第6話 アリバイ確認

「それで、なにから調べていくんですか?」

「そうだね。まずは、それぞれの事件当時のアリバイが知りたい」


 そう言って、ヘイリーはエイザンの方を向いた。

 エイザンは小さく頷いた。


「すでにそこの眼鏡には言ったが、俺は昨日の夜八時くらいにこの小屋を出た。それから部屋に帰って寝て朝起きていまに至るかんじだ」  

「その間誰も会っていないということだね」

「ああ、そうだ」


 つまり、彼の行動を証明する人間は誰もいないというわけだ。


「ちなみに、君が帰るときに小屋を閉めたと言っていたね。勝手に開いたりとかはないかい」

「いや、閉まったら勝手に開くことはないな。とはいえ鍵がないのだから開けようと思えば誰でも開けられる」


 そう言って、エイザンはリネの方に確認するように視線を送った。

 リネもそれに頷く。

 つまり、入ろうと思えば誰でも入れるということである。


「それから、えーっと、そこの女子学生」


 そう呼ばれて、オスの隣に立つ女子学生はびくりと肩を揺らした。


「テ、テノーです」

「テノーさん。君の昨夜までの行動を知りたい」


 それは彼女にとってまさかの言葉だったのだろう。

 動揺が顔に張り付いていた。


「先生、あの生徒は関係ないのでは」

「うん、そうかもしれない。ただ第一発見者ということなので一応事情を聞いておかなくてはと思ってね」


 それにテノーは僅かにほっとした表情を浮かべた。


「私は昨夜の、恐らく深夜一時頃だったと思います、その時間まで友人の部屋で話していました。そのあと同じ寮内の自室に帰りました」


 そうかとヘイリーは頷いた。

 それからオスの方を向いた。


「僕は隣にいるヴァンクと一緒に一時頃までミステリー談義をしていて、そのままヴァンクの部屋に泊まっていった」

「仲良しさんですねー」


 マリーリが冷ややかに呟いた。

「ち、ちがう。そういうことじゃない」


 それにオスはなにやら慌てた態度で反論した。マリーリはそれに訝しげにこてんと首を傾げる。

 どうやら彼らの男同士での蜜月を疑っているのだろう。だが、いまそのことは実にどうでもいい。


「マリーリくん。話しを逸らさないでくれ。君は昨夜は?」


 サーカスサークルの部長を見やる。


「私は昨夜はサークルのあとに帰りました。今は実家から通っているので、その時間は家にいましたし、家族が証明してくれると思います」

「それで、最後に金髪の君。君は昨夜は?」

「俺は寮の庭にいました。魔法生物の研究の一環として魔花の開花を見ていました」


 魔法生物。その名の通り、魔力を持った生物のことである。この世界には魔力を持った生き物と魔力を持たない生き物の二種類が存在する。

 魔力持った生物は魔物と呼ばれることもあり、その中でもとくに知恵に優れいているものは魔族と呼ばれる。また、魔力を持った人間は魔術師と呼ばれる。 そして魔花は、魔法を持った花のことだ。様々な種類が存在している。


 フォード魔法学院では、魔法生物の研究は非常に進展している。学生からもとても人気な専門分野である。魔法構造学と一体どこで差がついたのか。ヘイリーはしばしば疑問に思うのだった。


