1-3.薬草採取しに来たはいいが、なんだあれ?
ギルド内で給仕を務めるギルド嬢たちから警戒の視線を浴びつつも、手早く朝食を済ませたグレアムは、いったん村の外にある自宅へと戻っていった。
ギルドの仕事は、ここから南にある平原の、更にその先にあるアヴァローナの森という場所にしか生えない薬草を採取してくるというものだ。
薬草自体はそれほど貴重でもなく、どこででも採れるものだが、この村の近辺だとその森にしか群生しないことで知られている。
主に回復薬の材料になる他、毒消しやその他諸々の薬品を作るときの基礎材料として使われることが多い。
つまり、とても需要の高い薬草ということだ。そのため、採ってきても採ってきてもすぐに在庫がなくなってしまう。
その分、仕事の発注回数も増えるため、ギルドから得られる報酬を生活の足しにしている冒険者たちにとってはありがたい仕事とも言える。
(だけど、場所が場所だからな)
この村があるグラーツ公国では魔物はあまり見かけないが、魔獣はそれなりに出没する。
魔獣は野生動物が凶悪な生物へと進化した種族のことを指すが、魔物は文字通り、魔法から生まれた奇っ怪な生物のことを指す。
彼ら魔物は人間が使った魔法や、魔導具から生じた魔力の
そのため、魔導テクノロジーによって一大文明を起こした魔導帝国や、錬金術と魔法を組み合わせて強大な魔法を作り出すことに成功した錬金魔法テクノロジーが発達した聖教国では、数多くの魔物が出ることで有名だった。
強さもピンキリで、一軍隊総がかりでなければ倒せないような凶悪な魔物もいるぐらいだ。
しかし、魔導も魔法も発達していないグラーツ公国では、魔力がばら撒かれることが少ないからか、目撃情報もほとんどない。
この国が比較的安全というのはそれが理由だった。
とはいえ、まったく危険がないというわけでもない。
他の地域ではあまり見かけない独自生態を遂げた生き物が生息しているからだ。
それが幻獣だった。
その辺にいる温厚な野生動物を神秘的な姿にしたような見た目をしているが、その持っている力は魔獣の比ではない。
彼らは自ら率先して人に害をなすことこそないものの、怒らせると何をしでかすかわからないと言われている。
上級冒険者が束になってかからなければ倒せないような者たちも数多く存在する。
そして、それらが生息している地域が、アヴァローナの森と呼ばれるカラール村南部にある大森林地帯だった。
そういったわけで、村では一つのルールが設けられている。
村長やギルドが許可した者しか中に入ってはいけないと。
つまり、その認可された者の一人がグレアムということだった。
「さてっと、早速入るか」
通常であれば半日かかる距離を、グレアムは僅か一時間ほどで村から続く平原を徒歩で走破し、森の入り口付近にまで歩を進めていた。
時刻は昼前。
目の前には天高くまで続く、
ところどころから木漏れ日が差し込んではいるが、奥へ行けば行くほど薄暗くなる。
薬草が生えている場所はかなり奥まったところで、そこだけ空から差し込む光が多い開けた場所となっている。
「マロとチョコ、今日もよろしく頼むな」
グレアムは足下に向かって話しかけた。
彼の視線の先には、背の低い草に身体半分埋もれるようにして、二匹の動物が控えていた。
左手には白い長毛種のネコ。
右手には茶羽根が美しいカルガモ。
二匹とも、身体に革のバンドでくくりつけられた道具入れのようなものを装着していた。
「ニャ~」
「グワッ」
白猫のマロとカルガモのチョコは、グレアムの言葉を理解したかのように短く鳴く。
それを確認してから、一人と二匹は森の中へと分け入っていった。
この森は奥へ行けば行くほど、魔獣たちが姿を現さなくなることで有名だった。森の奥が幻獣たちの聖域となっているからだ。
聖域は通常、人間も魔獣も何人たりとも立ち入ることはできないと言われている。
それゆえ、森の出入口付近で魔獣と遭遇することはあっても、奥で見かけることはほとんどない。
ここはそういう場所だ。
