【第一話】 ちびっ子との出会い

1-1.ギルド嬢に絡まれるとか意味がわからないんだが?




 暦の上では初夏となり、朝早い時間でも大分暖かくなってきた。

 そんな時節。


 ハイネアン聖教国の領土である中央大陸から、海を渡った南西にある小大陸。


 そこを治めるグラーツ公国南方に位置するカラール村のレンジャーギルド兼酒場では、現在、そこら中から若い娘の悲鳴が上がっていた。


「そぉ~れっ、それそれそれ~~!」

「きゃぁぁ~~!」

「ぃやぁ~んっ」

「こぉのっ、クソガキがぁっ」


 年端もいかない少年が、酒場の給仕を務めている女性ギルド職員のスカートを次から次へとめくっては、ぶち切れた彼女たちに追いかけ回されていた。


「いいぞ、リク! もっとやっちまえっ」

「うけけ。今日も朝っぱらから、いいもん拝ませてもらったぜ」


 ギルドの待合所として機能しているこの酒場で、朝から飲んだくれていた冒険者や狩人たちがゲラゲラ笑い始めた。

 たまらず、娘たちのターゲットが丸テーブル席についていた男たちへと切り替わる。


「あんたたち! 毎度毎度バカなことばっか言ってないで、ちゃんと仕事しなさいよっ」

「そうよっ。スカートめくられる、私たちの身にもなってみなさいよっ」

「ううぅ。もうお嫁に行けない……」


 恥じらいなのか怒りなのか、顔を赤くして拳を頭上に掲げる娘もいれば、両手で顔を覆ってしゃがみ込んでしまう少女もいた。

 詰め寄られた男たちは顔を引きつらせる。


「そ、そんなこと言ったって、俺たちがめくったわけじゃないだろう? 文句あるならリクに言えよ」

「そうだぞ。ていうか、そもそもの原因は、にあるんだろうがよ」


 身振り手振りで無実を主張する男たち。その甲斐あってか、娘たちの怒りが多少鎮まる。上げられていた拳が下げられ、腰に手を置く形となった。


「ともかくっ。今度リクと同じような態度取ったら、あんたたち全員、出禁にするからねっ」

「わ、わかったって。だからそんなに怒るなよ」


 ひたすら苦笑するしかない男たち。

 舌打ちするギルド嬢。

 しかし、そんな彼らを尻目に、性懲りもなく、忍び足で彼女たちの背後に歩み寄っていた悪戯小僧が、再度、くるぶし丈のスカートをめくり上げた。


「秘技、二人同時めくり!」


 跳ね上がる布きれと、大気に晒される御御足おみあしや下着。そして、娘たちの悲鳴と怒号。


「きゃっ……」

「このクソガキっ。もう許さないわよっ」

「や~いっ。ここまでおいでぇ~だっ」


 やや目尻が上がった強面美人ギルド嬢が激怒して少年を取っ捕まえようとするも、逃げ足の速い彼は一目散に店の外へと飛び出していってしまった。


「待ちなさぁ~いっ」


 そんな彼を追いかけ、ギルド嬢たちまで店の外へと飛び出していってしまう。

 たちまちのうちに、店内からは給仕を務める者が誰もいなくなってしまった。


「なんだかなぁ……毎度毎度、騒がしいこって」

「だが、リクのお陰で……」


 荒くれ者二人は顔をつきあわせてニヤニヤし始めた。しかし、それも長くは続かない。

 なぜなら、一人の青年が扉を開けてギルド内へと入ってきたからだ。

 暗蒼色あんそうしよくの髪と瞳をした、精悍せいかんな顔つきの男。

 そんな彼の姿を認めた男たちは全員、深い溜息を吐くのであった。



◇◆◇



「お前ら、そんな顔してどうしたんだ?」


 店内に入ってきた男――グレアム・ヴァレン・アラニスは、気まずそうにする男たちの態度にきょとんとした。

 男たちはテーブルに肘をつき、


「どうしたじゃねぇよ。おめぇのせいで、危うくとばっちり食らうとこだったんだからな」

