1-2.手癖の悪い前世のおじさんそっくりと言われてもな?




 よくわからないまま絡まれ、よくわからないまま、ようやく娘たちから解放されたグレアムは、溜息を吐いてから店の奥へと歩き始めた。


 このレンジャーギルドは入ってすぐのところが待合所兼酒場となっており、そこに丸テーブルが六つ設置されている。


 そこをこの店に来た冒険者や狩人たちが仲間と落ち合う場所に使ったり、食事をしたりといった用途に使う。


 対して、店の奥半分は本来の業務であるレンジャーギルドの敷地となっている。


 左右の壁に掲示板が設けられ、最奥部には平台のカウンターが設置されている。

 その中で、ギルド嬢がやってきた冒険者や狩人たちの相手をする。

 それが本来の業務だ。


 業務内容は至って簡単。


 村としては小規模から中規模に当たるこのカラール村の住人から寄せられた雑用を始め、魔獣の駆除や野生動物の狩猟などの仕事を斡旋し、報酬を渡す。


 場合によってはギルドが持っている情報を無料、もしくは有料で教えることもある。

 そういった公共機関である。


 グレアムもかつては冒険者として名を馳せていたが、聖騎士に召されて以降は冒険者を引退し資格を剥奪されていたので、数年前までは冒険者ではなかった。


 ただのさすらい人として中央大陸を彷徨い歩き、その果てにここへと辿り着いたのだ。


 以降、ただのグレアムとしてこの村に腰を据え、何でも屋である冒険者として再出発を果たしたというわけだ。


「やぁ、マルレーネ。さっきは助かったよ。ありがとう。それからおはようさん」


 食事を取る前にまずは挨拶がてら、ギルドの仕事の話でもしようと思って、グレアムはマルレーネ・スファイルへと近寄っていった。


 奥のカウンター前で彼が近寄ってくるのを待っていたらしい彼女は、にっこりと微笑みながら、すぐ目の前で立ち止まったグレアムに「おはようございます」と挨拶を返した。しかし、


「だぁめぇです」


 無意識のうちに彼女の肩へと手を置こうとしていたグレアムのそれを、マルレーネが素早く払いのけていた。


「いてて。酷いなぁ、マルレーネは。まだ何もしていないだろう?」

「まだしていないということは、しようとしていたってことですよね? メっですよ。メっ」


 そう言って彼女は軽く前屈みになると、左手を腰に当て、右手の人差し指を突き出すようにしながら、左右へと振った。


 そのときの反動で、若干大きな胸が揺れ動く。

 腰まで伸ばされたゆる巻き金髪も、同様にふわりと舞った。


 彼女は他のギルド嬢たちと同じような制服を身に付けているせいか、大きな胸がより一層強調されているように見える。


 胸元が大きく開いた半袖ブラウスと、腹回りだけを覆ってヒモで締める形となっている赤や紺のチェック柄ベスト。そして、そのベストにフックで引っかけるようにして履かれている、同じような色合いのくるぶし丈ロングスカート。


 そういった出で立ちをしている。

 だからだろう。ベストによって押し上げられた胸が、必要以上に大きく見えた。


 そんな、どこかお嬢様のような気品すら兼ね備えている彼女。


 目の前の女の子はどうやらお説教しようとしているらしく、眉を吊り上げ、怒りの形相を浮かべていた。しかし、まったく怖くない。


 十九歳の年相応に愛らしい顔が、すべてを台無しにしていたからだ。しかも、怒っているのに、普段と変わらずのおっとりとした雰囲気。


 村長の娘ということもあるが、これでギルドを仕切っている支部長というから驚きだった。


「いいですか、グレアムさん」

「……はい」

「この際だからはっきり言っておきます。軽々しく女の子の身体に触ってもいけませんし、スカートをはたくのも言語道断です」


 相変わらず前屈みのまま胸を揺らしているマルレーネ。しかし、説教食らっている当の本人は自分がなぜ怒られているのか理解していなかった。


「ダメと言われてもなぁ。俺の故郷じゃ、あんなの朝の挨拶だったしなぁ。知ってるか? 朝会ったら、男女関係なく尻を引っ叩けって教育受けてきたんだぜ? あの村じゃ、男も女もみんな、互いに尻を叩き合ってたからなぁ。パシンっパシンって。ていうか、むしろ女の方が積極的に引っ叩いてきたぐらいだしな」