しかし、そういった場所であるにもかかわらず、魔獣たち本来の生息域である森の入り口付近を歩いているのに、彼らと遭遇するどころか気配すらまったく感じられなかった。
(変だな。いつもだったら一頭や二頭ほどは見かけるんだがな)
いつも同じ道を通って薬草の群生地へと向かっているせいか、丈の高い草木はすっかり踏み潰されたり刈り取られたりして、一種の獣道となっている。
そんな場所を、敵や貴重な素材などの探知能力に長けた白猫マロが先頭を行き、グレアム、カルガモの順で歩いていた。
慣れ親しんだ道だし、グレアムはそれなりに剣の腕も立つ。
それゆえ警戒して魔獣たちが姿を現さないという可能性もあるが、明らかに森の雰囲気がいつもと違うような気がした。
「マロ。念のため、スキルをいくつか発動しておく。危険を察知したらすぐに知らせろ」
グレアムは立ち止まって、ニャーと鳴いた白猫の背中に右手をかざした。
そこにはいくつもの筒状ポケットが付けられた革製のベルトがあり、中にはスキルカートリッジと呼ばれる筒が収められている。
カートリッジの中には、グレアムお手製のスキルスクロールが入っていた。
スキルスクロールとは、羊皮紙に封じられた身体強化や武技などのスキルを誰でも簡単に使えるようにしてしまうという、便利アイテムのことだ。
カートリッジ一つにつき、通常は一つのスクロールしか収められず、複数のスクロールを同時使用することはできないと言われている。
更にはスクロール一つにつき、付与できるスキルも一つと定められていた。
しかし、グレアムの家に代々伝わる特殊技能『
そのため、グレアムはそれを利用して、普段から森などを探索するときには、マロやチョコにスキルカートリッジを装備させ、スキルを発動し、身体強化を施していたのである。
そんなわけで、誰でも使える『スキル発動』魔法を行使し、マロに装備させたカートリッジの一つを起動させた。
たちまちのうちに白猫ちゃんが淡く発光し始め、ふわふわの毛が膨れ上がる。
今発動させたのは身体能力向上系のスキルで、筋力、速力、跳躍力の三つを数倍に引き上げてしまうという、他に類を見ない複数スキル同時使用という規格外の荒技だった。
スクロールはクオリティによっても、効果時間や効力といったものが大きく変わってくると言われている。
大都市などで出回っている通常のスキルスクロールの効果時間が十分程度なのに対して、グレアムが作成したスクロールは優に一時間を越える。
それがいかに非常識なまでのクオリティの高さかは言うまでもない。
なぜそういった技能がグレアムの家に伝わっているのかは、彼自身よくわかっていないが、使えるものはなんでも使う。それが、この厳しい世界で生きるためには必要な
グレアムはカルガモのチョコにも同様のスキルを発動させると、慎重に奥へと進んでいった。
そして、特に何事も起こらないまま、あと少しで薬草の群生地というところまで来たときだった。
「なんだ……?」
ここよりも更に奥の方から、か細くて消え入りそうな悲鳴と、対照的なまでの鋭い怒号が聞こえてきたのである。
「まさか……こんなところに、誰か入り込んでるのか?」
声が聞こえてきた方角は南南東――遙か左前方の向こう側。
グレアムの記憶によると、そこは確か、幻獣たちの聖域に近い場所だった。
「なんだか嫌な予感がするんだがな……?」
ぼそっと呟いたあと、
「仕方がない。マロ」
グレアムはしゃがみ込むと、周囲を警戒していた白猫に声をかけた。
それだけでマロはグレアムの意図を理解したのか、短くニャと鳴くと、物凄い勢いで森の奥へと消えていってしまった。
「俺たちも行くぞ」
グレアムは後ろのチョコにそう声をかけると、足音忍ばせながら急いで声のした方へと向かっていった。
そして彼はそれを目撃するのだった。
一際闇が濃くなり始めている聖域近くの大樹林辺りで、年端もいかない小さな女の子が、いかにもその筋の者とわかるような人相の悪い男たちに追いかけ回されている姿を。
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