永遠の暇つぶし

@Susukinohara2024

第1話 邂逅

 五月とは思えないほど強い日差しが照りつける図書室のカウンターで私は読書をしていた。さすがに暑い。すぐ脇にある窓のカーテンを閉めれば済む話なのだが、どうにも面倒で、結局、私はジリジリと肌を陽に焼かれながら文庫本のページをめくる。すぐ隣にいる後輩をパシらせないだけましだろうと思いながら。

 私は高校に入学してから三年間ずっと図書局で活動してきた。とは言っても日常の貸し出し作業以外で特にすることがある方がまれという具合なので入局当初はともかく今は当番の間中読書をしている。他の局員だって皆似たようなものだ。現に今日私と一緒に当番に入っている一年生だって玉のような汗をかきながら単語帳を真剣に見つめている。

 何故、私が図書局に入ったか、それはなんとなくである。故に、他人にその質問をされた場合お茶を濁さざるをえない。他人にはなんとなくで入ったとは言いにくい相手が熱意を持った図書局員であった場合なおさらだ。

 先に述べたように私には他人に聞れてもお茶を濁さざるをえない質問は少なからず存在する。例えば、「将来の夢は何?」である。この質問に答えられなくなったのは最近のことではなく、もう随分と昔の事だ。「将来の夢」を見失って以来、私は漫然と日々を過ごしている。そんな私に読書という趣味があったのは幸いであっただろう。一時的にでも私をぼんやりとした不安から解放してくれたのだから。

 考え事に没頭していたり作業に熱中していたりする時の時間の流れは早く感じる。何時の間にか閉館時間になっていた。

 私は自転車通学をしているので常識的な範囲で寄り道はし放題である。今日も通学路沿いにある老舗の古書店を覗く私であった。

 この古本屋の特徴は明治時代や大正時代に出版されたような古い本を置いていることで、それらの古書は漢字の判別からして苦労する人もいるのだが、私には気にならない。そして何よりも素晴らしいのが店内が静かなことである。某古物商のように店内放送でやたらと宣伝をすることがないのも心地が良い。あまりにも長く立ち読みをしていると偏屈そうな店主の婆さんが近くで掃除を始めるが。

 私は例によって文庫本のコーナーにいた。文庫本の方が軽いので寄り道で買うには都合がいい。重い荷物にごついハードカバー本を追加するなどマゾヒストのやることだ。今日は特に帰ってから用事があるという訳ではなかったのでじっくりと品定めをしていたら、声を掛けられた。


「君、最近よく来てるよね。今日は何時にも増して熱心に選んでいる」


部活の先輩が後輩にするような感じだった。

お気に入りの古書店で本をじっくり選んでいるとき特有の高揚からか自分でも信じられないほど淀みなく答えた。


「一通り面倒ごとが片付きましたので。」


一体誰が声を掛けてきたのだろうかと振り向いたらそこには見覚えのある顔があった。この店でよく見かける女性だった。二十ぐらいの女子大生風の人である。いつも黒いサングラスをかけて白いスカーフを巻いて大人っぽい印象を受けたが、今日はいつもより幼い印象を受けた。


「本が好きなんだ?」

「ええ」

「好きな本のジャンルは?」

「乱読派なので、どのジャンルが特別に好きと言うことはありません」

「じゃあ、図書館は好き?」

「図書館ですか?」


 いよいよもって訳がわからない。何で図書館への好悪を訊いてきた?普通ならこの店が好きかどうかだろうに。彼女が普通ではないのか、それともまた別の意図があるのか。まあ、そのどちらでも実害がないのであればどうでもいい。


「ええ、好きですよ。金欠の時には重宝しています」


最近は行ってませんが、と私は付け加えた。

 相手の質問の意図はわからなかったが、隠すほどのことではないと思ったので正直に答える。


「将来の夢は何?」

「分かりません」


 いつもなら適当に公務員だとか答えてしまうのに誤魔化さずに答えていた。行きずりだからだろうか。旅に出ている訳でもないのに。すると相手は確認するように聞き返してきた。


「分からない?」

「そうです。わからないんです」


 いつの間にか女性の声に当初からの好奇心以外の強い感情の存在が滲んでいるような気がした。


「ふーん。じゃあ君は何がしたいの?ご大層な将来の夢とかじゃないことで」


私は少し考えてから答えた。


「とりあえず、のんびり本を読んでいたいです」

「そう・・・・・・」


 女性の声には不思議な感情の色があった。なんというか高校生が経験したこと無いようなそれの。


「じゃ、また機会があったらお話しましょう?」

「ええ機会があれば」


そう言って帰途についた。

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