【第零話】 濡れ衣と暗殺未遂

序文




 そのおじさんは集中治療室へと運ばれていった。

 既に彼に意識はない。

 死の淵に立たされている。

 もう間もなく、彼にはお迎えがやってくることだろう。


 生前、おじさんはやり残したことがいっぱいあったような気がする。

 だけれど、精一杯、生きた。

 意識を失う前、最後に残っていた唯一の心残りもなんとか解消できた。

 だからもはや、後悔はない。


 彼はゆっくりと呼吸を止めていき、やがて生命の息吹を完全に喪失していった。

 もはやそこにあるのは、ただ冷たくなっていく肉体からだだけ。

 彼の魂がその、どこへ飛んで行ったのかは誰にもわからない。


 けれど、立ち会った彼女むすめは心の底からこう思った。

 来世こそはきっと、素敵な人生を歩めますようにと、涙を浮かべながら。




  ~ ~ ~




 ねぇ、あなたは運命って信じる?

 運命? 運命かぁ。


 もし、もしもよ? 前世で自分のことを救ってくれた人がいて、その人ともう一度こうやって出会えたとしたら、あなたは嬉しくない?


 ん~そうね。かもしれないけれど、でも、そんなことってあり得るのかしら?


 わからない。だけれど、もし会えたらちゃんとお礼を言いたいの。私を救ってくれたあの人に、今度こそしっかりと。


 ……そっか。うん。そうだね。前世でも今生でも再び出会えるような運命があったら、それもいいかもしれないわね。私もあれがもし前世の記憶か何かで、その中に出てくるあの子が自分だったなら、会ってみたいって思える人がいるし。


 誰?

 ふふ。内緒。



 微笑み合う二人に他の娘たちも会話に割り込む。



 あ~……私も会ってみたい人がいるかも。

 私も~。

 そして、その人があの人だったらいいなって思ってる。

 ふふ。考えることはみんな一緒ってわけね。



 彼女たちはそう言って、クスクスと笑い合った。

 辺境の小さな村の一角にある、小綺麗な酒場の隅っこで。

 互いの友情を確かめ合うかのように、個性溢れる女神たちのような愛らしい表情を浮かべながら。


 今日も初夏の日差しが片田舎の農村を明るく照らしている。

 時折吹く涼しげな微風に包まれながらも、いつものように、平穏な一日が始まろうとしていた。

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