 ふー、とヘイリーは小さく息を吐いた。


「それを証明する人は?」

「同じ寮の人間が見ています。隣の部屋のソヨミネってやつです。時間はうろ覚えですが、深夜一時くらいだったと思います」


 そうすると、エイザン以外みなアリバイがあるということか。


「ちなみに、他に被害者が恨みを買いそうな人物に心当たりは」


 ニースは腕を組んだ。


「そうですね……。魔具専攻のコナとこのあいだ激しい言い争いをしていましたね」

「私もそれ知ってます。コナさんが付き合っていた男性がシャーディーさんを口説いていたとかで口げんかになったって聞きました」


 マリーリが口を挟んだ。

 マリーリも少なからず、学内の情報に長けているということだろう。

 その出来事が果たしてシャーディーを殺すことにつながるかどうかはさだかではないが、心に留めておくべきか。


「ちなみにコナは四号館近くの寮に住んでいます」

「なるほど。いまの話を踏まえてもう一度小屋の中を拝見させてもらうよ」


 ヘイリーは改めて小屋の入り口に足を踏み入れた。


「先生、なにかわかりましたか?」 


 後ろからついてきたマリーリが小声でそう囁く。

 ついてくるなと目で訴えかけてみるが、にこにこしていてとてもヘイリーの言うことを聞きそうにない。


「そうだね。はっきり言って全然分からない」

「えっ、そうなんですか」


 マリーリは心底驚いた声を出す。


「僕は探偵ではなく一学者だからね」 

「それにしても、こんなところで最後を迎えるなんて、悲しいですね」


 マリーリがぽつりと呟いた。

 ヘイリーもそれに頷く。その通りだ。そして、小屋の中で死ぬとはどんな状況なのだろう。

 ヘイリーはそこに強い引っかかりを覚えていた。どうしたらここが殺害現場になるのか。


「時間もないし、そろそろ出ようか」


 そんな言葉にマリーリははいと元気に返事をした。

 この事件の真相を知るにはまだまだ時間がかかりそうだ。

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 次にヘイリーが向かったのは、ニースの住む寮だった。

 それには二つの目的があった。

 一つ目は、サーカスサークルの小屋からの距離をはかるため。そして二つ目は、ニースの言う目撃者の証言を確かめるためである。


 二十分ほど歩いてニースの寮へとたどり着いた。


「ここのようだね。マリーリくん。押してくれ」

「わかりました」 


 マリーリは呼び鈴を押す。するとシャンシャンと高い音が鳴った。


「はい」 


 男性の気だるげな声が聞こえた。在宅であるようだ。


 マリーリは呼び鈴を押した人指し指をじーっと見つめている。おそらく魔力が吸われてビリッときたのだろう。


 マリーリが押した呼び鈴は魔力を込めることで音が鳴る仕組みになっている。これもまた魔具の一つである。ものによってはかなり魔力を消耗する。この呼び鈴も出したい音の大きさに必要な魔力が比例しており、かなり必要になるのである。

 ヘイリーは魔力量が常人並なため、魔力量が豊富なマリーリにお願いしたのだ。


「けっこう取られますね。これ、だいぶ古い型みたいですし」


 マリーリがややむくれてインターホンを見つめていると、扉がゆっくり開く。そして、いかにも寝不足で眠たげな顔をしたスウェット姿の男が出てきた。


「一体こんな朝っぱらからなんの用だい。昨日は飲み会で夜までどんちゃん騒ぎをしていたから眠たいんだよ。って、えーっと、君は」


 苛ついた声がマリーリを瞳に映すと一転して柔らかくなる。

 ひどく単純なものである。


「私はマリーリと言います。いま、先生と一緒に昨夜の事件を調べているところでして、ソヨミネさんにお話を伺いたいんですが」

「お前はヘイリー・フォード」


 ソヨミネは怪訝そうな顔をする。

 彼もまた、ヘイリーに対する学園内に流れる噂を知っているのだろう。

 ただ今回はそんなことを話している暇はない。


「昨夜君はニースを目撃したとのことだったが、その話を詳しく教えてくれないか?」

「なんで俺がお前に・・・・・・」


 閉じようとした扉が急に勢いよく開いた。

 それと同時に風が強く吹く。明らかに魔法によるものだと分かる。


「お願いします」


 マリーリが柔らかな微笑みを浮かべてそう言った。

 だが、不思議とその顔は笑っていないように見えた。闇マリーリの爆誕である。


 ソヨミネは諦めたようにはあとため息をついた。


「わーったよ。つっても、朝来た眼鏡の男に答えたことと一緒の内容だけどな。昨日飲み会の帰りにそこの庭にいるニースを横目でちらっと見た。それだけだ」

「時間帯やそのときの様子を教えてくれないか」

「うーん、時間は酔ってたからうろ覚えだが、家に入ったときにはちょうど一時だったからその数分前とかだろうよ」


 つまり、深夜一時の手前の時間帯に確実にニースを目撃したということだろう。


「あとは様子だが、あそこの庭の前で背中を向けてなにやら作業をしていたな」


 ソヨミネの指す先には草花が植えられていた。その一番手前の一区画には枯れて紫色になり萎んだ花々が確認できた。


「これはマリンライトか」

「マリンライトですか?」

「ああ。夜に咲きほこり光を発するとても綺麗な花だ」


 自然公園や庭園などにもよく見られる植物である。

 ただその花はひどく短命であり、深夜一時頃に咲きほこった花々は数分後には枯れてしまう。花が咲く前日に蕾が大きく膨らむという特徴を持っており、比較的観察はしやすい。


「ちなみに光は何色だったんだい?」

「ああ、青色だったなあ。それがどうしたんだ?」

「この花は発光する色がその群生地によって変わるんだ。だからふと気になってね」


 この見せる色合いが予想できないところや儚さこそが、人々を惹きつける理由なのだろう。魔法生物学でも研究者は群を抜いて多い。

 ニースは魔法生物学を学んでおり、夜にここで花を観察していてもなんら不自然なところはない。


「もうそろそろいいか。話せることはこれくらいだし、もう一眠りしたいんだ」


 ソヨミネははああと大きく欠伸をする。

 本当に眠いようだった。


「ああ、協力感謝するよ」


 ニースはお礼を言うと、マリーリとその場を去った。

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