第2話 アイル、新たな旅立ちの支度を始める
やるべき事が決まり、動き出してからの自分の行動は早かった。即座に旅立つ支度を整えるべくすぐに動き出した。
「アイルさん……。本当にこの国を出て行くのかい?王様のお触れを聞いて皆、信じられないって街中大騒ぎだよ?」
旅立ちにあたり保存の効く食用や水、酒や備品を買い込み最後の目当ての店である道具屋に立ち寄ると店の主人が自分に声をかけてくる。自分が旅立った時よりも髪は白髪が増えて皺も多くなったが元気そうな姿に安心する。
「あぁ。その通りさ。どうやらこの国にゃ、魔王を倒せば勇者って存在はもう必要ないみたいなんでね。それならこちらも長居は無用って訳さ。家族ももういないし、ここに留まる理由もないからな」
会話に答えながらも店先の品を眺め、探していた目的の品を見つける。
「……お。あったあった。こいつが欲しかったんだよ。おっちゃん、これ貰っていくよ」
そう言って自分がカウンターに置いたのは、年代物だが質の良い新品の革張りの手帳であった。
手にした手帳は自分が旅に出る時に購入した物と全く同じサイズの色違い品だ。今後はこれを新たに使用することとなるだろう。手帳の代金を支払おうと懐から財布を取り出すと、店の主人が慌てて手をぶんぶんと振りながら言う。
「とんでもない!魔王を倒してくれた勇者様から代金なんて受け取れないよ。そのまま持っていっておくれ。ただでさえ街をあげての凱旋パーティーまであのボンクラ王の一声で中止になって申し訳ないって皆思っているのにさ」
隠す様子もなく、不満げな表情で主人が言うものだから思わず苦笑してしまう。あれからの王の行動は素早く、『勇者アイルはこのまま国に留まることを良しとせず、自ら引き続き世界を巡ることとなった』と早々にお触れを出したのであった。普段は偉そうに玉座にふんぞり返っているだけのくせに、こういった事には機敏に動けるのだなと呆れつつも思わず感心してしまった。憤慨する主人を宥めるように言う。
「まぁまぁ。ま、国だけじゃなくて街のほうにも勇者を輩出した出身地ってことで観光客も増えるらしいから街の連中にも多少恩恵があるみてぇだし俺は構わないよ。実際、天涯孤独の今の俺じゃここに留まる理由もないのは事実だしな」
そう言いながら財布から銀貨を数枚カウンターの上に置く。主人が慌ててそれを制しようとするが、構わず銀貨を主人の手に半ば無理矢理握らせる。
「いいから。受け取ってくれよおっちゃん。ここに立ち寄る前に食料や酒を買いに行った店でも皆おっちゃんと同じ事を言ってくれたけれど皆にちゃんと受け取って貰ったんだからさ。おっちゃんだけに代金を支払わなかったらこっちがかえって申し訳なくなっちまうよ」
何を言われてもこちらが引く気がないというのを悟ってくれたのか、手の中の銀貨を見つめながら渋々といった様子で主人が言う。
「うーん……とはいえ、流石にこれじゃこちらが貰いすぎだよ。……そうだ!アイルさん、悪いけど少しだけそこで待っていておくれ!」
そう言って慌ただしく店の奥に引っ込む主人。店内の品物を眺めつつ五分ほど経ったところで主人がこちらに駆け足で戻ってきたかと思えば自分の前に何かを差し出す。主人の手には年代物のペンが握られていた。それを眺めていると主人が口を開く。
「こいつはさ、ただのペンじゃないんだ。大したもんじゃないけど何やら魔法が込められているみたいで、いくら使ってもインクが無くならないんだよ。どういう原理か俺にはさっぱり分からないんだけどな。うちに眠らせておくより、これからアイルさんに使って貰うほうがこいつも役に立つってもんだろ?……おっと、先に言っておくが、こいつのお代はいくら言っても絶対受け取らないからな」
先に主人にそう釘を刺され、苦笑しつつもその言葉に甘えてありがたく受け取ることにした。そのペンは特に豪華な彫刻や加工は施されていないものの、手にした途端にびっくりするくらい自分の手に馴染んだ。
「へぇ……こいつは良いな。俺の手に合うのか、凄く書きやすそうだよ。それじゃ、お言葉に甘えて受け取らせて貰うことにするよ。ありがとな」
そう自分が言うと、おっちゃんがようやく満面の笑みを浮かべて言葉を返す。
「おうよ!アイルさん。……なぁ、落ち着いたらこの街にもまた必ず戻ってきてくれよな。城の方になんか行かなくていいからさ、この街の皆には顔を出してくれよ?俺たちはいつでもあんたの帰りを待っているからな!」
おっちゃんの言葉に自分も笑顔で言葉を返す。
「あぁ。他の皆にもそう言って貰ったよ。また近くに来た時は必ず顔を出す。約束するよ」
そう言って主人と握手を交わして店を後にする。少し離れたところで早速先ほど買った新品の手帳を開き、貰ったペンで最初の目的を記入する。先程も思ったが、やはり自分の手にしっくりと馴染むし書きやすい。もうこの一本だけあれば充分だと思える書き心地であった。手帳のフリースペースに一通りこれからの事を書きなぐったところでふと思う。
「既に人生で大きな目的を果たした自分が、死ぬまでにしたい事、か。……こういうのをいわゆるセカンドライフや終活っていうのかね。……だったら、これはさしずめ俺のエンディングノートってやつになるのかね」
そんな事を思いながら、自分にとってのセカンドライフ兼エンディングノートに大まかなこれからの内容や計画を思いつくままひたすら書き記していった。
(……この道具はあの村に渡せば有効活用出来そうだし、こいつはあの場所に戻して……このお守りはあの街のあの人に渡して使って貰って……あぁ、この武具はもう必要ないからあそこへ……っと)
期限や制約が無くなった今、これから自分が何をするかは己の自由気ままに出来るのだと思うと気持ちが自然と高まり、その勢いのままに空白の手帳に次々に今後の予定を書き連ねていった。
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