第3話 手紙

なんとなく、仕事が手に付かなかった。


亜紀達がバスを降りる前に、高橋が十文字に手渡した封書。その中には果たして何が書いてあるのだろう。


十文字は、その日は定時で上がり何処にも寄らずに真っ直ぐ帰宅した。


家に帰るなり、すぐに朝の封書を手にする。その封筒には、封がしてなかった。あのタイミングで高橋が既にこの封書を用意していた事から、恐らくこれは自分の為だけに用意された手紙ではなく、亜紀の違和感のある状態を不審に思ったに宛てて書かれた手紙なのではないかと十文字は思った。


その手紙には、こんな事が書かれていた。


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亜紀があのような態度を取って、大変驚いた事と思います。実は、亜紀は脳に障害を患っているのです。その主な症状は、著しい記憶力の欠如。

亜紀の記憶は一日しか維持が出来ません。昼間経験した出来事は、その日の夜に睡眠を取り、翌朝目を覚ました時には、もうすっかり失われてしまうのです。

この病気は遺伝性のものです。思い起こせば、亜紀の母親である山城凛子やましろりんこもこの病気を患っていました。凛子は私の親友でした。病状が悪化し、余命を宣言された時、凛子は一人娘の亜紀の事を親友である私に託しました。私は凛子の意思を汲んで凛子が亡くなってからずっと、亜紀の面倒を見て来ました。まさか、今頃になって亜紀にあの病気が発症するなんて。

そのような理由で、亜紀は貴方の事を覚えていないかもしれません。ですが、亜紀は明るい素直な子です。初めて出逢う人であっても人見知りなどする事は絶対にありませんので、是非とも話を合わせて仲良くしてあげて下さい。都合のいいお願いですが、どうぞ宜しく御協力お願いいたします。

高橋 弥生

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そこに書かれた手紙を読んで、十文字はまるで全身に鉛を巻き付けられたような重さを感じた。まだ高校生位の少女に対して、なんて残酷な仕打ちを神はするのだろう。

大袈裟ではなくそう思った。しかも、その当人であるあの亜紀があんなに明るく振る舞っている事が、余計に不憫さを感じさせた。


* * *



翌朝から、十文字は亜紀に会う度に毎回かのように振る舞っていた。


「初めまして。アタシ、今日からこのバスを利用する事になりました山城亜紀と云います!」


「初めまして。僕はアーク・ロボティクスという会社でロボットの開発をしている、十文字吾郎と云います」

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