第4話 アイル、予期せぬ再会を果たす

 自分の声が聞こえたのか、顔を上げて魔族の少女が自分を認識して声を上げる。


「……誰かと思ったら人間?ちょっと待って。あんたの顔、見覚えあるわ。……あぁ、あの時の勇者じゃないの。……確か、アイルとか言ったわよね」


 彼女の言葉に自分も言葉を返す。


「あぁ、その通りだ。そういうお前さんは確か……オルリアって言ったかな?」


 そう自分が言うと、苦笑いの表情を浮かべてオルリアが言う。


「……驚いた。あんたも覚えてたんだ。そうよ、合ってるわよ。……ってか、あんた今更何でこんな所に来たのよ?私から魔剣を奪い取ってから大分経っているわよね。……もしかしてあんた、魔王を倒したとか?」


 オルリアの問いに頷きながら答える。


「……あぁ、その通りだ。少し前に、確かに俺がこの手で魔王を倒したよ」


 そう自分が言うとオルリアが目を見開き、唯一自由に動かせる顔を一瞬固まらせたかと思った次の瞬間、洞窟内に響くかと思うぐらいの大声で笑い出した。


「……はっ!あははははっ!そう!そうなのね!あいつ、あんな偉そうにしていたくせに、人間のあんたに倒されちゃったのね!あははははっ!」


 ひとしきり大笑いした後、落ち着きを取り戻したオルリアがこちらに向かって言う。


「……あー、何年か振りに声を出して笑わせて貰ったわ。……ねぇアイル。あんたに頼みがあるんだけど。何でなのか理由は分からないけど、わざわざこんな所に来たあんたに一つ頼みがあるんだけど聞いてくれる?」


 オルリアの問いに、反射的に言葉を返す。


「……何だ?何かあるのか?ひとまずその頼みってやつを聞かせてくれ」


 そう自分が答えると、オルリアが自分の目を真っ直ぐ見つめて言う。


「……私をさ、殺してよ。あんたの手でさ」


 それだけ言ってオルリアがまた自分を見つめた。その言葉に思わずオルリアに問いかける。


「……俺の手でお前を殺せ?どういう事だ?」


 自分の問いにオルリアがため息混じりに答える。


「……あんた、私が何でこんな状態になっているか分かる?あんたに魔剣を奪われてすぐ、戒めとして魔王の呪いを受けてこうして生きたまま顔だけを残して石にされたのよ。それからずっと、この状態で死ぬことも出来ないままここで過ごしていたのよ。魔王が死んだのに効力が消えずに私がこのままの状態って事は、余程たちの悪い上に強い呪いだったんでしょうね。このままだと私、いつまでも死ねずにこのままなのよ。だから私、とっとと死にたいのよね」


 後半はやや自嘲気味に話すオルリア。……確かに魔剣という武器を守護していた立場である以上、それを勇者である自分に奪われた彼女が何の罰も受けずに済む訳が無いという事は想像に難くない。それを理解したと同時、途端に罪悪感のような感情が湧き上がる。


「……そうか。俺のせいで今まで辛い思いをさせてしまったな。悪かった」


 そう言うのがやっとの自分にはっ、と吐き捨てるような口調でオルリアが言葉を続ける。


「何?同情なんか要らないわよ?……元々さ、人間と魔族の間に産まれた忌み子の『半魔族』の私なんて、仕事が出来なければ即お払い箱だったんだから。たまたま剣の才能があったから殺されずに重宝されていただけで、あんたに負けた時点で私は即お払い箱。要するに無価値ってこと。……だからさ、せめて私を正々堂々倒したあんたにここで殺して欲しいのよ。腹立たしい事にこの呪い、舌を噛み切ったくらいじゃ悲しいことに自分じゃ死ねないのよね」


 若干の皮肉を込めてオルリアが言う。そして彼女が他の魔族に比べてやけに人間味がある事にも納得がいった。だからこそあの時、彼女に止めを刺す事に躊躇いが生まれたのだ。そこまで話を聞いたところでオルリアに近付き、彼女の頬に手を触れる。


「……悪かったな。こっちの勝手な理由でお前をこんな目にあわせちまってよ。魔剣を無理矢理取り上げた上に、こんな半不死の呪いまでかけられちまうなんて思ってもみなかったからな」


 そう自分が言うと、オルリアが一瞬悲しげな表情を浮かべるものの、すぐに普通の顔になって言う。


「……だから、同情や詫びなんていらないってば。もし悪いと思ってくれるなら、さっさと殺してよ。出来ればひと思いにね」


 オルリアの言葉に立ち上がり、手足と同化している壁に手を当て周囲を確認する。壁の一部に呪詛の刻印が刻まれているのを発見した。おそらく、これが彼女にかけられた呪いの発動源だろう。


(……魔文字だから俺にはとても全ての術式の解読は出来ないが、これなら多分なんとかなるだろう)


 そう思い一度その場を離れ、『賢人の皮袋』から目当ての物を探す。


「……っと、確かこの辺りに……うん、あったあった。これだ。……ただこれだけじゃ多分駄目だから、あとはこいつとこいつで……っと」


 取り出した道具を確認し、支度に取りかかる。


「えぇと……まずはこれをこの位置に置いて、っと……」


 準備をしている自分に呆気に取られていたが、すぐに正気に戻ったオルリアがこっちに声をかけてくる。


「……ちょっと!?何する気なの?変に手間をかけないで、ひと思いにさっさと殺して欲しいんだけど!」


 作業を続けながら声を荒げるオルリアに言葉を返す。


「いいから黙って見てろって。もうすぐ終わるからよ」


 そう返しながら黙々と準備を続ける。そんな自分に向けてオルリアが唯一自由に動かせる顔を歪めながらぎゃあぎゃあとわめき続ける。


「だから!何してるのって聞いてんのよ!さっきから地面に石を並べ始めたかと思えば、今度は水を撒き始めてさ!ちょっと!私の話を聞いてんのあんた!……って、え?これって……魔法陣?」


 オルリアの言葉に無言で頷く。同時に自分の準備作業も完了したため、皮袋から最後に必要な道具を取り出す。それは古びた一本の杖だった。


「……杖?そんなので私が殺せるとでも……」


 オルリアの言葉を途中で遮り、自分が会話を続ける。


「いいから。すぐに終わるから黙ってろオルリア。……あと、誰がお前を『殺す』なんて言った?逆だよ。俺はお前をそこから『』んだ」


 そう言ってオルリアが次の言葉を放つ前に、杖を握る手に魔力を込めた。

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