強欲な大魔術師、魔術が蔑まれている世界に転生する~落ちこぼれと馬鹿にしてくるのなら、俺のカンスト魔力で理解らせます~

鬼柳シン

第1話 強欲の罪ある魔術師

 人は俺を、『強欲の魔術師』と呼ぶ。


 それは一概に、俺は魔術が大好きだからだ。



 封じられた呪文書に綴られている太古の魔術を読み明かすのは大好きだし、魔物たちが使う禁忌の魔術に触れるのだって厭わない。

 人間だろうと魔物だろうと、魔術という一つの概念に通ずるものには心が躍って仕方がないのだ。



 そうやって異端だろうが禁忌だろうが読み漁った。なんなら王城の禁書庫に転移して三日三晩本に目を通しっぱなしだったこともある。素人が作ったスクロールにだって、俺からすればどんな金銀財宝よりも価値がある。



 それだけ魔術を心の底から愛している。愛しているのだが……


 どうやら現存する魔術を全て知ってしまったようだ。

 いくら探しても、すでに知っている魔術しか出てこない。



 一生を魔術の探求に捧げようとしていたというのに、俺は十八歳の時点で捧げ切ってしまったのだ。


 これには困った。王城の禁書庫に転移しても、姿を隠して魔王城に転移しても、知っている魔術しかないのだ。

 その他、エルフの秘境、ドワーフの隠れ里、竜人族の渓谷――どこに行っても知らない魔術がない。



 強欲の魔術師と呼ばれながら、同時に天才だと謳われてきたが、『知らない物を知らない』というのが、こんなにも難問だとは思ってもみなかった。



 いっそのこと死んでやろうか? どうせ死ぬなら未知の魔術をこの身に喰らいながら死にたいとすら思っていたので、本気でそう考えた時だった。



 妙案が浮かんだのである。それは未来へ転生するということだ。


 

 魔術の体系は、数百年規模で大きく変わる。今は当たり前のように使われている魔術も、数百年経てば異端として扱われているかもしれない。



 そうして、代わりに新しく生み出された魔術が使われている。少なくとも、そのような事例は今までの探求の中で幾度も目にしてきた。


 ということで、未来への転生魔術を自らに使うことにした。


 人間と魔王軍との戦い? 今までの功績? そんな物には興味がない。


 今の俺を突き動かすのは、未来という予測のできない世界の新たな魔術だけだ。



永久跳躍エターナルジャンプ



 思い立ったが吉日。というか、思い立った瞬間には高難易度の転生魔術を詠唱していた。


 光に包まれると、意識が朧気になってくる。知識として知っている限りでは、数百年後に誰かの赤子として転生するはずだ。



 もちろん、強欲にして天才と謳われた魔術も魔力も引き継いで転生する。

 仮に魔術が使えなくても、誰にも負けない知識があるから問題はない。



 ただ願うなら、美人の母親から産まれたい。


 だって赤子ということは、母親の母乳を――



 なんて煩悩を最後に、意識は完全に途切れた。




 ####




 目覚めると、若い女性が俺をのぞき込んでいた。ついでに言うと、金髪ブロンドの美人でもある。



 転生が成功したことよりも、煩悩が叶った事への喜びが勝ってしまったのは男の性だろうか。



 しかしだ、どういうわけか俺を見下ろす視線は氷のように冷たいものだった。



 転生した体に、何らかの不備があったのだろうか? まだ産まれて数日といった体の四肢を動かしてみるも、ぎこちないがしっかり動く。どこかが欠損しているだとか、障害があるというわけではなさそうだ。



 では、なぜ生まれて間もない赤子にこんな視線を向けるのか。



「……エレナ様、鑑定の結果が出ました」



 ふと、女性の隣へ祭服姿の男性が歩み寄る。続けるように言った女性へ、再服姿の男性は俺を化け物でも見るような瞳で一瞥してから口にする。



「ギルス坊ちゃまには、非常に強力な魔力が宿っています」



 ギルス。どうやらそれが、この時代の俺の名前らしい。

 しかし強力な魔力? そりゃそうだ。常人じゃ推し量れないほどの魔力を持って生まれるようにしたのだから。



 冒険者ならSS級パーティーから引っ張りだこ。宮廷魔術師なら歴代最年少だって余裕だろう。

 だがどういうわけか、その知らせを聞いたエレナは俺を睨みつけてから、怨嗟の籠った声を出す。



「アンタなんか産むんじゃなかった」



 どういう……ことだ? 優れた魔力を持つことが、なぜそんな台詞に繋がる?



