1-6.あなたはどこから来たの?
自警団員たちと一緒に村に戻ったグレアムは、賊どもの処理はすべて彼らに任せ、自身はラフィを伴い東門通りを通って中央広場へと向かうことにした。
賊どもはこのあと自警団に連れられ、いったん、村役場の地下牢へと押し込まれることとなる。そこで厳しい尋問を受けたのち、この村の管轄都市である商業都市シュラルミンツから派遣されてくるはずの役人によって、連行されていくこととなる。
もし、彼らが本当に奴隷売買に関わっていたのであれば、その背後関係を徹底的に洗いざらいしゃべらされる。
そして、すべてが終わったとき、おそらく彼らに待っているのは極刑――即ち、処刑である。
グレアムは一度、自宅に戻ろうかとも思ったが、立ち寄らずに東門まで同行したので、その足でレンジャーギルドに顔を出すことにした。
本来の目的は薬草採取だったが、それどころではなかったので、まだ任務が完了していないことを伝えておく必要があったからだ。何より――
グレアムは東門から中央広場へと続く道を歩きながら、村に帰る途中で目を覚ましたラフィに視線を送った。
彼女はグレアムの左腕に腰を下ろすようにしながら、服にしがみついている。
村に入ってからというもの、物珍しそうに、忙しなく周囲の街並みを観察していた。
(この子の扱いをどうするか、一度相談しないといけないしな)
先に戻っていった村長とも話したが、捜索願が出ているかもしれないから、まずギルドに問い合わせてみろと言われた。
レンジャーギルドは世界中に支部があり、毎日のように伝書鳩や人力などで情報のやりとりがなされているので、ある程度、行方不明者の情報も把握されている。
聖教国や魔導帝国などでは、グラーツ公国と違って原始的なやり方ではなく、それぞれの国が開発した魔法技術によって、遠隔地にありながらもかなり速い速度で情報のやりとりができるようになっている。
そのため、ギルドの情報網はお尋ね者のグレアムには非常に厄介な代物だった。
聖教国に滞在していたときなど、驚くべき速さで指名手配の情報が流布されてしまったから、本当に面倒くさかった。
グラーツ公国に来る前に逃亡の地として選んだ聖教国から東に位置するヴァルカー共和国にまで、名前と人相書きが知れ渡っていたくらいだし。
幸い、共和国ではお尋ね者というよりも、剣聖としての名が知れ渡っていたから、どうせ陰謀にでも巻き込まれたんだろうと、みんな同情的で指名手配リストを信じる者はほとんどいなかったが。
とはいえ、腹黒い人間は大勢いる。
そのまま居座ると、必ず面倒な目に巻き込まれるのは目に見えていたので、共和国経由でグラーツ公国まで逃げてきた。
この小国家では聖教国などで使われている情報伝達方法が確立されていないのと、レンジャーギルド自体が他の国とはあまり頻繁に交流が行われていないので、比較的安全だったからというのが安住の地に定めた理由だった。
情報網も独自のネットワークを確立しているため、グレアムが指名手配犯だということはおろか、剣聖だったということもほとんど伝わっていない。
だからこそ、この地に来てからの五年間は、聖教国にいた頃とはまるで別人と思えるぐらい、脳天気な日々を過ごせるようになっていたわけだが。
ともあれ、レンジャーギルドとはそういう施設である。
(親兄弟が見付かればいいんだけどな)
グレアムは物思いに
村それ自体が楕円形なので、この何もない広場兼集会場も同じような形をしている。
そしてこの広場の外周を囲むように、村の主要店舗が数多く建ち並んでいる。
目的のレンジャーギルドもその一角にある。
店の扉を潜ったグレアムは、周囲をキョロキョロした。
彼の姿を認めた客や接客のギルド嬢たちが変な顔をする。
「おいおい。今度はいったい何やらかしたんだ?」
入ってすぐのところのテーブル席にいた冒険者が早速食いついてくる。
給仕をしていたギルド嬢三人まで近寄ってくる。
「まったく……いつかやるんじゃないかと思ってたのよね」
「ね~。ホント、やらしいったら」
腕組みしながらやたらと冷ややかな視線を向けてくる娘たち。
「ん? なんの話だ?」
「何じゃないわよ。挨拶とか言って身体触るだけに飽き足らず、どっかで女引っかけて子供まで作ってくるなんて最低だわ」
「は?」
「本当よ。そこまでするとは思わなかったわ」
「見損ないました。ギルドに応援要請が来たから何かと思ったら、まさか手込めにした女たちとの修羅場の調停をさせようとするだなんて」
苦々しそうにする三人娘たち。
グレアムは彼女たちが何を言っているのか理解できず、ぽか~んとしてしまった。
「ま、責任取って自分の子供と認知して引き取ったのだけは褒めてあげるけどね」
目つきがきつい美人ギルド嬢のキャシーが鼻で笑った。
「え~っと……?」
相変わらず何を言われているのかよくわからず、思わず左腕に座っていた幼子を見た。
彼女は若干怯えた風に周囲をキョロキョロしていたが、最後にグレアムと視線が合い、首を傾げた。
グレアムも自分の置かれた状況がまったくわからず途方に暮れてしまっていたので、そんな幼女を真似するように首を傾げた。
「よくわからんが……話の内容からすると、お前らがさっきから気にしてるのはラフィのことか?」
眉間に皺を寄せて、娘たちに顔を向けるが、それがよくなかったらしい。
「ラフィ……?」
「そう……その子、ラフィって名前なのね。やっぱり既にちゃんと認知して、愛しそうに名前まで呼んじゃってるとか――ぁあ、やだやだ。これではっきりしたわ。あなたが正真正銘のろくでなしだってことがね!」
