。
「これが『インスタンス解放』の力だよ。君の邪神としての力を正しく使えば、こうして必要のなくなった物をすぐに消すことができるんだ」
「なるほど……便利だな。これで無駄を残さずに済む」
「でも、注意してね。君の力は見られると人々に不安を与える可能性がある。必要のない場面では控えたほうがいいかもしれない」
「わかってる。他人がいる場所では、この力はなるべく使わないようにするよ」
「それに、君の力なら通貨のインスタンスを好きなだけ生成して大金持ちになる事も可能だけど、やめた方がいいだろうね。この世界の経済や秩序を混乱させる危険があるから」
と、AIは慎重な口調で警告した。
「そんなこと、考えてもいないさ」
と俺は軽く笑った。確かに便利な力だが、無制限に使えば世界を混沌に導いてしまうし、そもそも自分自身の価値観がそれを許さない。
「それで、次はどうするんだ?この森の中で、ひとまず安全を確保するための拠点を作るべきじゃないか?」
「そうだね。周囲を探索しつつ、必要最低限の住居を構築するのが良いだろう。君の力を使えば簡易なログハウス程度のものならすぐに作れるよ」
「ログハウスか……ちょっと試してみる」
俺は森の中で少し開けた場所を見つけると、そこに立ち止まり、深呼吸した。そして、頭の中で構想を練りながら呟く。
「インスタンス生成:ログハウス。追加プロパティ:耐候性あり」
瞬間、周囲の空気が揺れ、黒い霧が渦を巻き始めた。霧は徐々に形を成し、丸太が次々と積み上げられていく。屋根が現れ、窓やドアの枠も組み立てられていく様子はまさに魔法のようだった。
数十秒後、完成したログハウスが目の前に立っていた。小ぶりではあるが、外壁は頑丈そうで、屋根も雨風を凌げるしっかりした作りだ。
「建築すらここまで簡単に終わってしまうとは、本当にすごいな」
俺はそう言いながらドアを押し開け、中に入ってみた。内部は意外なほど快適で、簡素なテーブルと椅子、そして寝台が備えられている。
「だけど、防犯が必要だな。このままじゃ安心して眠れない。どうすればいいんだ?」
「インスタンス修正でプロパティを追加すると良いよ」
「なるほど、承知した」
そう言って俺は、再び呟いた。
「インスタンス修正、対象:ログハウス、追加プロパティ:防犯構造、鍵付きドア、強化窓」
再び黒い霧が現れ、ログハウスのドアや窓に変化を加え始める。やがて霧が晴れると、ドアには堅牢な鍵が取り付けられ、窓ガラスは割れにくい強化ガラスに変わっていた。鍵はシンプルな錠前でありながらも、外部からの侵入を防ぐしっかりとした作りだ。
俺はドアの鍵を確認しながら呟いた。
「これなら十分だな。安心して休める」
俺は椅子に腰を下ろし、一息つく。このログハウスは、異世界での俺の新たな出発点になるのだろう。これから、この力をどう使い、この世界でどう生き抜いていくか。その答えを見つけるための第一歩が、ここから始まる。
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