 故郷での暮らしを懐かしむグレアム。


「さすがにこの村に来てからは一度も叩き合ったことはないが、今思い出してもあれは凄かったよな。尻が赤くならなかったときなんかなかったし。特に隣近所の姉さんたち、俺の尻、よく引っ叩いてきたっけなぁ、ニヤニヤしながら」


 天井を見上げるように呟くグレアムに、マルレーネが思いきり溜息を吐いた。


「……なんなんですか、そのおかしな風習は……本当にそんなことしてたんですか?」

「ん? あぁ、もちろん。普通に叩き合ってたぞ? まぁ、四六時中じゃなくて、当然、挨拶のときだけな。肩とか背中とか尻とか。正面から挨拶したときでも、気が付くと背後に回り合って叩き合ってたな。やり過ぎて知らない間に喧嘩になってたこともあったが」


 同性同士によるスキンシップなら、品性を求められない田舎などではよくあることだ。


 地方によっては、同性異性関係なく、仲良く肩を組み合うことも普通にある。


 しかし、グレアムの故郷は少し度が過ぎているようにも感じられたのだろう。


 悪びれた風もなくニコッと笑うグレアムに、マルレーネはひとしきりかぶりを振ったあと、諦めたかのように溜息を吐いた。


「はぁ……もういいです。グレアムさんの言動がおかしい理由がなんとなくわかりましたし。ですが――いいですか? グレアムさんの故郷ではそういうしきたりがあったのかもしれませんが、今後、この村ではいっさい、そのようなことをしてはいけません。挨拶とはいえ身体を触るなど、世間一般的に、本来あってはならないことなんですから。わかりましたね?」


「う~ん。気を付けるけど、既に癖になってるから条件反射でついつい手がな」

「メっ。ちゃんと反省してくださいっ」

「わ、わかったよ……」


 グレアムはばつが悪くなり、左手で頭をかく。それにマルレーネが溜息を吐いた。

 どうやら反省していないと受け取られたらしい。一向に説教モードが収まる気配がない。


「まったくもう……ホント、グレアムさん見てると、あのおじさんの生まれ変わりなんじゃないかって疑いたくなってしまいますよ」


 呆れや諦めといった表情の中に、どこか寂寥せきりよう感をにじませるマルレーネに、グレアムは「ん?」と思った。


「おじさん? おじさんって以前言ってた、前世がどうとかって奴か?」


 グレアムがここへと移り住んでから大分経った頃、マルレーネから彼女の秘密にまつわる話をこっそり教えてもらったことがあった。

 彼女には前世の記憶があるらしい。


「……そうですね。そのおじさんのことです。ホント、グレアムさんて、あの人にそっくりなんですよ。手癖の悪いところとか瓜二つです」

「おいおい。手癖が悪いって……」


 しかし、彼女は口を尖らすグレアムにいっさい取り合ってくれなかった。


「とにかくです。リクのこともありますし、ああやってあなたの真似をしたり、曲解しておかしなことしたりする子もいるんですから、くれぐれも、二度と女の子にちょっかい出すのは止めてください。いいですね?」

「……わかったよ。手が勝手に動かないように気を付ける」


 グレアムは苦笑しながらそう答えた。

 しかし、そんな彼を見て何を思ったのか。マルレーネがじ~っと、刺すような視線を向けてきた。

 どうやら、何か言いたいらしい。


「な、なんだ?」


 たまらず頬をひくつかせるグレアムに、彼女は諦めたように口を開いた。


「もし……もしですよ?」

「うん?」


「もしも、ど~しても、我慢できずに無意識にやってしまいそうになるのでしたら、そういうことするのは私だけにしてください。もちろん、誰もいないところで、ですけど」

「え? どういうこと? それって毎日、マルレーネにだけはしてもいいってことか?」


「そんなことは言っていませんっ。私一人が犠牲になるだけで、他の女の子が平和になるのでしたら、甘んじて受け入れるということです。いいですね? 私だけにしてください」

「犠牲って……そんな大げさな」

「いいですね?」

「わ、わかったよ」


 何度も念を押してくる彼女に気圧され、グレアムは壊れたおもちゃのように首を縦に振るしかなかった。


(しっかし、まさか自分だけとか言い出すとは思わなかったな。ただの挨拶のつもりだったんだけどなぁ)


 グレアムは腕組みしながら小首を傾げた。


(確かマルレーネは前世、カンゴシだかって仕事してたらしいし、自己犠牲云々はそれが影響しているのか?)


