第3話 存在しない展開
累加との出会いは入学したての頃にしつこい勧誘から助けてもらったこと。
「音葉先輩のお友達ですか?」
「えぇ。まぁね」
友達と呼べるほどの接点はなかったはずだが、それを指摘することもないだろう。夢見は見上げるように俺を一瞥するとペコリと頭を下げる。
「もしかして二人三脚の」
「そうだけど、なんで」
「だって音葉先輩が男女混合に参加するとは思わなかったから、記憶に残ってたんです」
確かに、男女混合競技の中でもこの二人三脚は参加のハードルが高いかもしれない。
競技の特性上、ただのクラスメートの男女にしては密着度が高いし、かといってクラス内のカップルがやりたがる種目かと言われるとそうとも言えない。
だからくじ引きで決めようとなり、その結果として俺と南城が選ばれた。
「あ、じゃあ私は累加先輩に会ってきますので、ここで失礼します!」
「えぇ、またね。そして廊下を走っちゃダメよ!」
駆け出していった夢見は南城の言葉を受けて急停止すると「えへへ」と苦笑いを浮かべながら早歩きに切り替えた。
その後ろ姿を見送ると、南城はコチラに向き直る。
「で、何か言いかけてなかった?」
「あぁうん。二人三脚、練習するかなって」
「そう。やる気になってくれてよかった。それじゃあ明後日の放課後、黒亀神社に集合ね」
「黒亀神社、ね」
南城の叔父が経営している神社だったか。物語に出てくるのは終盤だと記憶しているが、アレを見ておくのもいいだろう。
「じゃあ俺は帰るんで。また明日な」
「えぇ、さようなら」
南城と分かれて帰路に就く。その道中、コンビニでも寄っていこうかとカバンを漁るが、財布が見当たらない。
おかしいな、朝は確かに入ってたのに。取り出した記憶がないから絶対にあるはずなんだが。
「あっ」
奥に手を突っ込もうとしたところで、カバンの口から本が落ちる。コンクリートの上に落ちてしまった本を拾い上げる動作の途中で、俺は停止してしまった。
「は?」
動作を再開して本を拾い上げてページをパラパラと捲る。
あり得ないことだが、そこには何も記されていなかった。すべてのページが白紙になっていて、つい先ほど見たはずの文章たちは影も形もない。
「なんだ?これ…」
表紙は見知ったものだが、内容は全く違う。というか内容がない。南城に渡したあの数瞬ですり替えられた?いや、そんなことできないし動機もない。
まさか物語が消えたのか?だとしても過去の出来事の記載まで消えることは…
「コンビニどころじゃなさそうだな」
寄り道は中止だ。
家に帰って状況の把握を優先しなくては。
そう判断してコンビニと通り過ぎたところで、視界の端で何か動いた。路地裏の猫かもしれない、壁に立てかけられた棒か何かが落ちたのかもしれない。本来なら気にも留めないような出来事なのに、俺の視線はそちらへと誘導されていった。
「あれは」
白い大型車。後部座席のドアが開いていて、二人の男が一人の少女を車内に押し込もうとしている。誘拐の現場だが、問題なのはその少女が
「こんな展開は見てないな」
似たような展開で言うと、綾霧が振った相手に逆恨みで襲われ、間一髪のところを柵野累加が助け出すというものだが…ここまで物騒な状況ではない。
そんなことを考えている間に綾霧は車内に押し込まれ、ドアが閉まると同時に車が発進した。
「…とりあえず、主人公様のお手並み拝見だな」
遠くなっていく車を眺めながら、柵野の様子を確認する。
どうやら夢見と話している最中のようだが、もうそろそろお開きの様子だ。だがここから綾霧の誘拐に気づけるか?気づいたとして場所を特定できるか?
車が停まっていた場所に近づいてみるが、あるのは急発進のタイヤ痕くらいで綾霧の危険を知らせるような何かは見当たらない。
もしこれで綾霧の危機に気づけたならもうエスパーの域だな。
「仕方ない。少し手助けをしてやろうか」
スマホを取り出すとそれを地面に落とす。その衝撃で待ち受け画面が映し出されるが、そこに表示されているのは幼き頃の綾霧と柵野の写真。つまりこれは綾霧紀霊のスマホ。
これ以上を調達すると流石に不自然だろうが、現代人がこんな場所でスマホを落とす事態に平和的な解釈を持ち出すヤツは少ない。充分だろう。
柵野がコレを発見できれば彼女の危機には気づけるはずだ。
「終幕が早まるかもしれないが、仕方あるまい」
互いに好感度カンスト目前な男女にこのイベントは良くも悪くも関係性を激変させる。
どうせ結果は変わらないんだ。問題はないだろう。さて、あとは柵野をここに誘き寄せるだけだ。
「先輩、どうしたんですか?」
「あ、あぁ……なんでもないよ」
唐突に様子がおかしくなった自分を心配する夢南を誤魔化して学校を出る。どこで何をすべきなのか、全く分からないが、累加の足は迷いなく進んでいた。
電車に乗り込んで自宅の最寄り駅で降りる。そして駅前のコンビニの裏路地を覗き込んだ。
「これ…紀霊の」
そこにはスマホが落ちていた。機種に色、そして待ち受け画面を見て確信する。これは紀霊のスマホだ。
なんでこんな場所に?ただ落としただけじゃないはずだ、そもそも彼女の家までの道のりにこの路地は入っていない。
思考が段々と悪い方向に引っ張られる。
「ックソ」
その後、紀霊の自宅に行ってみたが、彼女は帰っていないと分かった。母親は「友達の家にでも言ってるんじゃない?」と言っていたが、そんな可能性はとうに排除されている。
「一体どこに…!」
最悪の可能性が脳内をよぎり、頭を抱える。
そういえばスマホが落ちていた付近にタイヤ痕があった。もしかすると車で連れ去られたのかもしれない。
そうなるともう自分には追えないのではないか?
累加の思考はもう停止寸前だった。考えれば考えるほど自分に出来ることが減っていく。
そんな中、グチャグチャになった脳内で一つだけ鮮明に浮かぶものがあった。
建物の名前だ。調べてみると、ここから車で30分ほどの場所に同じ名前のビルがあった。
「ここだ!」
頭の中に浮かんだ建物の名前。
たったそれだけの、頼りにするにはあまりに細い糸だったが、累加は迷わなかった。電車を乗り継いでいけば30分もかからずに行ける。
間違いだったら、なんて考えは最初から彼の中にはないのだ。あるのは幼馴染の心配だけ。
駆け出した自分を見つめる
ラブコメの脇役を任された旅人、展開にないヒロイン達の悲劇を回避しておく。 濵 嘉秋 @sawage014869
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