第10話
・
私は家まで走って車を取りに戻った後、大急ぎで学校へ向かった。
学校の駐車場に着くと、咲良は体育座りをして俯いていた。
車を停めても気付かないので、私が車から降りて声をかけた。
咲良はひどく青ざめた顔をしていて、立ち上がる時に握った手は冷たかった。
それから珍しく後部座席に乗り、横になって、家に着くまで大人しく目をつぶっていた。
家に入って玄関の扉を閉めると、咲良は私にしがみついて泣いた。
「咲良、どうしたの?」
「……お母さん、今日、詩織さんと会う、って、言ってたのにっ、わたしが、邪魔しちゃった……うっ……ごめん、なさい」
「ありがとう、咲良。でも、私は咲良が大切だから、咲良の健康が一番だから、気にしなくてもいいよ。つらいときは休んでいいんだから」
咲良が優しい子に育ってくれたことを喜ばしく思う気持ちより、親の私にすらここまで気を遣うことに対する心配の方が勝ってしまう。
ひとまずリビングに入って頭を撫でてあげたら、少し落ち着いたようで、今日のことを話し始めた。
「今日ね、朝は元気だったの。でもね、シュート練習してるときにふらふらして、頭痛くなったの。それで、トイレに行ったらね……」
咲良はここまで話して、私に耳を近づけるように合図した。
「どうしたの?」
「トイレでパンツを脱いだら、ち、血が、出てたの。ねえお母さん、わたし、病気になっちゃったのかな?」
弱々しく心配そうに話す咲良は、大人の女性に一歩近づいたみたいだ。
「咲良、それはね、女の子なら誰にでもあることだよ」
「そうなの?」
「うん。お母さんも、咲良に見せないだけで、そういう日があるの。咲良の身体は、これから大人になる準備をしているんだよ」
「わたし、大人になるんだ!」
「そう。病気じゃないから、大丈夫」
咲良は先ほどの落ち込みが嘘のように元気になって、「お母さんにもあるんだ」と噛みしめるように言った。
「気付いてあげられなくてごめんね。これからは、変わったことがあればすぐ私に言って」
「うん! あ、忘れてたけど、パンツ洗わなきゃ」
「後で大事なもの渡してあげるから、私のところに来て」
「分かった!」
パンツを洗いにお風呂場に行った咲良は、ついでにシャワーも浴びてきたらしく、パジャマ姿で私のところに戻ってきた。
私がナプキンを渡すと、何に使うか分からないようで首をかしげた。
使い方を教えるために私が咲良のパンツを下ろすと、咲良の秘部には薄っすらと陰毛が生えていた。
咲良もすっかり成長したなと感心して、ナプキンをパンツの中に入れてあげた。「これで安心だよ」と言うと、咲良は喜んで、走って自分の部屋に行ってしまった。
咲良の成長を見た私は、嬉しい反面、少し寂しい気持ちになった。
咲良もいつかはこの家を出ていく。それはまだ気の早い話かもしれないが、油断しているとあっという間にその時が来てしまうだろう。
その時までに佳正が帰って来ないと、私は一人になってしまう。
寂しい。
佳正とはずっと連絡が取れていない。
週に一度は連絡するように決めていて、私はLEINでメッセージを送っているのだが、返信が来ることはない。
最近は私も、メッセージではなくスタンプを送るだけになっている。既読もつかなくなった。佳正が生きていることを知る手段は、毎月私の口座に振り込まれるお金だけだ。
私にとって、佳正って何なんだろう──最近こんなことをふと考える。
その問いに対する答えが「夫」であることは間違いないが、今の私たちは本当の夫婦と言えるのだろうか。
だってもう5年も会っていない。
もちろん法律上は夫婦になっているわけだが、残っているのはその事実だけで、完全に形骸化している。
ふとLEINの画面に目を落とすと、一番上には詩織とのメッセージ履歴があった。
今は佳正より詩織の方が、距離的にも関係的にも近くなっている。
佳正に言えないことも詩織になら言える。
詩織とは久しぶりに会ったばかりで、今日だってあまり込み入った話はしていない。だけど、高校時代に仲の良かった彼女が近くにいるというだけで安心できる。
ピロン──!
考え込んでいる私の目を覚ますように、LEINの通知音が鳴った。
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