仕事で失敗したわけではないけれど!

崔 梨遙(再)

1話完結:1300字

 僕が30代の前半の時、或る飲食チェーンの会社と商談した。新規のお客様だった。幾ら電話をかけても、事務員のお姉さんに切られてしまうので、飛び込み営業をして商談の場をいただくことができた会社だった。そこまでやったからこそ、商談が出来るところまで進んだのが嬉しい。商談相手は人事部長だった。


「うん、いい企画だ。新しい」

「ありがとうございます。ご予算に応じて企画を大きくすることも小さくすることも出来るのですが、今日は大、中、小、3つの企画例を持って来ました」

「うん、申し込むよ。でも、ウチは採用予算が多くないから、1番小さな企画になると思う。それでもいいかな?」

「勿論です。ただし、給与や休日など、平均的な待遇が採用には必要です。求人票をお作りになる際には、私も意見を申し上げるかもしれません」

「うん、その方が心強い。よろしく頼むよ」

「社長様を説得するのに必要な資料などはありますか?」

「ああ、要らない、要らない。社長は僕の弟だからね。僕が“やる!”と言ったら、僕の意見は通るから」

「社長様と兄弟でしたか」

「うん、でも、1つお願いがある」

「なんでしょう?」

「学校訪問に同行させてもらえないか?」

「はい、構いませんけど」


 僕等は、求人サイトに頼るだけではなく学校訪問もしていた。デジタルとアナログの両面から学校(学生)にアプローチする。それが“売り”だった。その学校訪問に同行したいと言うお客様は少ない。学校訪問をする時間の無いお客様が多いからだ。だが、“同行したい”と言われて断る理由は無い。


「じゃあ、〇月〇日、朝から1日、同行させてもらいたい」

「構いませんよ、こちらの本部まで私が迎えに来ます。そこで合流して、一緒に行きましょう」

「待ち合わせは何時にする?」

「早い方がいいです。9時に、こちらに迎えに来ます」

「じゃあ、それで」



 当日、僕が部長を呼びに行くと、部長と社長が話をしていた。そこで社長(弟)が部長(兄)に、


「早よ、行けや、ボケ-!」


と怒鳴っていた。うーん、わかりやすい社風だ。本当に仲の良い兄弟なのだろうか?


 その日は、1日、学校訪問をした。お昼は、その飲食チェーンの店舗で食事をご馳走してもらった。飲食の会社ならではのありがたいお気遣いだった。


 そして、その年、その会社は、まあまあ、満足とまではいかないが、納得していただけるくらいの採用には成功した。



 翌年、商談に行ったら、部長にこう言われた。


「崔さんに、学校訪問のやり方を教えてもらったから、これからは自社で学校訪問をするよ。学校訪問が、意外と効果的だということもわかったし。だから、今年は申し込まない。ごめんね、ウチは採用予算が少ないから節約しないといけないんだよ」



 一緒に学校訪問に行ったことが仇となった。こういうこともあるのか……まあ、他にも過去に同じ様な展開になった会社はある。採用に成功しても、翌年、また取引をしていただけるとは限らない。採用に失敗して切られたわけではなく、円満に話が出来たから、まあ、いいか。しかし、取引が止まると凹んでしまう。そして僕は、また新規開拓営業を続けるのだった。







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仕事で失敗したわけではないけれど! 崔 梨遙(再) @sairiyousai

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