花咲&モリーの馴れ初めの話
はる夏
第1話
花坂理音は天才だ。まだ高校生だってのに幾つも作詞作曲を手掛けてて、動画や音楽の投稿サイトでも徐々に名前を広めてる。
花咲Pって聞いてピンと来なくても、曲を聴いたら「ああ!」ってなるヤツも多いだろう。
最近はオレ・森井健太がボーカルとして参加して、「花咲&モリー」って名前でオリジナル曲を発表してる。まあ、オレは歌ってるだけで、作詞作曲は全部理音任せなんだけど、理音の曲はいつも最高だから問題ない。
理音が元々使ってたのは、架空のキャラに歌わせるボーカル系の音楽アプリだった。3歳からピアノを習ってたとかで、作曲自体はキーボードを使ってる。
3歳からずーっとピアノを続けてて、演奏だけじゃなく作詞作曲もやるんだから、相当な音楽好きなのは間違いない。そのくせ、高校の選択芸術は習字だっていうんだから、変なヤツだなと思う。
本人が言うには、人前で歌うの絶対無理、なんだそうだ。
まあ、喋るのだってぼそぼそ声だし、大声出そうとするとドモるし。自分で喋るより、音声アプリに言わせる方が楽とか言っちゃうヤツだから、その気持ちは想像できる。
オレと初めて会った時だって、ほぼほぼ筆談だった。なぜかノートサイズのホワイトボード持参。意味不明だけど、読み上げソフトの合成音で話しかけられるよりは、マシだったと思いたい。
そんなオレたちの衝撃的な出会いは、ある日の昼休みでのことだった。
所属してる放送部での「お昼の放送」ってやつを終え、放送室から出たところで、出待ちをしてた理音に突然声をかけられた。
「あっ、あっ、あっ、あの!」
男にしてはちょっと甲高い、癖のある声だった。
実のところ、こうして声を掛けられることは初めてじゃない。さっきの放送で流した音楽のタイトルはー、とか、明日はこの曲流してー、とか、出待ちして言われることもあるからだ。
放送部に入りたい、って突撃してくるパターンもある。色々ある。けど、バッとホワイトボードを向けられたのは初めてだった。
――あなたの声に惚れ込みました。よかったら音声アプリで使わせてください――
「音声アプリ?」
ホワイトボードの文字を読みつつ首をかしげると、理音はあわあわ言いながらさっきの文字を消し、再びボードに短く書いた。
――U・TaEという、歌声合成アプリで――
それを見てすぐに理解できたのは、その手のコンテンツを知ってたからだ。架空の美少女や美少年キャラが歌うアレ。歌うだけじゃなくて喋るやつも、ブラブラ動画とか、動画投稿サイトでよく見かける。
自分で好きな音源を作って使えるってことは知らなかったけど、理音の話にはかなり興味をそそられた。
さっそくその日の放課後に、理音の家を訪れた。
理音の家には半地下に防音室があって、ピアノとでっかい音響設備と、モニターと、それから本格的な録音設備も整ってた。
マイクまでプロ仕様で、「すげー」と称賛するしかない。
最初はオレの声でボイスライブラリを作りたいってことだったんだけど、マイク使って歌詞を朗読して、曲サンプルを聴いて、音程を調整してる様子を見てしまったら、直接歌いたくてたまんなくなった。
理音の曲を聴いたのは、実を言うとその時が初めてだった。
動画投稿サイトでは主にゲームの実況動画をよく見てて、音楽にはあまり興味がなかった。音声アプリの曲って、どれも似たり寄ったりだよな、って先入観があったかも知れない。
その認識が間違いだって気付かせてくれたのは、理音こと花咲Pの楽曲だ。
――教室の窓から吹く風に 心がパラパラめくられて
――斜め向こうのあの人の 朗読の声がシミを作る
何てことのない歌詞なのに、曲に乗せた途端、その風景が頭の中に広がった気がした。独特な歌い出し、個性的なリズム取り、間奏がまた印象的で、耳に残った。
でも理音が言うには、まだまだらしい。まだまだ、アップできるレベルじゃないんだって。
一応、いつもの音声アプリにも歌わせてみたんだ、と、小声でぼそぼそ言いながら、歌付きバージョンも聴かせてくれたけど、その違いは明らかだった。
ああ、これはオレの声の方がいい。うぬぼれとかじゃなくて、マジで思った。美少女の合成音でも、美少年の合成音でもない、オレのこの声の方がいい。肉声なら、もっといい。
花坂理音は天才だ。個性的で印象的な曲を作り、自力で世に出て活動してる。直感にも優れてて、自分の曲に合うのはコレだって、オレの声を見出した。
きっとスゴイ曲になる。だって、イントロだけでテンションが上がる。
「これ、オレに歌わせてくれねぇ?」
そう申し出るのに、ためらいはなかった。
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