第3話 いざ、最初の目的地へ

「……さてと。確かこの辺りのはずだったよな」


 地図を開いて最初の目的地までの場所を確認する。街を出てから既に二週間ほどが経過していた。


 最初に考えた自分のプランでは国を出て、当時と同じように旅立ちから終わりまでの道のりを順番にそのままもう一度進もうかとも考えたのだが、それだけだとあまり変化も無く面白くないと思った。それならば、と考えた結果、地図を広げてその場で適当に決めた地域に向かう事にしたのだ。街を出る直前、最初の出発地を決めるべく地図を地面に広げた。


「よっ……と」


 地図に向かってぽいっと一本の骨を放り投げる。この骨も過去に手に入れた魔術道具マジック・アイテムである。高名な海賊の骨だったらしく、括られている糸でこの骨を垂らすとくるくると方位磁石の様に動き、財宝のありかへの道を示すという物だった。


(……こいつももう不要な代物だな。海賊の骨だっていう事だし、入手した地方の船に乗る機会があればその時に海にでも返してやるか)


 海賊の骨というならば故郷の海に帰れば本望だろう。その時までしばし自分のゲン担ぎに付き合って貰う事にする。飾りの付いた骨の先端が示した地図の場所を確認する。そこには一つの大陸の名が記されていた。


「お、ここか。……確か、割と旅の後半で立ち寄ったはずだな」


 地図をしまい、手帳を開いて時系列を確認する。やはり間違いない。自分が既に勇者として大分円熟していた時期に訪れた大陸だ。魔王の配下によって滅ぼされた地域で人は誰もおらず、魔族に支配された地域だった。


「えぇと……ここの地域でやりたい事はあったかな。……お、これだこれだ」


 新しい手帳をぱらぱらと捲り、該当する項目を指さす。そこには自分の字でこう書かれている。


『魔剣デスブリンガー。これを元の場所に返す、もしくは封印する』


 魔剣『デスブリンガー』。魔王を倒すために各地の武具を集める最中で魔族のとある長から決闘の果てに手に入れた魔剣。普通の剣では切れない魔族を屠れる特殊な呪いがかけられた剣である。既に手に入れていた聖剣とこの魔剣がなければ自分が魔王に辿り着くことは難しかっただろう。


 だが、魔剣といわれる所以の通り、手にした持ち主の魔力を常に奪い続ける魔性の剣でもあったため、勇者と言えども人間である自分には長時間これを握って戦うことはかなりの負担であった。並の人間がうかつに手にすればその時点で死に至るだろう。魔王を倒した今、これを自分が持ち続ける必要はない。とはいえ、迂闊に人の目や手に触れる場所にも置くわけにはいかない。そのためこれを元あった場所に戻そうと思ったのだ。


 という訳で、自分の最初の目的はこの魔剣を元の場所に戻す事に決まった次第である。もちろん元の場所にただ単純に戻すだけではなく、場合によってはそこに適切な形で封印することも視野に入れて大陸に向かうことにした。かつては移動の大半が徒歩であったが今回は様々な施設や機関が復旧している事もあり、当時では想像もつかない速さで目当ての大陸へと無事に辿り着いた。



「……お、そうだそうだ。この辺りだったな。うん、だんだん思い出してきたぜ」


 大陸に辿り着き、二日ほどでかつて魔剣が守られていたダンジョンへと辿り着いた。昔と違い、この辺りを統治する存在がいないため入り口は苔むしている。


「……あの時よりだいぶ荒れ果てているな。こりゃ、用心して入った方が良さそうだな」


 魔王が死んだ事により、生き残った魔族の残党は本能のまま徘徊して暴れるタイプと、己の意思で自由に行動するタイプに分かれたのだが、この辺りの魔族は前者のようだ。統率する存在もいないようで自由気ままに動いている魔族の姿が見える。


(この類の魔族しかいないなら、元の場所に戻すだけで大丈夫そうだな。並の魔族じゃこの魔剣を使いこなすどころか魔剣に触れた時点で取り込まれておしまいだからな)