 俺の疑問を口にしようにも、赤子の身では喋ることもできない。転移による負荷もあるのでその手の魔術も使えない。



 そんな抵抗のできない俺へ、母親であるエレナは吐き捨てるように言った。



「地下牢へ連れて行って」



 何を言い出すのかと、必死に手足をバタつかせて抵抗の意思を見せるも、エレナは俺を置いて部屋を出ていった。

 代わりに、メイド服姿の使用人らしき女たちが抵抗のできない俺を荒縄で縛り、冷たい地下牢へと連れて行った。



 縛られ、冷たく暗い地下牢の中へ一人残され、俺はようやく理解する。



 転生に失敗したのだと。




 ####





 数年の月日が流れた。

 今もまだ地下牢にいる。というより、ここが俺の部屋のようなものだ。



 最初こそわけのわからなかった扱いも、この数年間の扱いや言動から理解できた。



 なんでも、この時代では魔術は『魔物の使う闇の術』として忌諱されているのだ。

 そのせいで技術も書物も大幅に失われており、奴隷が雑用や単純労働のために覚える程度にしか許されていない。



 そんな時代が数百年どころか千年単位で過ぎ去ったようで、魔力を持って生まれる子供は生まれながらに嫌われるのが世の常とのこと。


 ほんの少し魔力を宿しているだけで村八分に遭うようで、俺ことギルスの転生によって受け継いだ魔力は、とても人の目の届くところに置いておけないそうだ。



 それにここは、王国の防備を担うエルフェゴール辺境伯爵家。

 下手に俺の存在が露呈しては、辺境伯という立場も危うい。



 そういうわけで、俺は数年間、地下牢に閉じ込められたまま最低限の食事だけを与えられて生きてきた。

 使用人たちは化け物を見るような視線で俺の事を忌み嫌い、母親のエレナは魔物を産んでしまったからと、身を清めるため教会に籠ってしまったと聞く。



 しかしなによりの問題が、父親にしてエルフェゴール辺境伯爵家当主ライゴウと、歳の離れた兄であるスケルツたちだった。



 まるで憂さ晴らしのようにやって来ては、地下牢の外からゴミを見るような目を向けてくる。


「このクズが、貴様が生まれたせいでエレナはもう子供は作らんと怯えているのだぞ」



 ライゴウがそう言えば、兄であるスケルツが俺を嘲笑うように馬鹿にしてから、心配ないと口にする。



「大丈夫ですよ父上、今に僕が貴族の令嬢でも嫁にして家を継ぎますから。その時には、こんな忌み子なんて首をはねてやりますよ」



 それを聞き、ライゴウは少しだけ満足げに頷いた。



「そうだな。お前は我がエルフェゴール家に相応しい『祈祷』が使え、剣術にも優れている。このクズを牢の外に出しても、お前なら殺すことが出来るだろう」



 『祈祷』とは、この時代で独自の発展を遂げた魔術とよく似た力だ。


 違いと言えば、神が人間に施した聖なる力だとか呼ばれているそうで、対魔の力として戦う者には生まれながらに備わっているという。



「なんなら今やっちゃいましょうか? もう僕は十分に強いですし、ちょっと魔力が多いだけの相手なら楽勝ですよ?」

「いや、このクズは生まれてきた事を後悔させるまで地下牢に留めさせるのだ。殺してくれと泣き叫ぶまでな」

「いいですねぇ、それ。ならその時手を下す役割はお任せください。僕にも”魔物を殺した剣士”として拍が付きますから」



 などと、俺が何も言い返さないから好き勝手言っている。俺はというと、ただ黙っているだけだ。直接的な危害を加えないなら、別に言葉を交わす必要もない。



 とにかく二人が飽きるのを待って、使用人も誰も来なくなるまでひたすら待つ。



 それから、はぁぁぁぁ……と、深い溜息を吐き出すのだ。