「は?」
言うが早いか、キャシーが手にしたトレイを頭上に掲げた。
「女の敵ね! 死ねばいいのに!」
そう叫び、なぜか激おこになっている彼女がトレイをグレアムの顔にぶつけようとした。しかし、それより早く、いつの間にか彼女たちの背後に忍び寄っていたギルド嬢兼支部長のマルレーネに、全員、頭を引っ叩かれていた。
「いたぁ~い!」
「何するのよ、レーネ!」
「ですです!」
手刀を叩き込まれた三人娘は全員頭を抱えながら文句を言う。
マルレーネは目を細め、腕組みした。
「何ではありません。どうして保護した女の子がグレアムさんのお子さんという話になるのですか」
「え……? 保護?」
「そうです。森で人攫いに遭っていた女の子を助けただけです。それでギルドや村に応援要請が届いたんです」
ぷく~っと頬を膨らませるマルレーネに、三人娘はぽかんとしていたが、すぐに顔を真っ赤にして逃げていった。
それを見届けてからマルレーネは、「まったく、あの人たちは」と軽く溜息を吐く。
「事情は父から聞いています。その子が保護した女の子ですね?」
「あ、あぁ。ラフィリアウナという名前らしい。早速で悪いんだが、身元調査をお願いできるか?」
よくわからないまま娘たちから解放されたグレアムは、戸惑い気味に答えていた。
「そのことなんですが、既に調査済みです」
「そ、そうなのか。それで、どこの村の子供なんだ?」
仕事の早いマルレーネに感心するグレアムだったが、そんな彼に、マルレーネは長い髪を揺らすように首を左右に振った。
「実は、その子に該当しそうな女の子は誰一人存在しなかったのです」
「どういうことだ? 行方不明者じゃないってことか?」
「わかりません。奴隷売買自体は国で禁じられてはいますが、貧しい家柄ですと、親が自ら奴隷商に売り渡すこともありますし」
「なるほど。そうなると、リストが出回ることはないか」
「えぇ。それに、なんらかの理由で孤児になっただけという可能性もありますし」
本人に聞くのが一番手っ取り早いが、暴漢に襲われたばかりで思い出させるのは酷だろうと、そう判断して直接聞くのは避けてきた。しかし、やはり、ラフィに事情を説明してもらうしかなさそうだ。
グレアムはラフィとマルレーネを伴って、ギルドカウンターの奥にある応接スペースへと移動し、そこにあった椅子に幼子を座らせた。
その上で、きょとんとするラフィの前に大人二人がしゃがみ込む形となった。
「ねぇ、ラフィ」
この手の話は子供慣れしているマルレーネに任せておけば、すべて丸く収まる。
そう思って、グレアムはさじを投――彼女にすべてを委ねた。
「……うん~? なんですか?」
若干、舌っ足らずな愛らしい声が返ってくる。
「あなたがどこから来たのか、お姉さんに教えて欲しいな」
「ん~? んと、もりなのです」
「え?」
どうやらマルレーネはラフィの言っている意味が理解できなかったようで、一瞬固まってしまったが、すぐさま気を取り直す。
「うん。そうだよね。さっきまで森にいたよね」
「うん~」
「じゃぁ、その前はどこにいたのかわかるかな? お父さんとお母さんは?」
にっこりと微笑みながら問いかける、聖女もかくやと思えるほどの優しげな声色だったが、何かを思い出したのか、ラフィは表情を曇らせ俯いてしまった。
「ラフィ……もりにいたのです。おとうたまとおかあたま、わるいひとたちにいじめられて、きえちゃったのです。ラフィのおむねのなかにいるのです」
ぼそぼそと呟くように、俯きながら彼女はそうマルレーネに答えた。そしてそのまま押し黙ってしまい、何も話してくれなくなってしまった。
マルレーネはどうしていいかわからないようで、グレアムを見た。
「これって、どういうことでしょうか?」
「……わからない。だが、普通じゃないことは確かだろうな。身元もわからないし、ラフィが言う消えてしまったというのも意味不明だ。あの奴隷狩りどもも絡んでいるしな」
「そうですね……。もう少し時間をかければ、ラフィちゃんも気持ちが落ち着いて、わかるように説明してくれるかもしれませんが……」
だが、落ち着いても一向に要領が得られないかもしれないし、もしかしたら、彼女の親が今もなお、
「とりあえず、ラフィが言ってる意味もよくわからんから、一度、彼女に案内してもらって、もう一度、森に入った方がいいのかもしれないな。森の中にいたって言ってるし、もしかしたら、あそこに何かあるのかもしれない」
アヴァローナの森には、幻獣が住む聖域があると言われている。何があっても不思議ではなかった。
「そう……ですね。ラフィちゃんが何を意図して、そう答えたのか私にはわからないですし、その辺もお願いしてよろしいでしょうか?」
「あぁ。薬草の件もあるしな。準備が出来次第、もう一度行ってみるよ」
グレアムが微笑むと、マルレーネは軽く会釈をした。
「お願いします。ですがその前に、この子をこのままの格好でいさせるのもなんですし」
そう言って、彼女は再び椅子に座るラフィを見つめた。
グレアムも釣られて見つめる。
相変わらず幼子は俯いたまま、右手で左人差し指の爪をいじるようにしていた。
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故郷を追われた元剣聖、田舎の森で保護した幼女を娘として育てる ~世話焼き女房な美人ギルド嬢や、素材収集ペットたちと過ごす異世界スローライフ 鳴神衣織 @szk_siroo
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