 そう思いながらダンジョンへと足を踏み入れた。予想はしていたが、主を失った魔族が入って早々に自分の姿を見つけて襲い掛かってきた。


「早速来たか!悪いが、お前らじゃ今の俺には役不足だぜ!」


 自分の姿を認識し、襲い掛かってくる魔族を淡々と切り伏せながらダンジョンの奥地へと歩みを進めていく。当時魔剣を所持していた魔族がいたフロアまではもう少し奥の方だったと思いながら更に奥に進んでいく。


(……そういや、こいつを守護していた魔族、かなりの強さだったよな。見た目はまるで人間の美少女だったのに、その見た目と剣の腕とのギャップにあの時はかなり驚いたな)


 魔剣を言われるがままただ単純に守護するだけではなく、その魔剣を自在に使いこなし自分と相対した時はその剣技に驚かされたことを思い出す。魔族にしては珍しく人語を話し、一対一での戦いの後に剣の腕では自分に敵わないと知ると素直に負けを認める潔さも兼ね備えていた。ダンジョンの奥地に歩みを進める中で当時の記憶が徐々に蘇る。


『……殺しなさい。私の負けよ、勇者アイル』


 戦いの最中で己の武器である魔剣を弾き飛ばされ、こちらの反撃によって自身も固い地面に強い衝撃で叩きつけられて倒れた状態の中で、剣の切っ先を自分の眼前に突きつけられた彼女が悔しげな表情でこちらを睨みつけながらそう口にした。無益な殺生を避けたい自分としてはその言葉を聞き降伏と判断して剣を鞘にしまい、横に転がる魔剣を回収してその場を去ろうとした。


『な……待ちなさいよ!あんた、敵である私に情けでもかけたつもり!?ふざけんじゃないわよ!逆にみじめになるじゃないのよ!哀れに思うなら殺せ!殺しなさいよ!』


 地面に叩き付けられたダメージが残っているのか上手く立てずに地面に倒れたまま、顔だけを上げてこちらに向けて彼女が叫ぶ。無視して立ち去るのも後味が悪いため振り返って彼女に言葉を返す。


「断る。素直に負けを認めた相手に対して無益な殺生をする気はないんでね。それにお前さん、見た目も俺たち人間に近い上にかなりの美人だからな。そんな奴をわざわざ斬ったら寝覚めが悪い。ま、他の人間相手に悪さをしたらその時は容赦なく斬らせて貰うよ。あ、俺個人相手にならいつでも相手になるぜ。ま、今はしばらく立ち上がれねぇだろうけどな。じゃ、悪いがこいつは貰っていくぜ」


『くっ……!待て!待ちなさーいっ!!』


 魔剣を回収しその場を立ち去る自分の背に、彼女の叫びが背中ごしに大きく響き渡った。


(……そういや、あの時の女魔族、今頃どうしてるんだろうな。かなり知能が高い魔族だったし、もしかしたらリベンジにくるかと思ったが結局来る事はなかったな)


 そんな事を思い出しながら、道中で襲い掛かってくる野生の魔族を難なく切り伏せながら最深部のフロアへと順調に辿り着いた。


「……ん、ここだな。ここで間違いない。確かこの扉を開けたところに魔剣を携えたあの魔族と戦ったところだったはずだ」


 そう一人つぶやいて扉に手をかけようとした時、中の気配に気付く。


(妙だな。確かにこの先に魔族の気配がする。……だが、何か変だ。単純な魔族のそれとは違う。そこに何か呪詛の様な匂いが混ざったような感じだ……何だこれ?)


 明らかに魔族の気配ではあるのだが、単純なそれとは何か違う感じがする。警戒しながらもゆっくりと扉を開く。そのまま奥へと進んでいくと、先程とは違いはっきりと気配を察知する。それと同時に奥から声が聞こえてくる。


「誰……?こんなところに今更何しに来たのよ……」


 その声に微かに聞き覚えがあった。迷わず声のする方に歩みを進める。程なくして、その声の主の下へ辿り着いた。その姿を見た瞬間、思わず声が出た。


「お前は……」


 視界の先には両手両足を壁にめり込まされ、首から先の顔以外を魔法か呪術の類によって石化させられたかつての女魔族の姿があった。

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