「人が黙っていれば好き勝手言いやがって……悪趣味な連中だ」



 それまで暗い顔をして押し黙っていた演技をやめ、立ち上がり体を伸ばす。

 それから鉄格子に触れ、肩をすくめた。



「こんな物で俺を封じたつもりかよ……幻壁突破ファントムスルー



 単純に遮蔽物をすり抜ける低級魔術を唱えると、俺は鉄格子の先へと出ていった。



「ついでに誰か来ても面倒だしなぁ……虚影錬成ミラージュクラフト



 今度は鉄格子の中に自らの幻影を生み出しておく。この時代は魔術が廃れたせいで、魔力感知も鈍っているので、バレることはないだろう。



 そう、俺からしたらこんな鉄格子などなんの障害にもならない。

 今まで鉄格子の中でジッと黙っていたのは、面倒なイザコザを防ぐためだ。



 まぁ下手に言い返して「処刑だ!」とか言われても、簡単に対処は出来る。

 食事を抜かれても屋敷内のどこかに転移して調達すればいいし、暴力を受けたら防御魔術を使えばいい。



 この時代の連中は、俺が魔術を使ったことにすら一切気づかないだろう。



 それだけ、この時代の魔術は廃れていた。それは非常に残念だし、最初こそは転生に失敗したと後悔したものだ。



 しかし今は、この時代に転生出来て良かったと思っている。

 

 なんなら、この家に生まれたのも運が良かったとすら思える。



転移テレポート



 唱え、エルフェゴール辺境伯家の書庫へ。



 流石は国の防備を担うだけあり、人間の外敵である魔物に関する書物が多い。



 それはつまり、魔力を操る連中の書物が非常に多いに等しいのだ。



 なんと千年単位で時間が経過していたので、俺の知らない魔術を魔物が生み出しまくっていた。



 更に俺のいた時代でも魔物を率いていた魔王も健在ときて、魔術は非常に進歩していたのだ。


 更に更に、だ。



「この祈祷とかいう力……明らかに魔術と関係があるよな」



 人間が魔物と戦うための力なわけだが、書物で読む限りでは俺の知る魔術と似通ったところが多い。


 しかし、明確に違う。この目で祈祷を見たことがないが断言できる。

 祈祷と魔術は似ているが明らかに違うのだ。


 非常に興味深いが、今の俺は忌み子として囚われの身。



 それにこの時代についてまだ調べ切っていないので、勝手に出て行けても生きていけるかまでは分からない。


 なにより、まだ読みたい書物は沢山ある。



 つまりは、出ていくにしても辺境伯爵家のような環境でありながら、生活が保障される場所に行かなければならないのだが……



 そんなうまい話はない。諦めて続きを読もうとした時、使用人たちが書庫へとやってきた。


 一々戻るのが面倒なので『透明化ハイド』の魔術を使って続きに目を通していたら、使用人たちの話し声が聞こえてきた。



 それを聞き、俺は思わず幸運度でも上がったのかと自らに掛かっているバフを確認するほどだった。


 

 ####




 『対魔王軍との戦いのため、各貴族は剣術と祈祷に優れた者を一人王都の騎士団に送る』



 それが長年に及ぶ魔王軍との戦いに業を煮やした国王が各貴族に出したお触れだ。

 そして、辺境伯爵家であるエルフェゴール家には王都から直々に監査役が来るとのこと。



「父上、行ってまいります」

「うむ、頼んだぞ」



 エルフェゴール家は当然、俺がいない者扱いなので、兄のスケルツが行くことになる。



 ライゴウからしても、スケルツからしても、王都で武力に長けた貴族と繋がりが持てるのはプラスでしかなく、国王からしても辺境伯家に跡取りがいないままというわけにもいかないので、スケルツが良い相手を見つけたら適当な理由を付けて戻すだろう。



