第4話 現場検証

「そこの、えーっと、ミスくんだっけ?」

「オスだよ。なんだその失敗しそうな名前は」


 ヘイリーへ詰め寄るオスの身体を押さえる。


「ああ、それはすまない。それより、現場の案内をしてくれ」

「分かったよ。ついてこい」


 偉そうなものいいで小屋の中へ入っていく。その後ろにオスの取り巻きが付き従う。まるで、親鴨のあとを追う子鴨のようである。


 オスは入って右手にあるスイッチに手をかざす。すると部屋の全容が姿を現した。この部屋は魔力でつく電球を取り入れているようだ。


 こういった魔力によって起動する道具は魔具と呼ばれている。魔具は魔物の肉体や魔法を内包した鉱石である魔石などを元に作られることが多い。


 ヘイリーは明るくなった部屋をざっと見渡す。部屋は八畳程度の大きさであり、部屋の右手の壁際にはサーカス道具がところ狭しと置いてあった。そして、左奥には何かに布が被さっていた。


「あれが今回の被害者、シャーディーだ」

「シャーディーってもしかして、一昨年のエルーナコンテスト優勝者のシャーディー・エッセですか?」


 ヘイリーの後ろからひょこりと顔を出したマリーリが驚きを見せた。

 ヘイリーは呆れた様子で顔に手を置く。


「マリーリくん、君はついてきてはだめだ。外に出ていなさい」

「いえ、私は外に出ません。なんせ、先生の助手ですから」


 ニコニコした笑顔を貼り付け、まったく動こうとしない。


「そんなもの、取った覚えはないのだが。はあ、邪魔だけはしないようにね」


 こうなったマリーリは梃子でも動かない。ヘイリーは諦めて、彼女の参加を認めた。マリーリははーいと小気味のいい返事を返すと、遺体へと近づいた。


「あっ、こら」

「オスさん、シャーディーさんの死因はなんなんですか」


 オスは小さく頷くと、遺体の上にかかったシートをまくり上げる。

 すると女性のずたずたにされた背中が露わになった。


「刺殺だ。背中を執拗に刃物で刺されている」


 マリーリは顔を歪め、顔に手を当てた。

 ヘイリーはそんなマリーリの肩に手を置いて下がらせる。それから遺体の前でしゃがみ込むとまじまじとその背中を見やる。


 刃物によって何度も何度も刺されたことは見て明らかだった。彼女の背中を覆っていたであろう服は裂け、背中の肉が露わになっている。

 ヘイリーはしばらくじーっとその傷を見つめていたが、やがてシートを手に取って完全に遺体の上から剥いだ。


「おい、こら。勝手に取るな」


 そんなオスの声を無視して、ヘイリーはゆっくりと立ち上がるとうつ伏せの遺体の足から頭まで順々に見渡す。

 かかとの少し上がった赤いヒールを履いている。右足のヒールのつま先から足の甲の部分にかけて僅かに削れて傷ついている。膝にも擦り傷があった。そして、頭部にも打撃痕が存在している。


 ヘイリーは遺体の頭部から視線を上げる。

 すぐ側には壁があり、しばらくいくと血痕が確認できた。高さはオスの肩くらいの位置である。


「恐らく、追いつめられて足を滑らせてぶつけたんだろうさ」


 オスはヘイリーの思考を読んでいるかのようにそう言った。オスもそこまで観察した上で結論を出しているようだ。


 ヘイリーは遺体にシートをかぶせなおすと再び部屋を眺めた。  

 元々そんなに綺麗な小屋ではなかったようで、物は比較的多く、その大半が部屋の右側の壁や壁際の棚に収納されている。しかし、床には物が一切置かれていない。この部屋で激しく揉み合った様子はなさそうである。おそらく、シャーディーはこの部屋に入り、左奥に進んでいき、そのまま躓いて頭部を壁にぶつけたのだろう。


「ところで、凶器はどこにあるんだ」

「そこにあります」


 オスの取り巻きの女子学生が指さした先、遺体の横に刃渡り十五センチほどで柄のついたナイフが落ちていた。その刃先は赤く染まり、周辺には血痕も見受けられる。しかし、その持ち手にはほとんど血がついていなかった。


