第5話 オス会長の推理ショー
小屋から出ると、先ほどよりも野次馬は増えていた。
しかし、そろそろここに到着してもおかしくないはずの人間たちの姿はどこにも見当たらない。
「警察はどうしたのだろう」
「どうやら、帝都で事件があってそちらに人が割かれているようなの。だからもうしばらく時間がかかりそうみたい」
眼鏡をかけた長髪黒髪の女性がそう答えた。
「えーっと、どちらさま?」
「ミステリーサークル会長のリネよ」
女性はそう言って微笑んだ。
「僕が呼んだんだ。昨夜のことも聞いておきたかったからな」
へイリーの疑問を察知したかのようにオスが答えた。
「なるほど。それじゃあ、君たちがそこの天パの彼を犯人と言いうる理由を聞かせてくれないか」
オスはふっと笑みを浮かべた。
「いいだろう。僕の推理を聞かせてしんぜよう」
やけに上からなものいいである。どつきたくなる顔だ。
「まず事件当日の流れから確認していくとしよう。昨夜のサーカスサークルの活動だが、リネさん。改めて話してくれないか」
リネはそれに頷く。
「昨夜は概ねいつも通り、七時頃に全体練習を終えたわ。そのあと残っていたのはそこのエイザン一人よ。私は七時にはここを出たからその後は分からないわ」
「俺もそこから一時間くらい自主練をして帰ったよ」
その発言に、オスやリネらは冷ややかな視線を浴びせた。
エイザンへ疑念がひしひしと感じ取れる。
「その後のエイザンの足どりを証明する人間はいない」
オスの取り巻きの男が冷たげにそう言い切る。
「証明ってなんだよ。俺はそのまま家に帰って飯を食って寝たんだ。それで朝起きたらお前たちが押しかけてきたんだろうが」
ヘイリーはその言葉で合点がいった。
エイザンは寝間着のような格好をしており、なぜかサンダルを履いていた。それがずっと気になっていたが、その理由がようやく分かった。部屋から出た瞬間に拘束されたのでは着替える時間などない。
「ちなみに死体を発見したのは?」
「私です。今日はミステリー研究会で朝から読書会を行う予定だったんです。時間は七時頃だったかと」
ミステリーサークルの女子学生がおずおずと手を上げた。
「ミステリーサークルの部室は位置的にこのサーカスサークルの部室の前を経由する必要がある。そしてテノーはここを通ったときにいつもは閉じられているはずのこの小屋の扉が半開きになっているのを不審に思った。中を覗いてみたらごらんの有様ということだ」
オスが説明を補足した。
つまり、この小屋には鍵がかかっていなかったということか。
「そもそも、小屋に鍵はついているのかい?」
見たところ、この扉に鍵穴などは見当たらない。
「もともとついていたけど数ヶ月前に壊れてしまったんですよ。いまは代用の鍵穴がない扉を使ってます。一応帰り際に扉を閉めることになっているけど」
リネはそう説明しながらエイザンを見やる。
「俺は昨日、扉を閉めてから帰ったぞ」
エイザンが反論した。
「だが、ここの扉はテノーが見たときには開いていた」
オスは淡々と述べる。オスの取り巻きの少女がこくこくと小動物みたいに小刻みに頷く。
エイザンはちっと舌打ちをした。
「さて、流れとしてはそんなかたちだ。そして、犯行方法だが、エイザンの魔法によるものだろう」
エイザンの魔法。
金属を操れるとオスは言っていた。凶器は小屋の中にあったナイフだ。
「サーカスサークルの出し物でエイザンはナイフによる演技を得意としていてね。凶器に使われていた物もエイザンのものだよ」
リネがそこに口を挟んだ。
つまり、彼の魔法はサークル内だけでなく一般に知られているもののようである。そして遺体の側に落ちていた血塗られたナイフはエイザンのもの。
明らかにエイザンとつながる要素が発見されている。
「あの遺体を見るに、かなりの威力で背中がめった刺しにされているが、エイザンくんと言ったかね、彼にはそれを可能にするくらいの魔法が使えるのかな」
あの傷を見るに、魔法の練度はそれなりのものであろう。ただナイフを操れる程度ならあそこまで深い傷はつけられない。
「遺体の背中がめった刺しにされているだと」
エイザンが叫んだ。
それは、初めてその事実を知ったかのような反応だった。
「白々しいぞ。お前がやったというのに」
ニースがそれを窘める。エイザンがそれに刃向かおうと口を開こうとしたところで、ごほんとリネがせき払いした。