「そうだぞ? たくっ。グレアムがリクにおかしなこと吹き込むからだろうがよ」

「おかしなこと? 俺、リクに何か言ったか?」


 グレアムは、悪戯小僧として知られる孤児院の六歳児の姿を思い浮かべたが、いまいちピンとこなかった――


 あの日――生まれ故郷である聖教国を追われ、方々を転々としながらこの村へと辿り着き、定住するようになってから既に五年近くが経とうとしていた。


 ここへと逃れてくるまでの一年間は、追手の目をかいくぐりながらの逃避行生活を余儀なくされたが、グラーツ公国に入ってからはいろんな理由からそれもなくなり、晴れて自由の身となった。


 もしかしたら一時的な平穏かもしれないが、それでもここでなら過去を気にせず骨を埋められるかもしれない。そう思って、グレアムはこのカラール村に定住することにしたのだ。


 今から五年も前の話である。


 以来、何でも屋として平凡な日常生活を送っている。

 朝っぱらからこうして酒場に顔を出しに来たのも、単に飯を食うためであり、他意はない。


 そんなわけで、五年間もただの村人として脳天気にこの村で生活してきたため、話題に上がっているあの少年ともすっかり顔馴染みとなっている。


 しかし、何度思い返してみても、リクに変なことを吹き込んだ覚えなど、欠片もなかった。


「はて?」


 ひとしきり腕組みしながら小首を傾げていると、いつの間に現れたのか。突然、数名の女性たちが後方ににょきっと生え、甲高い叫び声を響かせた。


「あぁぁ~~~! グレアムっ。あんた、いい根性してんじゃないっ。よくもまぁ私たちの前に顔を出せたわねっ」

「ん?」


 グレアムは突然店内に湧いた娘たちへと振り返った。

 店の出入口付近にいた都合三名ほどのギルド嬢が、皆一様に眉を吊り上げ詰め寄ってきた。


 三人とも美人だったり可愛かったりするから、怒り狂った彼女たちのその表情は普段とのギャップがあって結構迫力がある。

 しかし、グレアムはどこ吹く風と言わんばかりに態度を崩さなかった。


「どうかしたか? 雁首がんくび揃えて」

「どうかしたかじゃないわよっ」


 リーダー格らしき強面の美人ギルド嬢キャシー・エルグランツが、グレアムの肩を掴んで揺さぶり始めた。

 それを近くで見ていた男たちが顔面蒼白となる。


「やっべぇ……」

「避難とかねぇと、とばっちり食らうぞ……」


 大慌てで壁へと逃げていく男たち。それが合図となった。


「あんたが私たちのスカートめくったり、肩やお尻触ったりするからリクが真似するのよっ」

「そうよっ。グレアムさんが全部悪いわ!」

「反省してください!」


 あっという間に娘たちに囲まれ、もみくちゃにされてしまう。

 グレアムは下から睨み付けてくる娘たちに困惑することしかできなかった。


「おいおい、お前らいったい、なんの話をしてるんだ? 俺にはさっぱり心当たりがないんだが?」


 小首を傾げながらきょとんとしていると、


「心当たりがないですって!? よくもまぁぬけぬけと!」

「そうですよっ。いつも、『よっ』とか『おはよう』とか言いながら、肩とか腰とかスカートとか叩いたりしてくるじゃないですかっ」


 三人娘の中で一番年下のリーザが、顔を赤く染めながら頬を膨らませた。

 グレアムは「参ったなぁ」と呟きながら、眉間に皺を寄せた。


「お前らがなんで怒ってるのかよくわからないが、俺はスカートめくったことなんて一度もないはずだぞ? それに、お前たちの身体叩いたりするのも、ただの挨拶だしな。自分たちだって、ときどき背中叩いてくるじゃないか」


