第3話 違和感の正体
ふと、違和感の正体に気づいた。私は慌ててライトノベルが置いてあった棚に戻った。先ほどまで読んでいた人気作品は十年以上前に一冊目が出たタイトルで何年か前に背表紙の意匠が変更されており、現在流通しているのは十年以上前のものとは異なった装丁である。しかし、この棚に収められているそれは全て変更後の物であった。いや、そもそも、この棚の隅に収まっているライトノベルは先月出版されたものだ。これは、ここ一ヶ月の間に人の出入りがあったことを示している。量や状態からして私のような阿呆が運び込んだとは思えない。ここは人の住んでいる家だったのだ。私は人の住んでいない空き家だと思って人の住んでいる住居に家主に無断で上がりこんだのだ。
住居侵入罪。
自分の犯した罪が重くのしかかってくる。廃墟なら警察も高校生のやんちゃだと注意ですましてくれそうなものだが人の住んでいる家となるとそれでは済まない。やる気も夢もなかったとはいえ自分がひっくくられる立場での警察沙汰など絶対にゴメンだ。さすがに逆送される事は無いだろうが、被害届を出されたら最低でも、停学、補導くらいは覚悟しないといけない。ただでさえこれといって見るべき所のない履歴書にマイナス要素を加えてしまう。それを避けるには家人に気づかれないうちに出て行くしかない。私はポケットなどに入れていた鍵や絆創膏ケースなどを落としていないかどうか簡単にチェックした。生徒手帳が無かった。私はもう一度、手帳が落ちていないか探したが発見できなかった。もうこうなったら致し方がない。すぐに交番に駆け込んで生徒手帳を落としたことにしよう。そうすればこの家の住人が私の手帳を発見しても私は第三者に手帳を持ち去られた被害者ですむ。ただし、この家の住人が警察に通報する前に遺失物として私の生徒手帳の事を警察に届け出なくてはならない。私が事件関係者であることが把握されたら日本の警察は優秀だから遺留品鑑定や鑑識操作をして決定的な証拠を掴まれてしまうに相違ない。だから私は端から無関係な第三者として存在せねばならない。
「早くしないと」
思わず口に出していた。
「何を早くしないといけないの?」
「いえ、だから・・・・・・」
質問に答えかけて絶句した。声をかけてきたのは白い服を着て狐の面をかぶった少女だった。年は多分十七、八。その手には私の生徒手帳が握られている。
「たまたま通りがかった時に見た貴家があまりにも立派だったので是非見学したいと思った次第です阿呆のやった事ですのでどうぞご勘弁のほどを・・・・・・」
「落語じゃないんだから」
「すいません。寛大な処置の乞い方などこれ以外知らないものですから」
「面白い言い訳はないみたいだし警察に行こうか?」
「待ってください。警察は勘弁してください。自分にできることなら何でもしますから」
「何でも?」
「自分にできることなら何でもします」
だから許してください、私はそう訴えた。
まずかったかなと思ったがこの状況では仕方が無い。
「ふーんそうかそうか」
少女は感心したように言いながら狐の仮面を外した。彼女は行きつけの古書店で話しかけてくれた常連で瞳が金色だったのだ。私は驚いて尋ねた。
「カラコンですか?」
「地よ」
「そんなあり得ない。ある種の難病患者か、吸血鬼でも無い限り」
「なかなか乱読家というのも間違いないようね。残念ながら私は前者ではなく後者よ」
「冗談でしょう?」
「本当よ」
「なんで陽の下を歩けていたんですか?」
「私たちが特殊な吸血鬼の一族だからよ」
「特殊な吸血鬼?吸血鬼なんてもともと特殊でしょうに」
「その中でも例外中の例外ってわけ」
「どうしてその吸血鬼が自分に興味を持ったのでしょうか。そもそもここはどこなんですか」
「ああ、まだ教えてなかったっけ。ここは知る人ぞ知る私立大図書館ロストライブラリイよ。私はその二十代目の管理者と言う訳」
「この図書館の目的は何なんですか。そもそも何であなたが管理しているのですか?」
「本や記録を人の世から守るためよ」
「人の世から守る?その本を生み出しているのは人の世なのに?」
「だからよ。人は都合の悪い本を焼いたりするじゃない。ヒトラーがユダヤ人の著作や反ドイツ的とした本をどう取り扱ったか知らないわけではないでしょう?」
「ではなぜあなた方吸血鬼なんですか」
「私たちが唯一記録を散逸すること無く伝え続けられるからよ」
まあ、永遠の時の退屈しのぎ、という側面もあるけど、と彼女は付け加えた。
「永遠の時・・・・・・」
「そう。でも、吸血鬼全てがずっと生きていたいと思っている訳ではない。中には衝動的な自殺をしてしまう者がいるくらい永遠の時は退屈で残酷なものなのよ。だからこの図書館の規定には二百年以上務めた管理者は一人の眷属を持つことになっているの。次代の管理者たる吸血鬼を生み出すために」
「・・・・・・その名前の、ろすとらいぶらりいでしたかロストというと」
「ええ、勘がいいわね。今では散逸してしまって伝えられていない物語も数多く存在するわ。だけど私たち吸血鬼なら、永遠の命を持つ者なら物語を語り継げる。多くの人が生み出した物語を。美しいと思わない?永遠に人が生み出し続ける物語を収集して保管して語り継ぐなんて」
「確かに素晴らしいことだと思います。ですがまだ自分がした質問の一つに答えていただいていません」
「答えていない質問?」
「何故自分に興味を持たれたのかです」
「ああ、答えて無かったわね」
「教えてください。何故自分に興味を持たれたのか」
「?なんとなく似ていた気がしたのよ、人間だった頃の私にね」
「人間だった頃の貴女に、ですか。自分なんぞが貴女のような人に似ているとは思えないのですが。性別からして違いますし」
「姿形の事ではなくて心の有り様がね」
「心の有り様ですか」
「そう。私も貴方と同じように将来の夢が見えなかった。どうしたいのかも何になりたいのかも、いえ、何になれるのかもわからなかった。ただ本さえ読み続けられたら良かった。そんな時に出会ったのあの方に」
「あの方、とは?」
「先代の管理者のことよ。結構な好紳士だったわ」
「・・・・・・その先代というのは」
「まだ生きているわ。けれども再び目を覚ます事は無いでしょうね。私が吸血鬼として、ここの管理者として、あの方の忠実なる眷属として、そうなるように血を吸ったから」
「植物状態にしたということですか」
「まあそんな感じね。だから寂しいのよ」
「それで自分に何をしろと?」
「さっき何でもするって言ったわよね?」
「記憶にございません」
「警察に付き出そうか?」
少女は、手帖をヒラヒラと弄ぶ。
「確かにそう申し上げました。だから警察は勘弁してください」
「妙なところで冷静ね。で、貴方にしてほしいことは私に血を捧げるて吸血鬼になって私のこの仕事を手伝うことよ」
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