ラブコメの脇役を任された旅人、展開にないヒロイン達の悲劇を回避しておく。

濵 嘉秋

第1話 新しい物語

 何の変哲もない。十年以上も使っている自室のベッドに、その男は寝転んでいた。


「終わったか」


 窓からは何も見えない。

 夜だからとかじゃなく、本当に真っ黒な空間が広がっている。

 本来なら夢か何かだと考えるところだが、彼にとってはもう慣れた光景だ。


「今回のは神経を削ったな」


 枕元に転がっていたキューブを天井に投げる。重力に従って落ちてくるソレをキャッチしてまた投げるを繰り返す。

 ネットもテレビもないこの環境では、こんなことでしか暇をつぶせない。とはいえ、これもすぐ飽きがくる。

 眠ることも出来ないから、彼はまた部屋を出るのだ。





「なぁ紀霊きれい、昨日のはなんだったんだ?」


 柵野累加さくのるいかは隣を歩く幼馴染・綾霧紀霊あやきりきれいにそんな質問をした。

 だが問われた張本人である紀霊はバツが悪そうな顔ではぐらかすだけで、答えようとしない。


「な、何かあったっけ?」


「あっただろ。昨日の放課後、駅のホームだよ」


 そこで何かあったのだろうということは容易に想像できたが、それが詳細に何なのかは把握できなかった。

 距離感近めで通学路を歩く男女の後ろを歩いていた仁宮由波じんぐうゆなみは、開いていた本に視線を落とす。


(柵野累加と綾霧紀霊。この本に載っているってことは、アイツらがこの物語の主要か)


 傍から見ると何の変哲もない本も、由波から見ると自分の置かれた状況を理解するのに必要不可欠な代物だ。

 少年が中学から疎遠になっていた幼馴染の少女と再び距離を縮めたことから始まる。少女は彼への好意を再認識し、幼い頃からの願望を実現しようと動き出す。と同時に、少年の周りには魅力的な少女たちが集まってきた……と、いうのがこの物語の概要。

 ありきたりなラブコメだ。だが今まで自分が巡ってきた物語とは違って物騒な事態は起きそうにない。


「役割もほぼモブみたいなもんだし…この物語は静観だな」


 呟かれたその言葉は、他の誰にも届かなかった。

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