第2話 疑問

 それから彼女とは古書店で会ったら挨拶と世間話をするようになった。結局、質問の真意は分からないままだったが、あっという間に五月が終わり六月になった。六月七日は図書当番だったので放課に、一目散に図書室に行った。

 いつものようにカウンターの椅子に腰を下ろして本をリュックから取り出そうとしていたらペアの後輩に珍しく業務連絡以外で声をかけられた。


「先輩、少し聞きたいことがあるのですが今いいですか」

「いい、なに?」


 我ながら素っ気なさ過ぎる声だと思った。

私はどれだけ他人に興味が無いのだろうか。


「いや、たいしたことではないんですが、学校の前の片側二車線の公道あるじゃないですか、その道を西にまっすぐ行って二つ目の交差点の北側の・・・山側の道ってどこにつながっているんでしょうか。先輩は知りませんか?」


 ああ、あの交差点ね。私も知らない。改めて聞かれてみると確かに謎だ。


「知らない。大方採石場か産廃処理場があるんじゃないか?」

「そうですか、ありがとうございます」


後輩はそう言っていつもの様に単語帳を広げた。その日も何も無く時間が過ぎ去り閉館時間になった。

 夕日に照らされながら、自転車を緩慢にこいでいる私の中ではさっきの「山側の道ってどこにつながっているんでしょうか?」という質問がしつこくリフレインされていた。入学以来ずっとあった疑問が改めて示されたことでその答えを知りたいという欲求が押さえきれずに私の中にとどまり続けていたのだ。

 しばらくの間、悩み抜いた結果、山側の道に何があるのかこの目で確かめてみることにした。どうせ、日没までの時間はたっぷりあるのだ。

 山に向かう道を走る間に、古びた集合住宅や年季の入った木造の民家などを見た。しかし、期待していたようなもの・・・・・・私を非日常の世界へと連れ出してくれるような存在は見つけることができなかった。

 もう帰ろう、そう思ったときだった。私が発見を期待していたもの、いや、それ以上のものを発見した。 

 それは巨大な洋館であった。巨大といっても某ロシア大統領や某アメリカ大統領が持っているようなようなサイズのものではなく二世帯住宅三戸分ぐらいのものであったが。

 外壁は苔と蔦に覆われ表面が全く見えておらず、庭も長い間、人の手が入っていないようで背の高い雑草が生い茂っている。唯一、外から見えるのは門から玄関へ続く石畳である。非常に荒れているせいか、別段、デザインが変わっているということも無かったのに、ファンタジー映画で老賢者が隠棲していそうな雰囲気を持っていた。


「ナカヲミテミタイ」


思い始めるともうすでに一度、好奇心が理性を上回っていた事もあって止まれなかった。私は心の命じるままに館の敷地に足を踏み入れドアノブを回していた。

 館に入ってからの三十分以上にわたる私の非合法的な探検の成果は、少なからず違和感を覚えさせるものであった。まず分かったのはこれを建てたのは相当の金持ちでかなり歪んだ美意識を持っていたであろうこと、この館が三階建てであること、ぐらいである。そして、一回には応接間とキッチン、リビング、ダイニング、倉庫があり私室は作られていないこと。逆に二階は私室しかなく三階は倉庫と客間が設けられている。単に自分がこの手の建築物に通じていないことからくる違和感なのかもしれないが、私の道具的理性は納得のいく答えを出せなかった。言うまでも無く対話的理性は一人きりなので発揮しようがない。

 結局、違和感は解消することができず最後に一階を一回りしてから帰ることにした。先ほど見た高そうな食器やアンティークのテーブルをかき分けるようにして進んだ倉庫で私は地下への通路を見つけた。木製の階段は古そうだが降りられそうだったので迷うことなく進んでいった。

 階段を降りきると広い、ホテルのロビーの様になっていて、いくつかの扉が壁にあり、その中には豪華な装飾が施された扉もあった。その扉だけ薄く開いていたのでそっとドアを押して中に入って見ることにした。

 私が扉の向こうで見たのは部屋にところ狭しと並べられた本棚と、それにギッチリ詰まった本であった。奥の方まで光は入っていかない様なのでスマホのライトで足下を照らしながら物色することにした。

 実用一点張りのスチール本棚に収められている本は、最近のライトノベルから、古い文学作品、果ては写真集など様々な書籍が丁寧に納められていた。その中から一冊適当に引き抜いてみると最近見たことのある人気ライトノベル作品の一冊だった。私は何の気なしにページを開いて口絵を見た後、それを本棚にしまった。本編も読みたいがさすがに遅くなりすぎる。私は床に下ろしていたリュックを背負い直して地下の大書庫を後にした。

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