 そういったことは織り込み済みで、監査役の前で剣術と祈祷を披露するという時、「ちょっと待ったぁ!」と声を張り上げる。


 そして『透明化ハイド』を解き、監査役と父と兄のいる広場に躍り出た。



「なっ、貴様がなぜ!?」



 狼狽えるライゴウに、監査役はフム、と考えるそぶりを見せてから、跡取りは一人しかいないはずだがと父に問いかけた。


 言葉に詰まるライゴウだが、俺は言ってやる。



「俺があまりに天才すぎるんで、どうしてもこの家に置いておきたかったんですよ。騎士団に行くのは落ちこぼれの兄で十分ですからね」

「き、貴様! 王都からの使者を前に、何を言うか!」



 荒ぶるライゴウだが、もう一人、落ちこぼれ呼ばわりされて怒り顔のスケルツが俺を睨んだ。

 だが声を荒げることはなく、監査役と俺とを見比べてから口を開く。



「落ちこぼれ? いったい誰のことかな? ああそうか! 魔力持ちの愚弟のことかな?」



 魔力持ち。それを聞いた監査役は俺を見る目を変えた。

 この時代では魔物たちが持つ力という認識が強いので当然なのだが、俺はフッと笑ってやる。



「言葉を返すようですが、魔力持ちとは誰のことでしょう?」

「なに?」

「だって、この俺は祈祷を使わせたらエルフェゴール家でも歴代一位の天才って父上も仰っているではないですか」



 ねぇ? とライゴウを見れば、下手なことが言えずに黙ってしまっている。


 いい気味だ、と思いつつ、武器庫から持ってきた木剣をスケルツに向けた。



「丁度監査役もいることですし、証明してみせますよ。それともお逃げになられますか? 俺としては、それをお勧めしますがね」



 平静を保っていたスケルツも、ここまで馬鹿にされると限界のようだ。受けて立つと木剣を構える。


 監査役も想定外とはいえ本来の仕事に準じるようだ。見届け、勝った方を王都の騎士団へ連れて行くと宣言した。



 準備は整った。さて、



「どこからでもかかって来てください。兄上程度の剣術と祈祷でしたら、どうとでもなりますから」

「さっきから言わせておけば……!」



 スケルツは祈祷の一つ、「エンチャント」を体に施した。やはり目にすると、似たような身体強化の魔術とは違う。

 しかし発現する能力はほぼ同じで、身体能力の底上げを行うシンプルなものだ。



 あっと言う間に距離を詰めて木剣を振り上げたスケルツだったが、俺は聞こえないよう小さな声で唱える。



反射結界ミラーガード


 次の瞬間、俺の頭に木剣を振り下ろしたスケルツは悲鳴を上げた。



「あ、頭がぁ……!!」


 スケルツは俺に振り下ろした木剣を手放し、自らの頭を抑えてのけ反った。

 俺はと言えば、木剣が頭に叩きつけられたが平然としている。


「どうしました? まさかミラーガードの祈祷をお忘れですか?」

「ミ……ミラーガード!? なんでお前が攻撃を跳ね返す高等な祈祷を……いや、なぜお前が祈祷を使えるんだ!」

「だから言ったでしょう? 天才だって」



 そう、俺は天才だ。それは何も、魔術に優れるからだけではない。幼い頃からどんな事でも多少本を読めば出来た。


 今回も、書庫で読み漁った祈祷に関する書物から、魔力をどうコントロールすれば祈祷へと変化するのか計算させてもらった。

 スケルツを相手に検証させてもらったが、どうやら成功のようだ。



 しかし魔術を学びに転生した俺がなぜそんな事をしたのか。それも簡単だ。


 俺が誰よりも、強欲だからだ。



 未来の世界で発達した未知の力である祈祷すらも全てこの頭に叩き込み、手足のように使いたい。なにせ魔術とよく似ているのだ。とてつもなく興味がある。


 そのために、鬱憤晴らしもかねて試させてもらっているのだ。



「では、防御に使う祈祷の次は攻撃なわけですが……ふむ」



 どれにするか。ニタァと笑いながらスケルツに迫り、覚えている限りの攻撃祈祷を試させてもらった。




 ####




 スケルツをボロボロにした後、当然ながら王都の騎士団行きが決まった。

 今まで散々な扱いをしてきたエルフェゴール家にも何かしらやり返したいが、今の俺の頭を占めるのは、ただ一つだ。



「王都なら、この屋敷以上に未来について学べる!」



 そのために監査役の前で戦って見せたのだ。王都なら魔術だけではなく、魔術と酷似する祈祷や、千年以上経っても未だに生きている魔王の存在――この天才にして強欲な魔術師の知的好奇心をくすぐるものが沢山ある。



 ライゴウを脅しに脅して用意させた旅装に着替え、王都の騎士団が用意した馬車へと向かう。



 最初こそは失敗したと思っていた転生だったが、大当たりだったかもしれない。

 それを確かめるために、天才にして強欲の魔術師は未来の世界という大海原へ漕ぎだしていった。



【作者からのお願い】

最後までお読みいただきありがとうございました!!


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また、現在投稿中の長編

「ダンジョンで勇者に裏切られた剣聖は、地の底でエルフの少女と出会う~ヤンデレと化したエルフに溺愛されながら、勇者への復讐をやり遂げてド派手に「ざまぁ」します~」もよろしくお願いします。

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