第2話 事件は唐突に

「先生、大変です。事件です」


 フォード魔法大学の六号館、その三階の一番奥まった部屋の扉が勢いよく開かれた。

 そして、ウエーブのかかった茶髪ボブの女生徒が顔を出した。ぱっちりとした瞳をしていて、化粧もしており、いかにも大学生といった出で立ちである。急いで来たためか息がかなり上がっている。


 その扉の先にいる男、ヘイリーは怪訝な顔をした。

 年は二十代半ばくらい。黒髪で目つきの鋭い男である。椅子に座って分厚い本を読んでいたところだったようで、本を閉じて机に置くと顔を上げた。


「マリーリくん、いつももうちょっと静かに扉を開けるように言っているんだが」


 扉を開けた少女、マリーリはそんなヘイリーの言葉を無視して駆け足で机の前へとたどり着くと、散らかった机の上にバンと手を置いた。


「そんなことより事件ですよ、事件。校内で殺人事件があったんです」


 マリーリは息を荒げながらヘイリーにさあ、行きましょうとでもいいたげな顔つきである。事件を知って一目散にこの部屋へ駆けつけたであろうことが予想できる。


「別に僕たちが行かなくてもすぐに警察が駆けつけるだろう」


 フォード魔法大学は都市部にあるという立地の関係上、警察の中央組織が比較的近い場所に構えている。捜査に優れた魔法を持った人間たちが多く在籍していることもあり、迅速な事件解決が行われることで評判である。


「まだ警察は来ていないんですよ。それに今、犯人と疑われている子がミステリー研究会の人たちに囚われているんです。なんだか私に重なる部分もあって気になるんです……」


 マリーリは少し悲しげな顔をした。

 以前マリーリは冤罪で糾弾された経験がある。恐らくそれを思い出し、囚われている生徒を自分に重ねているのだろう。


「そうか、それはもし冤罪だとしたら災難だな」

「そうなんです。もちろんまだ真相は分かりませんが、どうしてもその生徒が犯人とは思えないんです。ですから、これまで数々の難事件を解決してきた先生の力を借りたいんです」


 ヘイリーは大きなため息をついた。


「君は僕を探偵か何かだと勘違いしているよね?」

「違うんですか?」

「違うよ。僕は魔法構造学を教える一助教授にすぎない。たまたま因縁をつけられることが多くて自身の潔白を証明する機会が多かっただけだ。別に好き好んで事件を解決しているわけではないんだ。できることなら誰にも邪魔されることなく研究に没頭していたいよ」


 そう言い切ってから、一体この同じやりとりは何度目だろうかと思った。そして、この次にマリーリが発するであろう言葉も想像できた。


「つまり、これまで数多の事件を解決してきた先生の叡智が求められているのです」

「断る」


 ヘイリーはマリーリの発言をスパッと切り裂いた。

 彼女はしばしば都合のいい部分を適当につまりとあたかも要約したかのようにまとめるのだ。会話としてはめちゃくちゃである。しかも分かってやっているのだからなおさら質が悪い。


「あー、そうですか、そうですか。その生徒はまだゼミが決まっていないみたいなので、先生が華麗に助けてあげれば、かっこいいってなって構造学ゼミに入るかもしれないのに。まあしょうがないですね。先生は研究で忙しいですから、生徒を助けている暇はありませんものね」


 マリーリはヘイリーに背中を向けるとわざとらしく声を張ってつらつらと述べながら扉の方へ向かう。


「待ちたまえ、マリーリくん。いまなんて?」 


 マリーリは歩みを止めるとゆっくりと振り返った。


「先生は生徒を助けないで研究に没頭する悪徳助教授ですねといいました」

「なんだか暴言にすり替わった気がするが、そこじゃない。その前だ」

「まだゼミが決まっていない、のところですか」


 こてんと首を傾げ、によによした笑みを浮かべる。 

 ヘイリーはふーっと大きく息を吐いて立ち上がった。


「あ、あー、いまはそんなに研究が忙しくないし、ちょっくら外の事件の様子でも見にいってみようかなあ」


 視線を上に向けながら、ひどい棒読みでそんな言葉を吐く。


「ゼミ生が増えないと懐が寂しいままですもね」

「い、いや、僕の給料は関係ないよ。困っている子がいるんだったら助ける。当たり前のことじゃないか」


 ぎこちなく、そんな台詞を吐くと、ヘイリーは椅子にかけてあったジャケットを羽織った。


「さあ、行こうか、マリーリくん。現場まで案内してくれたまえ」


 そうして、二人は教室をあとにしたのだった。

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