第6話
家に帰ってすぐ、一通りの家事を済ませた。
それから夕食までの時間は、テレビを観ながらのんびりするのが日課になっている。
ソファーに腰を下ろしたとき、テーブルに置いていたスマホの通知音が鳴った。
見ると、詩織からのメッセージが届いていた。
『今日は久しぶりに美咲の顔が見られて嬉しかったよ
また近いうちに二人で会わない?
今週の土曜とか』
詩織がこれほど私との再会を喜んでくれているとは、正直思っていなかった。
もちろん私も、詩織に会いたいと思う。
『私も会えて嬉しかった!
今週の土曜日は咲良を部活に送った後の時間が空いてるよ!
午前10時以降ならオッケー!』
スマホを閉じる前に、すぐ詩織からの返信が返ってきた。
『それなら、土曜日の11時からカフェでランチしない?
おすすめのカフェがあるから、位置情報を送るわね』
送られてきたリンクを開くと、最寄り駅近くの少し入り組んだ細い路地にある、お洒落なカフェの位置情報が表示された。私が一度も行ったことのないお店だ。
たしかその辺りは、咲良が登下校をするときに近くを通る。それくらい近所にあるはずなのに、こんなところにカフェがあるなんて知らなかった。
美人妻・詩織は普段から他のマダムたちとこのカフェに通っているんだろうなと、感心した。
「お母さんがスマホずっと見てるの、珍しいね!」
隣から咲良の声がする。
咲良はいつの間にか、私の隣に座ってお茶を飲んでいた。
「あ、ごめん。ちょっと夢中になってた」
私はいつも、咲良と話す時間を作るために、咲良の前ではスマホを極力触らないことにしている。と言っても、佳正からの連絡は3年くらい前からぱったり途絶え、地元の友達との連絡を取ることもほぼないので、スマホを構う用事といえば、大抵は仕事の業務連絡くらいだが。
咲良はそんな私の様子をよく見ているようで、いつも私と同じように全くスマホを触らない。
一応、「スマホは一日1時間。夜10時以降はスマホ禁止」というルールを、中学生になってスマホを買ってあげたのと同時に設けたのだが、咲良がそれを破ったことは一度もない。
「ねえねえ、誰と連絡取ってるの?」
咲良は興味津々といった様子で、私のスマホをチラチラと横目で見てくる。
「私が高校のときの、一番仲が良かった友達、かな」
少しだけ、自分の言葉に引っかかる。
「詩織っていうんだけど、15年ぶりくらいに会ったから盛り上がっちゃって。それで、最新の連絡先を交換したのよ」
「15年ぶり⁉︎ すごいね! ──あ、それってもしかして、お母さんが恋愛相談に乗ってた人?」
「そうそう」
「そんなに久しぶりでもお互いのことが分かるって、すごいね!」
咲良は驚いているが、私が詩織のことを忘れたことは一瞬だって無い。
もちろん月日が経って、顔は少し変わっていたが、すぐに詩織だと分かった。
「綺麗だったなぁ」
私がぼんやりと呟くと、咲良はますます詩織という存在に興味が沸いたようで、私にすり寄ってきた。
「へー、気になるー! わたしも詩織さんを見てみたいなー!」
「そうだ」
私は急に思い立って言った。
「私の卒業アルバム見てみる? 昔の詩織なら載ってるよ」
「見る!」
咲良は即答した。
「じゃあ、アルバム取りに行ってくるね」
私は高校生の頃に戻った気持ちになって、自分の部屋にアルバムを取りに行った。
待ちきれないのか、咲良もひょこひょこと私の後ろについて階段を上ってきた。
クローゼットの中にある棚。その一番下の引き出しを開ける。
眠っていたアルバムを私が引っ張り出すと、咲良はその場にぺたんと座り込んで、「見せて見せて!」と言った。
床にアルバムを広げたが、アルバムを覗き込む咲良の頭が暗がりになってよく見えないので、私のベッドに二人で座って、膝の上で改めてアルバムを開いた。
「あ、お母さん見っけ!」
かるたを取るように、咲良が素早く写真の中の私を指さした。
1ページ目からめくっていったとき、授業風景の写真の中に私を見つけたのだ。
「お母さん、髪型が今のわたしにそっくりだ!」
バスケットボール部に所属していた私は、いつもベリーショートだった。
黒髪ロングのような、女の子らしすぎる髪型にするのが好きではなかったし、動きの激しいバスケットボールというスポーツの性質を考えると、それくらいの長さが最も私に適していた。
昔の私と同じく咲良もバスケをしているからショートヘアーなのだが、首の真ん中くらいまでの長さのショートボブだし、少しでもオシャレに見えるように、よくヘアアイロンで髪を巻いてあげている。だから厳密には昔の私と少し違う髪型だ。
しかし咲良はお揃いのショートカットだったのが嬉しいみたいで、自分の髪を指でくるくる巻いている。
最後の卒業生一覧のページに詩織を見つけた。まだすっぴんだった頃の詩織の顔には、さっき見た華のある美しさとは違う、素朴な美しさがある。
私はその顔を見て、また胸が高鳴った。
私が詩織の写真を指さすと、咲良は「おー!」と反応した。
「詩織さん、すっごく可愛い! それになんか、高校生とは思えないくらい綺麗だね!」
「でしょ? 詩織、高校生のときは佳正と付き合ってたけど、それでも告白する人が後を絶たなかったんだよ」
「そうなんだ! あれ?」
咲良が首を傾げる。
「詩織さん、高校生のときはお父さんと付き合ってたの?」
「そうよ。佳正と付き合ってて、そのことを私に相談してきたの」
「へー! でも今は、お父さんとお母さんが結婚してるんだもんね! すごい偶然だ!」
私もまさか佳正と結婚することになるとは、社会人になって佳正と知り合った当初は思ってもいなかった。
しかも、詩織は佳正と私が結婚したということをまだ知らないはずだ。
次会ったときに言わなければと思うと、今から少しだけ気が重くなる。
「お母さん、アルバム見せてくれてありがとう!」
アルバムをもう一周見た咲良は、詩織の顔も知れて気が済んだらしい。
「じゃあ、晩ご飯にしよっか。アルバム仕舞うから、咲良は先に戻ってて」
「うん! お腹ぺっこぺこー!」
咲良は、親子の証、とでも言わんばかりに、短い髪を何回か手で弾いた後、お腹を叩きながら走って階段を下って行った。
私はアルバムを仕舞おうとして、引き出しを大きく手前に引いた。
その時、透明なクリアファイルに入った一枚の紙が目に入った。
離婚届。私の名前だけが書いてある。
佳正が何年も出張から戻らないので、衝動的に書いてしまったものだ。
もしもの時はこの紙をちらつかせれば……、と考えていたが、佳正とは連絡がつかないし、忙しいのを理由に会いに行くこともできていない。
結果として、引き出しの中で眠っている。
私にとっての最終手段であり、御守りのようなもの。
だが今、それがふと目に入った時、今までにない程その存在を強く感じてしまった。
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