勇者でしたが終活します。ー終活勇者のセカンドライフー

柚鼓ユズ

第1話 勇者アイル、世界を救うも厄介払いされる

「……はぁ。要するに王は自分にこの国を出ていけ……という事ですか?」


 そう自分が口にすると、ジウン王はおどおどと苦笑いしながら言葉を返してきた。


「い、いやいや。そんな事は言っとらんのだよ、勇者アイル。……ただ、見事魔王を打ち倒したそなたにはこのままこのリハン国に留まるよりも、もっと相応しい居場所があるのではないかと思ってだな……」


 取り繕うように慌ててそう言うジウン王を見て思わずため息が漏れる。あからさま過ぎて横に立つ大臣や、脇に控える御付の連中ですら顔が引きつっているのが見えないのだろうか。本当にこの王がこれから国を統治出来るのかと思ってしまう。


 まぁ結局のところ、ジウン王が何を言いたいかはこれ以上聞くまでもない。要は、魔王を討伐した自分という存在が邪魔なのだ。『国王』という自身の立場を脅かす『勇者』という存在が。その思考が分かりやすすぎて呆れてしまう。


(……しかしまぁ、旅立ちの時から分かっちゃいたけど勝手なもんだな。親父の跡を継いで勇者となった自分を国から送り出した時と魔王を討伐した時は散々こっちを持て囃したくせに。親父もよくこいつをぶん殴らなかったな)


 俺の名はアイル=ラグドール。偉大な勇者と称された父メラルの下に生まれ、物心ついた頃より勇者候補として育てられた自分はその才能を周囲に認められ、志半ばに散った父の無念を果たすべく十代で勇者として魔王を討伐するため国を旅立つこととなった。強制ではなく己の意思によるものなので、そこに関しては特に異論は無い。


(……これで、本当に旅立ちの際に国からの手厚い支援とか応援があれば心からこの王に仕える未来もあったんだろうけどな)


 そもそも、『国を旅立ち悲願である魔王を討伐せよ』という重大任務だというのに自分に与えられた軍資金は街を出て数体自分で魔物を仕留めれば得られる程度のはした金と、王自身の身を守るために城に常駐している御付の兵士にはかなり上質な装備をさせているのに対し、自分には商店街に並んでいるレベルの武具しか渡さないこの王に失望を通り越して呆れていたのもある。正直、お前が身に付けているその装備を寄越せと思ったくらいである。


(魔王を倒せと言うくせに、こちらに用意した装備が銅の剣や棍棒、旅人の服だったからな。あの時は本当に自分に世界を救えっていう気持ちが本心からなのかと疑問に思ったぜ)


 それだけではない。要所要所で旅先から苦労しながらも定期的に国へと戻り、旅先での戦況や各地の状況を報告する際にも最初の頃こそドヤ顔で『アイルよ。そなたが次の高みに至るにはあとどれくらいの経験が……』的な発言をしていたくせに、自分が世界を巡り勇者としての経験と実力を積み重ねてきたのを察してからはオウム返しのように同じ言葉を繰り返すだけだった。


『……アイルよ。そなたはもう充分に強い』


『だから余計な寄り道をしていないでとっとと魔王を倒せ』口にこそ出さないもののそう言いたいのは態度で伝わった。実際は寄り道などではなく、魔王の配下に虐げられていた各国の庇護が及ばない街や村の連中を救わねばと思い、王に代わってそれらの救済活動に励んでいたのだが。悲しいことに自分の配慮はこの愚鈍な王には最後まで伝わらなかった。


(……ま、ここまで自分の存在が疎まれているなら仕方ないな。悲願だった親父の敵は討てたし、ひとまず世界は救われた。なら、俺はこれから自分の生きる道を探すことにしよう)


 かくして、勇者として魔王を倒した自分は目的を失い、今後の自分の身の振り方を考える事態に直面する事となった。



「……じゃあな、爺ちゃん。それに母さん。時々は顔を出しにくるからな」


 二人が眠る墓に花を備え、手を合わせてから立ち上がってつぶやく。墓所の管理人に充分な金を包み、自分が不在の間の墓の手入れを依頼し墓所を後にする。


(……あと三年早ければ、母さんに直接魔王を倒したと報告が出来たんだけどな)