 カンゴシという職業が具体的にどんなことをやっていたのか、グレアムはよくわかっていない。それでも立派な職業だったのだろうということは、なんとなく理解できる。


(犠牲という言い方は大げさだとは思うが、それでも自分だけ触って欲しいというのだ。まさしく聖女様みたいなものだな)


 ハイネアン聖教国が国教として定めるハイネアン教では、聖都ファルトネーの大聖堂に常駐する大聖女以外にも、各大都市に一人ずつ、聖女が詰めていると言われている。


 彼女たちは女神イルファリアの代弁者として、人々に神の教えを説き、他者を慈しんで安息へと導く存在とされている。

 グレアムには、マルレーネがそんな存在と同じような、崇高な精神の持ち主に思えたのだ。


 しかし、そう感じたのも束の間だった。

 次の瞬間には、前言撤回したくなるような台詞をマルレーネが吐き出した。


「ところでグレアムさんは、胸は触りたくならないんですか?」

「へ? 胸?」

「はい。胸です」


 そう言って、彼女は自分の胸を突き出すように背中を反らす。


「いったい、なんの話だ?」

「いえ。グレアムさんは肩とか腰ばかり触ってきますので、お尻が好きで胸はお嫌いなのかなと」


 どうやら勝手に尻が好きな男と勘違いされていたらしい。

 グレアムは、そんなマルレーネがどこか表情を曇らせているような気がしたので、それでとあることに気が付き「あぁ、なるほど」と、一人納得した。


(ひょっとして、自分が胸大きいからそれを気にしてるのか? せっかく立派なものを持っているのに、男はみんな尻が好きとか勘違いしてるのかもしれないな。大きな胸は嫌われるとかどうとか)


 グレアムは合点がいき、ぽんと手を叩いた。彼女を安心させてやろうとにっこり微笑む。


「あ~……その、なんだ。大丈夫だ。マルレーネ」

「はい?」

「胸が大きいのは十分魅力的だし、素敵な女性だと思うぞ? 俺も別に嫌いじゃないしな。だからもし触って欲しいというなら、触ってやらんこともないぞ?」


 どこか照れたように言うグレアムに、


「はい? え~っと、あの、グレアムさん? いったいなんの話をされているのですか?」


 マルレーネは目を細めながら、疑いの視線を向けてきた。しかし、そのことに気が付かないグレアムはきょとんとする。


「ん? 何って、挨拶の話だろう? 挨拶の時に胸触らないのかって話。しかしなぁ。いくらマルレーネの胸が魅力的だったとしても、さすがにそんな風習、俺の故郷にもなかったしな。ていうより、俺は思うんだよ。挨拶と称して胸なんか触ったら、ただの痴漢じゃないか?」


「胸じゃなくても十分痴漢です!」

「そ、そうなのか……?」


 両手を腰にあてがい、再度前屈みになって眉を吊り上げるマルレーネに、グレアムはタジタジとなる。


「と、に、か、く、です。そういうことですから、いいですね? 私以外の女性に触れてはいけません。どうしても触りたかったら私だけにしてください。約束ですからね?」

「わ、わかったって。約束するよ」


「よろしい。では、今度からそのようにお願いしますね。あとそれから、ついでにもう一つ。グレアムさんには採ってきて欲しい薬草があるんです。ギルドの仕事、お願いしてもよろしいですか?」

「あ? ……あぁ。それぐらいなら構わないよ。飯食ったらすぐ行ってくるよ」

「わかりました。お願いしますね」


 彼女はにっこり微笑みながらお辞儀すると、カウンターの上に置かれていた羊皮紙をグレアムへと渡し、奥へと引っ込んでいった。



~~ * ~~ * ~~


【あとがき】


ここまでお読みくださり誠にありがとうございました。


ここまでのお話は、グレアムがどんな新生活を送っているかというプロローグみたいなもの。

いよいよ次話から本格的に物語が動き出します。


もし気に入ってくださったのであれば、引き続き、応援、愛読のほど、よろしくお願いいたします。


また、執筆のモチベーション維持や励みとなりますので、気に入ってくださったのであれば、【★評価】や【フォロー】などもつけていただけたら幸いです。


ぺこり

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