女難の相その1『ギルド嬢に絡まれる脳天気男』2




(なんだか嫌な予感しかしないんだがな?)


 そう思いつつも三人を見つめる。


 一人は腰までの長いゆる巻き金髪が特徴の娘で、名をキャシー・エルグランツという。現在二十四歳の色っぽい女性だ。切れ長の碧眼はやや吊り目がちで、顔が整っているから結構な美人なのだが、なんせ気が短い。いつもツンケンしている印象を受ける。


 もう一人は肩までの茶髪と茶色の瞳が特徴のエリサ・マクラーレン。こちらも冷たい印象を受ける二十三歳のキレイな娘だが、キャシーと違って表情がころころ変わるので、結構愛想がいいと噂だ。


 最後の一人は脇の下までの赤髪に赤い瞳といった見た目の十六歳の少女。リーザ・ラズウェルという名前で、二人のギルド嬢がキレイ系なのに対して、こちらは愛らしい感じの美少女だった。わざとやっているのか無意識なのかわからないが、男性客に対して甘ったるい声を出すことが多い。しかも結構なドジっ子属性を併せ持っている女の子だった。


 そして、そんな三者三様な女の子たちが、グレアムに対してだけはなぜか手厳しかったりする。


 ギルドに顔を出すたびに、ほとんど毎日のように何かしらいちゃもん付けてくるので、グレアムはもはやそういうものだと割り切って対応していた。


 そんなわけで、皆一様に眉を吊り上げ詰め寄ってきた彼女たちを見て、軽く溜息を吐きながらも、いつも通り冷静に対応した。


「相変わらずだな、お前たちは。今度はなんの騒ぎだ?」

「決まってるじゃないのよっ」


 少しやんちゃな感じの薄化粧した強面美人ギルド嬢キャシーが、グレアムの肩を掴んで揺さぶり始めた。

 それを近くで見ていた男たちが顔面蒼白となる。


「やっべぇ……」

「避難しとかねぇと、とばっちり食らうぞ……」


 大慌てで壁へと逃げていく男たち。それが合図となった。


「あんたがリクに変なことばっかり教えるから、勘違いしたあいつが私たちのスカートめくるようになったんじゃないのよっ」

「そうよっ。グレアムさんが全部悪いわ!」

「反省してください! メっ、ですよ!」


 あっという間に娘たちに囲まれ、もみくちゃにされてしまった。


 グレアムは下から睨み付けてくる娘たちに「なんだかなぁ」と思いつつも、毎度のことながら、彼女たちの訴えが意味不明過ぎて、酷く困惑してしまった。


「相変わらず言ってる意味がよくわからんが、さっきからなんの話をしてるんだ? 俺にはさっぱり心当たりがないぞ?」


 小首を傾げながらきょとんとしていると、


「心当たりがないですって!? よくもまぁぬけぬけと!」


 キャシーのキンキン声があまりにもうるさかったため、思わず顔をしかめてしまった。


 グレアムは「参ったなぁ」と少しだけ天を仰いだ。


「よくわからんが、俺は別にリクに変なこと教えた覚えなんかないんだけどなぁ……」


 呟くように言いながらも、この村に来てから今に至るまでにあった記憶を軽く漁ってみたものの、グレアムには思い当たる節はまるで見られなかった。


 あの孤児院で暮らしている悪戯小僧にはこれまでにも何度か、聖教国にいた頃の話や共和国での話、旅の最中にあったことなどを面白おかしく話して聞かせてやったことがあるが、これといってスカートめくりに繋がりそうな話などした覚えはなかった。


(おっかしいなぁ……俺、なんか言ったか?)


