第65話 いい馬だ







  乗馬姿がとてもよく似合うマツダイラ君は、高貴な着物を着ていればさながら上様と瓜二つ。


 この際だからというサプライズなのか、それとも日常的に使っているのか不明だが、宴会芸にもってこいなチョンマゲカツラを被るマツダイラ君は、とても絵になっている乗馬姿なのだが……彼の乗る白馬は、とてもいい馬だが、どことなく違和感を覚えたのは、もしかしたら俺だけだろうか?


「トラ、やっぱりお前もそう思ったか」


「トラくん、貴様も同じことを考えているようだな」


「乗馬用にしてはデカいぞ?」


「脚も短くてがっしりしている……どうみても輓馬(バンバ。馬車を牽引したり、農作業で用いられたりする)じゃあありませんか?」


「マツダイラ君にかかれば、弘法筆を選ばずかと思われます」


「やっぱりそうだよな、乗馬技術もさることながら……いや、せめて仕事と馬は選んで欲しいな。ああ、それなら俺たち、もっと楽を出来るんじゃないか?」


「トラ、冴えてるな」


 そう、マツダイラ君の乗る馬は、潜水艇カルテットの口から出てきた通り、競走馬や乗馬用の軽種、あるいは乗馬や馬術競技用の中間種等でもなく、どこからどうみても輓馬の類になる重種の馬にしかみえない。


 そもそもどこから馬を調達してきたのかすら不明であるが、あまりにも大きすぎる(体重1トン近く)のガッシリとした輓馬にも関わらず、優雅に乗りこなしているのだから感心する一方、ペダルを漕ぐ俺たちにとっての救世主になるのかもしれない。


 優雅に乗馬を楽しむマツダイラ君を呼び止めれば、なにごとかと俺たちに向かって見栄を切る彼の顔芸を、しばらく無言のまま観察すれば、何故か笑いが込み上げて来てしまう。


 ああ、物語的に今は見栄を切る場面じゃないし、ここには出会え出会えな悪代官的な人なんてどこにもいないって訳だからね。


 ひとしきり彼の顔芸を楽しんだ俺たちは、訝しむマツダイラ君に対して、ある提案をした。


 そう、今俺たちが漕いでいるエンジンの無いトゥクトゥクのようなタンデム自転車を、彼の乗る馬に牽引してもらおうって訳だ。


 我ながら、なかなか面白そうな発想であったのだが……。


「……ところで、誰が御者(ギョシャ。馬車でいう運転手)をやるのかな?」


 ああ、残念なことに乗馬スキルのあるマツダイラ君でも御者の経験はないらしい。


 前前世、前世を含めても御者に関して俺と兄貴は門外漢、当然潜水艇カルテットも右に同じと言うわけで、引き続きペダルを漕ぐことが決定した。


 せっかく楽を出来ると思ったが、現実はそう甘くない……あ、そう言えば湖を泳いでいるであろうウキタ君は、今どうしているのだろう?


 湖の方へと視線を向けた俺たちは、目を皿のようにしてウキタ君の行方を追った。


 潜水艇カルテットに至っては、双眼鏡を手にしてウキタ君を捜してくれたことで、すぐに発見に至り、沖合で大きな水飛沫を確認することが出来た。


 その水飛沫の後ろには、一隻のスワンボートが後ろにつき、ウキタ君の湖縦断をサポートしている様子だ。


 ところでスワンボートに乗ってサポートしている人物は誰なのか?


 潜水艇カルテットに詳細を尋ねてみれば、キタバ先生らしき人が乗っているとのこと。


 なんだかんだ面倒見のいい人だね。


 動向を注視しつつ、安心して目的地へと向かえそうだ————。







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