女難の相その1『ギルド嬢に絡まれる脳天気男』1




 今年のグラーツ公国南部は好天が続いている。国土の大半が草原などの未開拓地域だが、それ以外はどこの地方も農村地帯が広がっている。


 緯度の関係で冬場は比較的寒冷となるものの、夏場はそれなりに過ごしやすい。それでも、真夏にもなれば、外に出ると汗だくとなる。


 そんな季節がもう間もなくやってくることだろう。


 今日も雲一つない青空は、この南部地方に穏やかな微風を運んでくれている。


 そんな場所にあるこのカラール村という村落は、とてものどかでいい村だった――それなのにである。


 現在、村にあるレンジャーギルド兼酒場内では、そこら中から若い娘の悲鳴が上がっていた。


「そぉ~れっ、それそれそれ~~!」

「きゃぁぁ~~!」

「ぃやぁ~んっ」

「こぉのっ、クソガキがぁっ」


 年端もいかない少年が、酒場の給仕を務めている女性ギルド職員のスカートを次から次へとめくっては、ぶち切れた彼女たちに追いかけ回されていた。


「いいぞ、リク! もっとやっちまえっ」

「うけけ。今日も朝っぱらから、いいもん拝ませてもらったぜ」


 ギルドの待合所として機能しているこの酒場で、朝から飲んだくれていた冒険者や狩人たちがゲラゲラ笑い始めた。


 たまらず、娘たちのターゲットが丸テーブル席についていた男たちへと切り替わる。


「あんたたち! 毎度毎度バカなことばっか言ってないで、ちゃんと仕事しなさいよっ」

「そうよっ。スカートめくられる、私たちの身にもなってみなさいよっ」

「ううぅ。もうお嫁に行けない……」


 恥じらいなのか怒りなのか、顔を赤くして拳を頭上に掲げる娘もいれば、両手で顔を覆ってしゃがみ込んでしまう少女もいた。


 詰め寄られた男たちは顔を引きつらせる。


「そ、そんなこと言ったって、俺たちがめくったわけじゃないだろう? 文句あるならリクに言えよ」

「そうだぞ。ていうか、そもそもの原因は、にあるんだろうがよ」


 身振り手振りで無実を主張する男たち。その甲斐あってか、娘たちの怒りが多少鎮まる。上げられていた拳が下げられ、腰に手を置く形となった。


「ともかくっ。今度リクと同じような態度取ったら、あんたたち全員、出禁にするからねっ」

「わ、わかったって。だからそんなに怒るなよ」


 ひたすら苦笑するしかない男たちに、ギルド嬢たちがこぞって舌打ちした。


 しかし、そんな彼らを尻目に、性懲りもなく、忍び足で彼女たちの背後に歩み寄っていた悪戯小僧が、再度、くるぶし丈のスカートをめくり上げた。


「秘技、二人同時めくり!」


 跳ね上がる布きれと、大気に晒される御御足おみあし。そして、娘たちの悲鳴と怒号。


「きゃっ……」

「このクソガキっ。もう許さないわよっ」

「や~いっ。ここまでおいでぇ~だっ」


 やや目尻が上がった強面美人ギルド嬢が激怒して少年を取っ捕まえようとするも、逃げ足の速い彼は一目散に店の外へと飛び出していってしまった。


「待ちなさぁ~いっ」


 そんな彼を追いかけ、ギルド嬢たちまで店の外へと出ていってしまう。


 たちまちのうちに、店内からは給仕を務める者が誰もいなくなってしまった。


「なんだかなぁ……毎度毎度、騒がしいこって」

「だが、リクのお陰で……」


 荒くれ者二人は顔をつきあわせてニヤニヤし始めた。しかし、それも長くは続かない。


 なぜなら、一人の青年が扉を開けてギルド内へと入ってきたからだ。


 暗蒼色あんそうしよくの髪と瞳をした、精悍せいかんな顔つきの男。


 そんな彼の姿を認めた男たちは全員、深い溜息を吐くのであった。




◇◆◇




「お前ら、そんな顔してどうしたんだ?」


 村の南居住地区にあるライラの占い小屋からまっすぐここまで歩いてきたグレアム・ヴァレン・アラニスは、気まずそうにする男たちの態度にきょとんとした。


 男たちはテーブルに肘をつき、


「どうしたじゃねぇよ。おめぇのせいで、危うくとばっちり食らうとこだったんだからな」

「そうだぞ? たくっ。グレアムがリクにおかしなこと吹き込むからだろうがよ」

「おかしなこと? 俺、リクに何か言ったか?」


 グレアムは、悪戯小僧として知られる孤児院の六歳児の姿を思い浮かべたが、いまいちピンとこなかった――


 あの日――生まれ故郷である聖教国を追われ、方々を転々としながらこの村へと辿り着き、定住するようになってから既に五年近くが経とうとしていた。


 ここへと逃れてくるまでの一年間は、追手の目をかいくぐりながらの逃避行生活を余儀なくされた。しかし、グラーツ公国に入ってからはいろんな理由からそれもなくなり、晴れて自由の身となった。


 もしかしたら一時的な平穏かもしれないが、それでもここでなら過去を気にせず骨を埋められるかもしれない。そう思って、グレアムはこのカラール村に定住することにしたのだ。


 今から五年も前の話である。


 以来、『なんでも屋』として、村の仕事や生産職人クラフターの仕事などをこなしながら、平凡な日常生活を送っている。


 朝っぱらからこうして酒場に顔を出したのも、単に朝飯を食うためであり、他意はない。


 そんなわけで、五年間もただの村人として脳天気にこの村で生活してきたため、話題に上がっているあの少年ともすっかり顔馴染みとなっていた。


 しかし、何度思い返してみても、リクに変なことを吹き込んだ覚えなど、欠片もなかった。


「はて?」


 ひとしきり腕組みしながら小首を傾げていると、いつの間に現れたのか。突然、数名の女性たちが後方ににょきっと生え、甲高かんだかい叫び声を響かせた。


「あぁぁ~~~! グレアムっ。あんた、いい根性してんじゃないっ。よくもまぁ私たちの前に顔を出せたわねっ」

「ん? ……げ、か」


 グレアムは突然店内に湧いた娘たちへ振り返って、「うへ」という顔をした。


 お騒がせトリオとして知られている、美人ギルド嬢たちが店の出入口付近に立っていたからだ。

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