 リクがよく目をキラキラ輝かせながら熱心に聞いていた話といえば、冒険話ばかりだ。


 冒険者時代の武勇伝や、最高ランク冒険者だったグレアムによる死闘にすらならない一方的な野盗蹂躙話も、心の底から楽しそうに聞いていた。


 リクは、狩人をしていた両親が数年前、狩猟の最中に魔獣と呼ばれる獰猛な生き物に襲われ亡くなってしまっているため、それ以来、ずっと孤児院暮らしとなっている。おそらく、そういった経緯があったから、やたらと武勇伝ばかり聞きたがるのだろう。まるで親の仇でも取ろうとするかのように。


「おいらも強くてかっけぇ大人になるんだっ」


 それが、彼の口癖だった。まぁ、やってることはまるっきり真逆なわけだが。


 そんなわけで、グレアムが彼にスカートめくりもどきの話など、するはずがないのだ。しかし――


「……ぁあ~……だけどそういえば、確か昔、世界中にはいろんな民俗文化があるって話をしてやったことがあったような気もするな」


 武勇伝ばかりでは教養が身につかないだろうという、いっぱしの思いやりからだった。


「昔、俺が旅してたときに、どっかの地方だったか? そこではスカートのすそはたいて挨拶する文化があるみたいだぞ? とかは言ったことがあったような気がするな……?」


 昔を懐かしむような顔をするグレアム。


 共和国の田舎の方では、結構面白い文化や風習が根付いていることが多い。スカートの挨拶もその一つで、その地方では男女ともにスカートを履いて裾叩きすることが通例となっていた。


 他にも朝顔を合わせると、ステップ踏んでそのまま踊り狂う時間になってしまう陽気な村落まである。


 共和国ではないが、グレアムの故郷でも、耳を疑うようなおかしな風習があったりもするが。


(懐かしいな。いろんな場所行ったが、やはり旅はいいものだな)


 今の状況を完全に忘れてのんきに物思いに耽っていると、それを見た三人娘の怒りがいよいよもって頂点に達してしまった。


「――それよっ」

「え?」


 どうやら、先程何気なく呟いた一言が余分だったらしい。


「あんたがリクにスカートのこと話したから、あいつが勘違いしてスカートめくってくるようになったんじゃないのよっ」

「……は? ……いやいやいや、まさか、スカート叩きをスカートめくりと勘違いしたってことか?」

「そうよっ。そうに決まってるわっ」


 相変わらず興奮して息巻いている三人に、グレアムは理解が追い付かなくなってしまった。


(そんな勘違いの仕方ってあるか? ていうか、これって、俺が悪いんじゃなくて勘違いしたリクが悪いんじゃないのか?)


 相変わらず納得できずに首を傾げていると、そんなグレアムたちの元へと、店の奥から一人の娘が近寄ってきた。


「はいはい。そこまでにしてくださいねぇ。これ以上揉めると、営業に支障をきたしますから」


 そう言って両手をパンパン叩いた彼女に、グレアム含めて娘たちが一斉に視線を向けた。


「レーネっ。あんた支部長でしょ!? こいつをどうにかしなさいよっ。このままだと、第二第三のリクが出てくるわよっ」

「わかってますから。とにかくみんな、業務に戻ってくださいね」


 レーネと呼ばれた娘はにっこりと微笑んでから、再び店の奥にあるレンジャーギルドの窓口辺りへと戻っていった。


 娘たちは面白くなさそうにしながらも、一人、また一人とグレアムから離れていく。


 真正面に立っていた強面の美人ギルド嬢だけは物言いたそうに、しばらくの間ギロリと睨み付けていたが、きょとんとしていたグレアムに堪忍袋の緒が切れたのか、身体からだが密着するぐらいに詰め寄ってきた。


「ねぇ……あんた、今度おかしなこと吹き込んだら、ただじゃおかないんだからね?」

「え?」

「だ、だからぁ……って言ってるのよっ……」


 最後の方はどこかも、消え入りそうな声でそう呟き、去っていった。そんな彼女を見送りながら、


(……責任って……なんだ?)


 照れたような顔色を浮かべていたキャシーの発した言葉の意味が理解できず、グレアムは一人ぽか~んとしていたのだが、


(あ……ていうかこれって、ライラの言ったこと、微妙に全部当たってないか……?)


 ギルドに来る前に立ち寄った占師の言葉が脳裏をよぎり、思わず窒息しかかるグレアムだった。

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