聖都を脱出する元剣聖
室内には、門を守っていたはずの衛兵の遺体まで無数に転がっていた。
いずれも鋭利な刃で鎧ごと切り裂かれ絶命している。
(いったい、何があったと言うんだ……?)
呆然としかかるも、すぐに我に返って扉の開閉装置を起動させ、外に飛び出した。
遺体の側に長時間いれば、間違いなく自分が殺したと疑われかねない。
ただでさえ重犯罪者に仕立て上げられているというのに、これ以上罪を重ねたとあっては誰も無実を信じてはくれないだろう。
(……何があったか知らないが、おそらくこれも俺をはめるための罠だったということか)
依然、周囲に大勢の衛兵たちが潜んでいる気配はない。ここさえ切り抜ければあとは自由が待っている。
グレアムは一瞬迷ったものの覚悟を決め、魔法制御されている扉の鍵が完全に解錠されたことを確認すると、勢いよく外に飛び出した。
そしてそのまま、街道沿いに南の平原を駆け抜けようとしたときだった。
後方上空から鋭い殺気を感じ、大きく横に飛び退いた。
先程まで立っていた地面には短剣が一本、突き刺さっている。
「……やはり罠だったか」
低く呟き、後方を振り返った。
視線の先、高い城壁の上に、
黒い外套を着た背の高い人間が一人。男か女か始めわからなかったが、
「久しいな、グレアム・ヴァレン・アラニス」
さびを含んだ男の声が闇夜に木霊する。
グレアムはその声を聞いただけで、相手が誰なのか瞬時に悟って腰の剣を引き抜いていた。
「貴様はキルリッヒっ。やはり、今回の件にも貴様が絡んでいたということか!」
「今回も、だと? 何をバカげたことを。俺は何もしてはいないさ――この件に関してはな」
キルリッヒと呼ばれた男はそう発し、城壁から飛び降りると地面に着地した。
被っていたフードが風に煽られ、肩までの灰髪が外気に晒される。
「グレアム。わかっているとは思うが、お前は少しばかりやり過ぎたのだ。俺は以前、忠告したはずだぞ? お前だけでなく、当然、
「黙れっ。エミリーを殺した張本人が何をぬけぬけと! すべて貴様が仕組んだことだろう!」
「仕組んだ? 俺がか? ……ハッ。何をバカバカしい。そのような下らないことをして、この俺にいったいなんの特があるというのだ? ただの肉塊ごとき女に弄する策など持ち合わせてはおらんよ――だがまぁそれでも、敢えてこの国風に言うのであれば、あの女が死んだのはすべて、神の御心のままに、ということになるのだろうがな」
「ふざけるなっ」
挑発するように肩をすくめたキルリッヒに、グレアムは激情に駆られて絶叫した。そしてそのまま、長剣を正眼に構える。
「これ以上の問答は必要ない。剣を抜け、キルリッヒ! エミリーの仇だっ。今ここで貴様に引導をくれてやる!」
「いいのか? こんなところでこんなことをしていて?」
「なに?」
「お前は追われる身だろう? せっかく逃げやすいように衛兵どもを皆殺しにしてやったというのに、俺の苦労を無駄にするつもりか?」
「貴様……あれはお前の仕業だったということか――いったい、何を企んでいる……!」
一定の距離を保ったまま、油断なくキルリッヒの動きを注視するが、目の前の男は相変わらず人を小馬鹿にしたような態度を崩すことはなかった。
「別に、何も企んでなどおらんよ。ただ、ここでお前に死なれてはつまらないだけだ」
「なんだと……?」
「わからんか? 見逃してやると言っているのだ。どこへなりとも行くがいい。そして、
キルリッヒはそこまで言ってニヤ~っと笑った。
そんなところへ、城壁の内側から大勢の人間が発する怒号が聞こえてくる。
グレアムは奥歯を噛みしめた。腸が煮えくり返る思いとなりつつも、復讐心を堪えて剣の切っ先を眼前の男へ突きつけた。
「この場は引く! だが、いずれ必ず、貴様をこの手で血祭りに上げてやる。必ずだっ。あいつの仇を討つためにな!」
そう宣言するや否や、グレアムは
一方、一人残ったキルリッヒだが、すぐさま音もなく背後に人の気配が湧いた。
「よろしかったのですか? 奴を逃がしてしまわれて」
「……気にするな。今はまだ、あいつは泳がせておく。利用価値があるからな」
「御意に」
背後に現れた黒い影は、現出したとき同様、音もなく消えた。
そこへ、遅ればせながらグレアムを追っていた衛兵や騎士が数名現れる。
「これはキルリッヒ殿ではありませんか。こちら側に大罪人が逃亡していったという話を聞いて参上しましたが、姿を見ませんでしたか?」
キルリッヒはそこで初めて後ろを振り返った。
「いや、こちら側では見ていないな。野盗まがいのネズミが一匹、衛兵を殺して逃げていったと知らせが届いたからきてみたが、どうやら既に逃亡したあとだったようだ」
「そうでしたか……」
無表情で告げるキルリッヒに、衛兵は苦虫をかみ潰したような表情を浮かべる。
「本当に忌々しいクソ野郎だ。いったいどこへ逃げやがったっ……。あれだけ教皇様たちから絶大な恩寵を賜ったというのに、冒険者たちを使ってこの国を滅ぼそうとするなど、言語道断だっ。ましてや、教皇様を暗殺しようなどと……!」
衛兵はひたすら毒を吐いたあと、キルリッヒに敬礼してから街へ戻っていった。
それを見送る形となった彼は、
「……所詮は犬畜生の類いよ」
一人、口元に笑みを浮かべた。
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