「それについても私が。エイザンの魔法は身の回りにある金属を操ることです。条件は目視することと、身体から一定の距離、おおよそ三十メートルくらいでしょうか、その距離内にあることです。そしてその威力ですが、身体に近ければ近いほどより強力になります。私は以前、固い野菜を包丁であっという間にみじん切りにしたところを見たことがあります」
リネが淡々と説明していく。
エイザンはその様子を苦しげな瞳で見つめていた。おそらく、エイザンはサークルのリーダーであるリネのことを慕っていたのだろう。細かい感情までははかれないが、そんな女性がいまエイザンの敵にまわっている。
「ありがとう、リネ」
金髪の男の微笑みに、リネは頷いて少し照れたような顔ではにかんだ。
どういう間柄かは分からないが、二人は既知の関係にあるようである。そしてリネは金髪の男に少なからず好意を抱いていそうだ。
ミステリーサークルも敵となった。四面楚歌とはまさにこのことである。
「さて、いまリネくんが話してくれたことがエイザンが犯人であることを物語っている。そして、肝心の動機だが、シャーディーに振られたことだろう。この男はつい一月前にシャーディーにこっぴどく振られているんだ」
失恋。それもオスの言い方を聞くにかなりひどい散り方だったのだろう。
彼らの知るところにあるということは、あるいは聴衆の前で両断されたのかもしれない。
人間は感情の生き物だ。その中でもとりわけ愛とは大きなものだ。愛に人生を左右され破滅の道を歩んでいった人は、古今東西数えられないほど存在する。歴史に名を残した多くの偉人たちですらも愛に翻弄された人生を送っている。
だから動機として納得はできる。
そしていまの状況。凶器はサーカスサークルのナイフ。その持ち主であり、昨夜最後までサーカスサークルに残っていたエイザンが犯人。
状況だけ見れば一番怪しいのはエイザンである。とはいえ、あまりにもできすぎている展開であることは否めない。
「というわけです、ヘイリーさん」
金髪の男は勝ち誇った顔をする。
異論はないだろうと言いたげな口ぶりである。それに対して、横に立つマリーリは顔を強張らせた。
そしてエイザンは食い入るような瞳をヘイリーに向けた。
いま、藁をもつかむ思いを抱いているであろうエイザン。彼の運命を左右しうるのは、初対面でこれまで一言もかわしたこともないしがない助教授なのである。見知らぬ人間に自分の運命を任せるしかない。それはひどく皮肉な展開だ。
「もう少しだけ調べる時間をくれないか。どうにも違和感があるんだ」
「見苦しいな、ヘイリーさん」
金髪の男は笑った。
これ以上、この事件に関して待ってくれそうにないか。どうしたものかと思案しようとしたところで、オスは金髪の男の前へと踏み出した。
「いいだろう」
「オス会長」
「いいんですか?」
その宣言に取り巻きの二人の学生が声を挟んだ。
たしかに、今回ヘイリーを退ければオスの勝利である。
「これまで僕は負けてきた。たしかに、いま、限りなく勝利に近づいている。だが、推理勝負とはお互いが最善を尽くして勝敗を決めるものだ」
そう言ってくいっと眼鏡をあげた。
その台詞はやけに覚えがあった。なんであったかと考えて、すぐに分かる。
「魔法探偵テラの台詞か」
知らない人はいないであろう有名なミステリー小説家、トットニーのデビュー作『魔法探偵テラ』に出てくる一節だ。
この作品の主人公、テラはいつもライバル探偵たちと謎解きバトルをしては負けていた。あるとき、ライバル探偵の一人、アークンと同じ現場に居合わせたときに放った言葉である。アークンは調査の時間を満足に与えられないままに、事件の捜査は打ち切られそうになっていた。事件はテラの推理をもとに処理されようとしていたが、そのさいにテラが放った言葉である。
なお、この小説は全く人気がなく、トットニーはそれを受けて、次回作から主人公が活躍する王道の探偵ものを作成し大ヒットした。
「オス会長、かっこいい」
「さすがです」
取り巻きは感動のあまり涙ぐんでいた。オスもへへっと格好をつけている。
「はあ、なら好きに調査してください。ですが、あなたに与えられるのは一時間です。警察もそれくらいで到着するようですしね」
結果的に、ヘイリーは期せずして捜査継続の許可を得ることに成功したのであった。
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