「外にいる天パの彼が犯人であるとして、凶器をどう利用したんだろう」

「エイザンの魔法によるものさ。やつは金属を触れることなく操る魔法を使えるんだ」


 したり顔でオスは言った。

 たしかにその魔法なら被害者の背中をずたずたに切り裂ける。


「一応、魔法の痕跡を調べてみるか」 


 ヘイリーはポケットから小さな小瓶を取り出した。その中にはとても細かい粒の砂が入っている。


「魔力残滓を確認するんですね」 

「ああ、そうだね」


 頷いて、ヘイリーは小瓶の蓋を開けると、そのまま刃物の横に置いた。

 すると、みるみるうちにベージュ色の砂が紫色へと変色していった。それは、この場に魔力が残っていることの証明だった。


「ここで魔法が使われたことは間違いないか」

「残念だったな、ヘイリー・フォード。この場所ではサーカスサークルが日夜練習に励んでいるんだ。だから魔法が事件のさいに使われたかどうかはそれだけでは証明できない」


 やけに嬉しそうに笑うオスとその取り巻きの二人。

 それでは事件の証明が困難になるという意味で、面白さなどない。きっと、ヘイリーを言い負かしたことが嬉しかったのだろう。


「なるほど。この砂の色合い的にだいたい八時間ほど前に魔力が使われたことが分かる。そんなにサーカスサークルは練習熱心なのか」


 オスは目を見開きしばし硬直していたが、ヘイリーから顔を背けてぼそぼそと呟いた。


「いや、調査によればその日の練習は十九時頃までだったらしい……」

「いまは朝の九時頃ですから、深夜一時頃にこの場所で魔法が使われたということですね。そしてその時間すでにサーカスサークルの活動は行われていなかった」


 マリーリがなるほどと手を叩いた。

 つまり、魔法が犯行に用いられたことは間違いのない事実である。とはいえ、それだけでは犯人を理解するのには全くもって情報が足りていない。


「ちなみに被害者の足どりは?」

「彼女は大学の女子寮に住んでいるが、同じ寮のものが昨夜十二時半頃に部屋を出るところを見ているらしい。ただ、行き先を聞いたらはぐらかされたようだ。てっきりニースと会うものかと思っていったらしいが、結果はご覧の通り、死体で見つかったってわけだ」


 細かい足どりは不明。たしかなのは、サーカスサークルの小屋に足を運んでいたこと。

 死後どれくらい経っているかは警察が到着してからでないとわからない。とはいえ、大学の女子寮からここまでは歩いて二、三十分ほどであり、魔力残滓なども鑑みると、一時頃にここで殺害されたとみてほぼ間違いないだろう。


「犯行時刻について僕は一時頃だと見ている」


 オスもそれについては同じ見解のようである。


「それ以外にももう一点、気になることがある」 


 ヘイリーは真剣な表情で顎に手を当てた。

 その場の空気が僅かに強ばる。


「エルーナコンテストっていうのはなんなんだい?」 


 マリーリとオスたちはぽかんと口を開いた。


「先生、エルーナコンテストを知らないんですか?」


 ヘイリーは首を横に振った。


「失敬な。エルーナは知っているよ。フォード魔法学院創世期の美貌と魔術の才能を兼ね備えた女子学生で、のちにフォード魔法学院で教鞭を振るったエルーナ・ヨークスだろ」


 無駄な負けず嫌いを発揮して、ヘイリーはそう弁明する。

 マリーリはあきれ顔で、小さく息を吐いた。


「そうです、先生。そのエルーナです。そして、毎年魔法祭でエントリーした女子学生たちが美を争う祭典がエルーナコンテストです」

「なるほど。そんなことが行われていたとは」


 初めて知る事実であり、ヘイリーは驚きを覚えた。


「先生もここの学生だったのに、なんで知らないんですか……」


 マリーリは苦々しげな顔で呟いた。どうやらヘイリーが通っていた頃からあった祭典のようである。


「君も去年のエルーナコンテストのファイナリストだったね」


 オスがそう補足する。


「ああ、そうですね。結果は十位でしたが……」

「マリーリくんも出ていたんだね」

「友達に勧められて……」


 恥ずかしげな顔で小さく俯く。ヘイリーはそのことをとくに追求はしなかった。


「さて、一通り現場は確認したし、次は事情聴取をしていこうか」


 ヘイリーは部屋の外へと歩みを進めたのであった。

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