第3話 野次馬と関係者たち

 現場である古びた小さな建物の前につくと、すでに多くの学生が集まっていた。ヘイリーもその場所は知っていた。サーカスサークルの拠点であったはずである。普段講演の練習や物置に使う場所で、学内の東の端に位置している。


 ヘイリーの普段いる六号館からはかなり距離があり、あまり人が寄りつく場所ではない。


 どうやら事件発生から瞬く間に情報が伝達されていって野次馬が集まったようである。

 みな一様に事件について囁きあっていた。


「ごめんなさい、通してください」 


 マリーリが人混みを割って入っていく。その後ろをヘイリーもついていく。野次馬の視線はサーカスサークルの拠点からヘイリーへと移る。そして、囁く内容も視線と同じように、ヘイリーの内容へと変化した。

 ヘイリーを揶揄する言葉の数々が耳をつく。


 内容はその出自に関するものがほとんどであった。

 ヘイリーはフォード家に養子縁組で迎え入れられた経歴を持つ。フォード家の運営する魔法学院中等部へ入学し、そのまま魔法大学まで順当に進級していった。そして大学院にて修士課程二年生のときに紆余曲折あって助教授となったのである。


 そのためかヘイリーは世間から運良く拾われ、フォード家であることによる恩恵を享受している人間だと思われている。そしてそれはあながち間違いのない事実であった。

 そのことでヘイリーは常日頃多くの人間から嘲笑や嫉妬、憎しみなど様々な感情を向けられるのである。


 学生たちの悪意がむくむくと肥大していくのを感じる。ああ、またいつものかとヘイリーは思った。もうこんなことは日常茶飯事でなれている。けれどその不快さはいまでも拭えないでいた。


 不意に前からバンと地面を踏みしめる音が聞こえた。

 野次馬たちは途端に押し黙る。


「えーっと、マリーリくん?」

「なんですか、先生。現場は目と鼻の先ですよ」


 ヘイリーはとくに指摘せず、そうだねと頷いた。

 彼女は優しい人間だ。ヘイリーへ向けられる悪意を見過ごそうとはしない。けれどもあまりヘイリーに肩入れしすぎると、余波がいくのではと思い、心配になる。


 そんなことを考えているうちに、サーカスサークルの小屋の前にたどり着いた。野次馬が入らないようにテープが張られている。


 その先に六人の学生の姿があった。そのうちの一人、天然パーマの男が石のようなもので造られた手錠をかけられ、椅子に座らされていた。


「さて、犯人はこの男で決まりなわけだから、あとは警察が来るのを待とうか」

「ちょっと待ったあ」


 すでに終わりを迎えようとしていたその空間に、マリーリは楔を打った。それはまるで、小説に出てくる一幕のようで、ヘイリーも思わずおおと感心した声を上げる。


「なんだい、ってヘイリー・フォード」


 眼鏡をかけた青年が素っ頓狂な声を上げた。


「誰だ?」


 ヘイリーは首を傾げる。


「誰だ、だと。僕はミステリー研究会会長のオス・シーメンス。この学校で起こる数々の事件の解決に尽力した男だ。いつもあんたが事件に顔を突っ込むときに会ってるだろ」


 食い気味にヘイリーに詰め寄った。

 ヘイリーはじーっとオスの顔を眺めていたが、やがて口を開いた。


「おい、オスくんとか言ったか」

「な、なんだよ」


 オスは少々面食らった様子で、後ずさる。


「僕は助教授だ。その物言いはやめなさい。呼び捨てではなく先生と呼びたまえ」

「う、うるせー」


 オスは叫んだ。

 そんな姿を見て、ヘイリーはようやく合点がいって思わず手をぽんと叩いた。


「あれか、君は。いつも事件に顔を突っ込んではかき乱していって最後には叫び声を上げる男か。そう言えば見たことがある」


 オスはそれを聞いて、俯くと拳をギュッと握りながらプルプルと身体を小刻みに震わせた。

 その横で二人の男女が、大丈夫ですよと励ましの声をかけている。おそらく、ミステリー研究会の一員なのだろう。もしかしたらこの二人もこれまで現場で鉢合わせてしたことがあるのかもしれないが、全く見た記憶がない。


「先生、さすがにその認識はあまりにも不憫です」


 マリーリまでもがオスに同情していた。


 なんだか変な空気になってしまったなあと思っていると、ゴホンと咳払いが聞こえた。

 その主は金髪で切れ長な目をした顔立ちの整った男だった。

 彼もまたこの学園の生徒であり、事件の関係者なのだろう。


「ふざけるのも大概にしてください」


 ひどく冷たい声音だった。


「あー、すまない。彼の行動が気に障ってしまったのなら私が代わりに謝罪させてもらうよ」


 そんなとぼけたヘイリーの返しにチッと舌打ちをした。

 ヘイリーもそれで緩めていた顔を引き締まらる。


「ヘイリーさん。悪いがあんたの出る幕はないでしょう。今回の事件はもう解決しているんです」


 金髪の男は天然パーマの男を見た。


「ち、違う。俺はなにもやっていない」


 天然パーマの男は懇願するような目でヘイリーを見た。

 たしかにマリーリならそんな姿を見て犯人ではないのではと思ってしまうだろう。その声音や表情は切羽詰まっており、事実を口にしているように見える。

 彼が容疑者の第一候補。そしてそれを問い詰めている男。


「金髪の君。君は一体誰だい?」

「被害者の交際相手のニースだ。いろいろ事情聴取したくて僕が呼んだんだ」


 オスがそう説明した。


「なるほど。しかし天然パーマの彼が犯人であるかどうかは確認してみないと分からないね。なにせ、素人判断だろうからさ」


 金髪の男、ニースは顔を強張らせた。


「素人なのはあなたも一緒でしょ」

「たしかにその通りだ。でも、君らよりはこういった事件を解決した実績がある。それとも、この事件を僕が検証するのは不都合かな?」


 そんな挑発じみた声かけに、金髪の男ははあとため息をついた。


「わかりました。好ききに見返してくれて構いません。何度検討したってそこに座っている男が犯人であることに間違いはないんですから」


 そうして、ヘイリーは事件の検証を行うこととなったのだ。

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