第2話 脇役とヒロイン/予期せぬ邂逅
この物語において、メインキャラと呼べる存在は四人だ。
主人公の
物語はこの四人の恋愛模様を中心に動いている。
「そして、俺は南城音葉のクラスメートで一週間後の体育祭で二人三脚を一緒に走るだけの脇役…まぁモブか」
本に記された俺の役目はコレで終わり。後は物語の区切りがつくまで自由に生活できる。まったく最高の世界だ。
あの部屋にいたんじゃロクに暇をつぶせない。対してこっちではネットやテレビ…情報に触れる機会に溢れている。
モブキャラとしてたった一度の役目を終えれば後はそれらを駆使して順風満帆な生活を送ることができる。物語が間延びしてくれれば万々歳。
「ホントに開いてる!」
ここは屋上。普段は施錠されているが、実は鍵が閉まらなくなっておりノブを捻れば普通に開く。のだが、このことを知っている生徒は数少ない。それどころか職員ですら把握しているのは用務員のオッサンくらいだ。
そんな場所で聞こえる声…入口のほうを見ると、ひとりの女子生徒が驚いたような顔を見せている。その後ろには得意顔の男子生徒…この物語の主人公とヒロインの一人がやってきたようだ。
「でも入っていいの?本当は封鎖されてるんでしょ、ここ」
「大丈夫大丈夫。先生たちもここの鍵が壊れてること知らないし、サボりにくるってわけじゃないんだからさ」
「そうだけど…」
ちなみにこの屋上、隠し部屋があって俺がいるのはその隠し部屋だ。こっちからは入り口の様子が見れるが、向こうからは見えない。
最初に来た時の様子から、何代か前の生徒がよからぬ目的で作ったんだろうが…今は俺のサボり場だ。
「弁当食べてゆっくりしてようぜ。今の教室じゃゆっくり飯も食えない」
「だね」
彼らがここに来るのは知っていた。
直前の土日で一緒にいるところをクラスメートに見られたのだが、場所がややこしかった。ベビー用品の売り場で目撃されてしまったのだ。だからあらぬ憶測が飛び交っているのだろう。
「しかし困るな」
ここから出るとどうしても二人と鉢合わせてしまう。別に気まずいことはないが、それでも不用意な所要人物たちとの接触は避けたい。
本にはすべてのイベントが記録されているが、正確な日時は不明なのだ。前もって分かっていれば今日この時間にここに来ることはなかったのに。
「まぁ、この後もサボればいいか」
学業は重要じゃない。どうせ見つからないんだからここで寝ていてもいいだろう。
「……ん、んぅ?、は?」
「おはよう」
いつの間にか寝ていたらしい。いやそれよりも、問題なのは俺しか知らないはずのこの部屋に、俺以外の人物が存在していることだ。
毛先につれて紫にグラデーションがかかったような黒髪の女子生徒が向かいの椅子に腰かけていた。
予想外の来客に、戸惑いながらもその名前を呼ぶ。
「南城」
「まさかこんなところでサボってたなんて…不真面目な生徒だって認識はしてなかったわ」
「なんでここに」
「この場所を知ってるからに決まってるでしょう。ここを溜まり場にしている不良生徒がいるかもしれないと思って様子を見に来たら、随分と気持ちよさそうに寝ていたわ」
足を組み替えながらも視線をコチラから外さない南城を他所に時間を確認するとすでに放課後だ。まさかコイツ、6限が終わってからずっとここにいたんじゃ。
「それはご苦労な…だが心配は無用だ。ここは俺しか知らない…あぁいや、南城も知ってるのか」
「とにかく、この部屋のことは報告させてもらいます」
「流石は生徒会長、真面目だねぇ」
「貴方は意外と不真面目ね」
本気で怒っているわけじゃないのは伝わる。どうやらお堅い風紀委員タイプというわけでもないらしい。
「それと、これは私的な興味なのだけど…その本」
そう言って指さしたのは机に置かれた本。手に取って掲げてみると頷いた彼女に、本を渡す。
「別に特別なものじゃない。普通の小説だよ」
「タイトルも書かれてないコレが?同人ってやつ?」
「似たようなもん」
「……あぁ、これって確か有名な」
「そ。あの有名な奴…冒頭の文は有名でも実際に最後まで読んだことはなかったからな」
俺が呼んだこの本には、主人公を始めとしたこの世界に実在している人物の実際の出来事が記されていた。当然、南城の名前やこれまでの出来事にこれからの出来事までしっかりと。
そんなものを見たとなれば平静ではいられないと思うが、当の南城に変化は見られない。
「ありがとう。返すわ」
「おう」
別に本をすり替えたわけじゃない。
そもそも、俺以外には全く別の内容に見えているらしい。それが正確にどんな内容なのかは知らないが、話を聞く限りでは有名どころの小説と同一の内容なんだろう。
だからこの本を他人に見られても面倒なことにはならないし、持ち歩いて何かの拍子に内容を確認できる。
「早く帰りましょう。ここのことは明日話すから、もう来ちゃダメよ?」
「分かったよ」
放課後になって時間が経っている。帰宅部はほとんど学校を出ていて、残っている生徒は部活動に精を出している連中だけだ。
南城も生徒会の用事がないらしく、昇降口までの道を一緒に歩いている。
「そういえば、体育祭の二人三脚。自信の程は?」
「南城がコケなければ一位確実」
「……いい自信ね」
正直、南城の運動神経は測れない。本には書いてなかったし体育だって男女別だ。何より、俺がこの世界に来たのは昨日が初めて。本に書かれた物語以外に関しては世間知らずもいいところだ。
だがそれでも俺自身の身体能力はよく知ってるし、単体の競争なら負ける気がしない。というか、仮に南城が運動音痴だったとして、好成績を残さくちゃいけないという話でもない。つまるところ適当に終わらせればいいのだ。
その後は適当な理由を付けて早退する手はずだったが、今回のことがあって南城には疑われそうだ。
「でも練習もなしじゃ本番が怖いわよ。怪我をすることだってあるんだから」
「あぁ、それは良くないな」
本当に良くない。
体育祭において、怪我をするのは綾霧紀霊であって南城ではないのだ。綾霧は仕方ないとして、南城まで怪我をすると物語に支障が出るかもしれない。
とはいえこうして本に書かれている以上、彼女が無事に二人三脚を終えるのは確定事項にも思えるが、物語の進行が乱れる事態には覚えがある。
念には念をというか、何回かは練習しておいた方がいいのかもしれない。
「じゃあ今度練習するか」
「あ、音葉せんぱーい!」
俺の提案は、曲がり角の向こうから聞こえてくる元気な声によって掻き消されてしまった。
「あら、夢南ちゃん」
「お疲れ様です!」
声の主は亜麻色の髪を肩まで伸ばした活発な印象を受ける少女だった。身に着けているのは近くの中学の指定ジャージ…合同練習か見学でここにきたのだろう。
しかし、開始二日目で主要人物4人の内二人と関わってしまうとは。
「あ、お話し中でしたか。ごめんなさい」
彼女の名は
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