 自分が旅立ち数年後に祖父が老衰で亡くなり、自分の帰りを待つ母も後に続くように病に倒れた。魔王の幹部の一人をどうにか打ち倒し、慌てて戻るものの母の死に目には間に合わなかった。ちなみに、王や国からは何の手当ても無く、申し訳程度の労いの言葉だけであった。近所の住民や街の皆が我が事のように悲しんでくれた事だけは救いだった。


「……さてと。これからどうしようかね」


 母も祖父もいないこの国にはもう未練も無い。さてどうするかと思った時、ふと懐に入れた手帳を取り出してぱらぱらとページを適当にめくる。


 国を出て冒険の旅に出てからすぐ、自分はある一つの習慣を付けていた。それは旅の記録を日記形式に記していく、というものである。


 最初の頃はもしも自分が志半ばに旅の途中で倒れた時、誰か他の冒険者が自分の亡骸を見つけてくれた時に遺品として自分の記した旅の記録が誰かの手に渡り、あわよくばそれを家族の元に届けて貰えないかと考えて日記件備忘録として始めたものだった。


(……考えてみれば、旅に出てから随分と長い事記録を付けたもんだな。どこで誰と出会い、何を手に入れたとかまで我ながら事細かに書いていたんだな)


 手帳を見返しながらふと思う。……そうだ。どうせやる事がないのなら、これからやりたい事を探してみれば良いではないか。どうせ自分は天涯孤独の身。失う物も悲しむ者もないのならば自由気ままに世界を旅し、その中で自分の安住の地を見つければ良いのだ。


(……思えば、もう自分には必要なくなった物も沢山あるしな。色んな意味でここら辺りで色々荷を降ろすのも悪くないかもな)


 そう思い腰に提げた魔術道具マジック・アイテムの一つである『賢人の皮袋』を取り出して袋の中身を確認する。この袋、見た目はただの皮袋なのだが中の面積と空間を歪ませ、無限に荷物が入れられるうえに自由に出し入れが可能という優れものである。


「うわ……しばらく整理しないうちに思っていた以上に色んな荷物で溢れているな。……ていうか、今見てみると色々と懐かしいなこの道具たち。空に橋を掛ける魔法のお守りに、川の水を吸い込み続ける壷、雨雲を発動させる魔法の剣、昼夜を逆転させるランプに……まだまだ色々入っているじゃねぇか」


 中身を軽く確認しながらこの袋を手に入れるまでの事を思い出す。武具と最低限の薬草や聖水等の道具はともかく、大きな道具の持ち運びには本当に苦労したものである。引き続き中身を確認していくうちに、今も必要な物もあれば、今の自分には全く不要となった物も沢山あった。


「……うーん。どんな鍵も自由に開けられる鍵や、水の上を歩ける靴等はまだ今の俺にも利用価値はあるが大半は不要な物だな。とはいえ、そこらに捨てる訳にもいかねぇし、この国に寄贈して置いていくのも何か面白くねぇ。そもそもあの馬鹿王じゃ何一つこれらを有効利用出来ないだろう。ひとまず袋の中に入れっぱなしでも良いんだが、それも何だかなぁ……」


 そこまで思った時、自分の中で何かが閃いた。……そうだ。それならこれを目的にすれば良いのだ。


『世界を再び自由に巡る』。そこで今の自分に不要になった物を返しに行ったり戻したり、自分にとって不要になった物を必要とする所で使ったり提供すれば良い。その道中、ここに骨を埋めたいという場所に出会えればそこを己の安住の地にすれば良いのだ。そう閃いた瞬間、自分の中に新たな目標が定まっていくのを感じた。


「……となれば、街を出る前に色々と寄っていくところがあるな」


 善は急げ、と言わんばかりに準備をするべく早足で街へと駆け出した。

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