辺境に舞い降りた天使や女神たちと営む農村暮らし ～『お前はもう必要ない』と言われて殺されそうになったので、異国の地でスローライフすることにした

女難の相その２『触るなとか触ってとか何を言ってるんだ？』１

　よくわからないまま絡まれ、よくわからないまま、ようやく娘たちから解放されたグレアムは、溜息を吐いてから店の奥へと歩き始めた。

　このレンジャーギルドは入ってすぐのところが待合所兼酒場となっており、そこに丸テーブルが六つ設置されている。

　そこをこの店に来た冒険者や狩人たちが仲間と落ち合う場所に使ったり、食事をしたりといった用途に使う。

　対して、店の奥半分は本来の業務であるレンジャーギルドの敷地となっている。

　左右の壁に掲示板が設けられ、最奥部には平台のカウンターが設置されている。

　その中で、ギルド嬢がやってきた冒険者や狩人たちの相手をする。

　それが本来の業務だ。

　業務内容は至って簡単。

　村としては小規模から中規模に当たるこのカラール村の住人から寄せられた雑用を始め、魔獣の駆除や野生動物の狩猟などの仕事を斡旋し、報酬を渡す。

　場合によってはギルドが持っている情報を無料、もしくは有料で教えることもある。

　そういった公共機関である。

　グレアムもかつては冒険者として名を馳せていたが、聖騎士に召されて以降は冒険者を引退し資格を剥奪されていたので、数年前までは冒険者ではなかった。

　ただのさすらい人として中央大陸を彷徨い歩き、その果てにここへと辿り着いたのだ。

　以降、ただのグレアムとしてこの村に腰を据え、なんでも屋である冒険者として再出発を果たしたというわけだ。

「やぁ、マルレーネ。さっきは助かった。ありがとう」

　食事を取る前にまずは挨拶がてら仕事の話でもしようと思って、グレアムはレーネと呼ばれているマルレーネ・スファイルへと近寄っていった。

　奥のカウンター前で彼が近寄ってくるのを待っていたらしい彼女は、にっこりと微笑みながら、すぐ目の前で立ち止まったグレアムに「おはようございます」と挨拶を返した。

　そのときに軽く小首を傾げたせいか、腰まで伸ばされたゆる巻き金髪がふわりと舞った。

　彼女は他のギルド嬢たちと同じような制服を身に付けているせいか、大きな胸がより一層強調されているように見える。

　胸元が大きく開いた半袖ブラウスと、腹回りだけを覆ってヒモで締める形となっている赤や紺のチェック柄ベスト。そして、そのベストにフックで引っかけるようにして履かれている、同じような色合いのくるぶし丈ロングスカート。

　そういった出で立ちをしている。

　だからだろう。ベストによって押し上げられた胸が、必要以上に大きく見えた。

　そんな見た目をした十九歳のマルレーネは、ニコニコしながら「早速で申し訳ありませんが、今からお説教いたします」と、いきなりおかしなことを言い始めたのである。

　どうやら本日二度目の女（・）難（・）の（・）相（・）の（・）幕（・）開（・）け（・）らしい。

「は？　説教？　どういうことだ？」

　まるで心当たりがないのに、いきなり説教されるとか意味不明だった。

　グレアムは心の中で、「ふざけるなよ、ライラ。お前が変なこと言うからだぞ？」と文句を言ったが、当然、占師には聞こえないし、眼前の女子にも伝わらない。

　村長の娘でありギルドの支部長でもある彼女は、問答無用で勝手に話し始めた。

「いいですか、グレアムさん」

「……はい」

「私も立場上、いろいろ言わないといけませんので、少しだけ言っておきます」

　そう前置きして続けた。

「まず一つ目は、リクのスカート云々のことです。キャシーたちはああ言っていましたが、あれはリク個人の問題ですし、私含めた孤児院の運営に携わっている人間の監督不行き届きが原因でもありますから、とりあえずグレアムさんに罪はありません。ですので、こちらに関してはあまり気になさらないでください」

　静かに告げる彼女の台詞をグレアムは黙って聞いていた。マルレーネはギルドの支部長という立場にありながらも、孤児院の運営にも関わっているような女性だった。

「ですが、私が以前から気になっていたのは挨拶の仕方です。それが二つ目になります」

「ん？　挨拶？」

「はい。結構皆さん、挨拶されるときに普通に肩叩いたりしますよね？」

「あぁ、そうだな。仲いい相手なら普通に男女関係なくそうするよな。場合によっては肩組み合ったりもするしな」

　グレアムだけでなく、この村の人間は大抵みんな、そんな感じで気さくに声をかけ合ったりする。

　気位の高い貴族社会や富裕層では、さすがに他人との気さくな馴れ合いなどは行わないが、下町や辺境ではよくあることだ。

　そしてその典型的とも言える例が、まさしく、グレアムの故郷だった。

　聖教国の片田舎にある彼の故郷では、なぜか、朝会ったら男女関係なく、尻を叩きながら挨拶するというおかしな風習が根付いていたのだ。

　そのせいで、彼は故郷を旅立ったあと、都会に出てからあまりの文化に違いに何度も驚愕させられることになった。

　それまで故郷の村のアレが当たり前だと思って育ってきたから、ついつい都会でもそのつもりで挨拶してしまい、何度大目玉食らったことか。

　以来、尻叩きなどはいっさいやっていないが、それでも、最初の頃は結構、癖で何度もやらかしてしまったが。

「グレアムさん」

「ん？」

「あまり気に病むことではないのかもしれませんが、今後もしものことがあるといけませんので、一応前もって対策しておきたいんです」

　彼女はそう言い、続けた。

「とりあえず、私も気さくに挨拶するのはとてもいい傾向にあると思います。皆さん気軽に人付き合いしていて、心が通じ合っている証拠ですから。ですが、他の方々はどうでもいいのですが、グレアムさんだけは私（・）以（・）外（・）の（・）女（・）性（・）には気安く触らないでください」

「……へ？」

　なんだか目の前の女の子が突然、意味不明なことを言い出したような気がして、グレアムはぽかんとしてしまった。

　しかし、彼のそんな困惑など露知らず、彼女は「いいですか？」と続けるのだった。