第7話 情報収集

「それで先生。次はどこへ行くんですか?」


 後ろについて歩くマリーリが疑問を呈する。


「そうだね。ナットのところに行く予定だよ」

「ナット先生ですか?」


 マリーリは驚いた声をあげる。

 ナットとはフォード魔法学院の魔法知識学助教授である。そして、ヘイリーとこの学内唯一といえる親交を持った教員だ。その付き合いはフォード魔法学院の頃からのものであり、長さは十年を超える。ある種腐れ縁といえるかもしれない。


「あの男はそこそこ情報通だからね。ちょっと今回の件について聞いてみようと思って」 


 なるほどとマリーリはぽんと手を打った。


「たしかに先生と違ってゼミの所属者も多いし、女子生徒からの人気も絶大ですもんね。いろいろ情報が集まりそうです」

「マリーリくん」


 ヘイリーはその発言にプルプルと震える。たしかにそれは事実だ。だが、事実だからと言って安易に突きつけていい理由にはならない。


「大丈夫ですよ。私は先生のゼミを辞めることはないですから」

「いや、そう言う問題じゃ……。はあ、まあいいか」


 これ以上なにを言ってもしょうがないような気がして、話しを広げることはしなかった。


 寮からナットのいる五号館までは、大学の外縁の道から学内へと入ったあとは一本道である。フォード魔法学院は緑豊かな学校であり、道の至る所に植林が施されている。


 休日で休講日であるということもあって、道行く学生の数はまばらである。 しばらく歩くと芝生が姿を現し、その横にはそびえ立つ五号館の姿が目に映った。レンガ造りの真新しい建物である。ヘイリーのいる六号館にももっと予算を割いてもらいたいと、そう思えるくらいには優美なデザインである。 


 階段で二階へ上がり、奥から二番目の部屋へと向かう。

 廊下を歩いていると、不意に扉の開いた教室から笑い声が聞こえた。見知った声である。中を覗くと、ナットと談笑している生徒たちの姿があった。ほとんどが女子学生である。


「失礼するよ」


 ヘイリーはそのままずかずかと入っていった。

 視線が一気にヘイリーの元へと集まり、笑い声は静けさへと変わる。

 学生たちの輪の中心にいる、茶髪で柔らかな瞳をした端正な顔立ちの男と視線が合った。彼はヘイリーに気づくと小さく微笑んだ。


「やあ、ヘイリー。どうしたんだい」

「ちょっと聞きたいことがあってね」


 なるほど、と呟くとナットは生徒たちを見やる。


「ごめんな。大事な話があるから俺は席を外させてもらうよ」


 えーっと、残念そうな声が生徒たちから上がる。何人かは明らかにヘイリーへ敵意のある瞳を向けていた。


「ごめんね。話しが終わったらまた戻ってくるからさ」


 そう言ってナットは部屋を出ると、その左手にある彼の教授室の扉を開けた。ヘイリーとマリーリもあとに続く。

 二人の視線の先には広々として整理整頓された空間が姿を現した。おびただしい数の本が壁の本棚に綺麗に並べられている。加えて魔具なども大量に置かれている。


「さて、どうぞ座ってくれたまえ」 


 案内されるがままに二人は腰を下ろした。


「初めてナット先生の部屋に入るんですが、けっこう広いんですね。先生のところの二倍くらいはありそうです?」

「ははは。うちは実績によって割り当てられる部屋も変わってくるからね」


 ヘイリーは話しを打ち消すためにごほんとせき払いした。


「さっさと本題に入りたい」


 その横ではマリーリがにやにやしていた。どうやらあまり面白くない話しだから話しを変えようとしているのだと思っているようだ。


「あまり、時間はないからな」


 言い終えて、なんだかそれは言い訳がましく感じてしまう。


「シャーディー嬢の話しかい?」

「ああ、話しが早くて助かる。ちなみにナットはなにで知ったんだ」


 彼のことだ。おそらく今日はまだサーカスサークルの小屋の方へは行っていないだろう。


「先ほど学生室にいた女子生徒たちが話していたのさ。今日はその話でもちきりだったよ」


 話しがまわるのが非常に早いようだ。

 小屋の前にも無数の生徒がいたし、もしかしたらその中の生徒がわざわざここまでその内容を話しに来たのかもしれない。学生たちはどうにも噂好きで困ったものだ。


「しかし、なんだってヘイリーはこの事件に顔を突っ込んだんだい?関係者が誰かもいろいろ聞いたけどあまり関係はなさそうだが……」

「ゼミ生勧誘のためです」


 それに高らかに答えたのはマリーリだった。

 そんな返答にヘイリーはげっと顔をしかめ、ナットは大爆笑した。


「なるほど。まあ俺たちの給料は受講生やゼミ生に依存するからな。そこを貪欲に追うのはいいんじゃないか」

「まあ、それも理由の一端でないわけでもない」


 なにせゼミ生一人である。このままでは本当に食いっぱぐれてしまいそうなくらいには給料が安いのである。


「それで、その生徒に恩を売ってゼミに加入してほしいヘイリーはどんな情報を求めているんだ」


 ナットが話しを修正する。


「ああ。今回の事件の被害者であるシャーディーについてなにか知っていることがあれば教えてほしい」


 ふむ、とナットは顎に手を当てる。


「シャーディー・エッセ。昨年のエルーナコンテストの優勝者だ。その美貌から多くの男子生徒の注目の的となり、告白されること数多。今回の容疑者候補筆頭のエイザンも彼女に告白して玉砕した生徒の一人だ。そのせいか女子生徒からの人気はすこぶる悪い。現在ニースという甘いマスクをした青年と交際している」


 つらつらと基本情報が語られていく。そのほとんどは今日、ヘイリーも知ったものであるが、よく事前にこれだけの一生徒の知識をつけられるものだと感心する。


「ちなみに、魔具専攻のコナさんとの諍いについてはなにかご存じですか?」

「ああ、コナの交際者がシャーディーを口説いたことで起こった喧嘩のことだね。そのことがきっかけで先日コナはその彼氏と別れているみたいだ。ちなみに振ったのはコナだ」

「なるほど。愛想をつかしたってことか。ちなみにだがその情報の出所っていうのはいつもと同じく?」 


 ナットは柔らかい笑みを浮かべた。


「俺の学生たちだよ。一緒にその場にいるだけでいろいろな情報が耳に入ってくるのさ」


 そして、ナットはそこで聞いた情報をしっかりと記憶している。彼の記憶力には非常に目を見張るところがある。ヘイリーならコンマ数秒後には内容は忘却の彼方へといってしまっていることだろう。


「女の子たちの噂話こそがこの学校の情報源ということなんですね」


 ナットのゼミ生は女子学生ばかりである。そのために有力な情報源となる。


「そうなるね。で、ヘイリーが聞きたいのはきっとニースとの関係だろう」

「ああ、話しが早くて助かる。二人の関係を教えてくれ」


 ナットは人差し指を立てた。


「貸し一つだ」

「わかった」


 よし、と満足げにナットは頷いた。そして、彼はゆっくりと口を開き情報を語り始めたのだった。

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