 おかしなこと言い出すなぁと思いながらも、腕組みしながら過去を振り返ってみる。


「よっ、おはよう」と言って、キャシーの腰を叩いたことはあったが、「やぁ」と笑いながらスカートめくったことなど一度もない。

 ましてや彼女たちの尻を触ったこともない。


 それなのにどうしてやったことになっているのだろうかと、グレアムは小首を傾げる。


 一方で、彼はここで食事を取っていることが多いので、酔っ払いどもが喧嘩をしている場面に出くわすことも多かった。そんなとき、必ずといっていいほどギルド嬢たちが背中を突っついてきて、喧嘩の仲裁をさせようとしてくるのだ。


「うむ……やっぱりどう考えてもやってることは同じだよな。お前らも俺の身体突っついてくることあるしな。飯食ってるとき。てことは、俺と同じだし、問題なくないか?」


 きょとんとして首を傾げると、キャシーがキンキンに声を荒らげた。


「そういうことを言ってるんじゃないわよっ。私たちのことは別にどうでもいいのよ。今問題にしてるのはスカートのことよっ」

「ん? スカート?」

「そうよっ。あんたが挨拶しながら身体触ったりスカートはたいたりするから、それを見て勘違いしたリクがスカートめくるようになったんでしょうがっ」


 鼻息荒くまくし立ててくるが、グレアムは相変わらず、彼女が何を言っているのか理解できなかった。


「確かに、挨拶代わりにスカートのすそ叩くこともあるが、なぜそれがスカートめくりに関係してくるんだ? どう考えても勘違いなんかされないだろう?」


「そんなの私が聞きたいぐらいよっ。あいつがいたときに、たまたま少しめくれたとかそんなじゃないの? それを見て、あんたがめくってるって勘違いしたに決まってるわ! ――そうよ。そうに決まってる! つまり全部あんたが悪いってことよっ。あんたが間接的に、リクにスカートめくりを教えたってことなの! ――そうよっ、これはそういうことなのっ。あんたが私のスカートめくったってことなの!」


「そんな理不尽な……」と思わないでもなかったが、彼女たちには通用しなかった。


 激おこのキャシーに同調するように、他のギルド嬢たちも「そうよそうよっ」と頷いている。

 しかし、一人納得できないグレアムは、「そうかぁ?」と天を仰いだ。


「おっかしいなぁ。ただの挨拶でやってるだけなんだけどなぁ。俺が悪いのか……?」


 独り言のように呟くと、


「あんたが悪い!」


 三人娘が一斉に叫んだ。

 一向に止まない娘たちからの苦情に心底困惑していると、店の奥から一人の娘が近寄ってきた。


「はいはい。そこまでにしてくださいねぇ。これ以上揉めると、営業に支障をきたしますから」


 そう言って両手をパンパン叩いた彼女に、グレアム含めて娘たちが一斉に視線を向けた。


「マルレーネっ。あんた支部長でしょ!? こいつをどうにかしなさいよっ。このまま野放しにしてたら、第二第三のリクが出てくるわよっ」

「わかってますから。とにかくみんな、業務に戻ってくださいね」


 マルレーネと呼ばれた娘はにっこりと微笑んでから、再び店の奥にあるレンジャーギルドの窓口辺りへと戻っていった。

 娘たちは面白くなさそうにしながらも、一人、また一人とグレアムから離れていく。


 真正面に立っていた強面の美人ギルド嬢だけは物言いたそうに、しばらくの間ギロリと睨み付けていたが、きょとんとしていたグレアムに堪忍袋の緒が切れたのか、身体からだが密着するぐらいに詰め寄ってきた。


「あんた、今度触ってきたら、ただじゃおかないからね」

「え?」

「だ、だから……責任取らせるって言ってるのよっ……」


 最後の方は頬を赤く染めながらも、消え入りそうな声でそう呟き、去っていった。

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