第5話
・
仕事が終わって更衣室に戻った頃には、もう夕方の5時を過ぎていた。
スマホを見ると、咲良から学校が終わった旨のメッセージが届いていた。
まだ詩織からのメッセージは届いていない。
車を走らせ、咲良が通っている学校に急いで向かった。
学校に着くと、咲良は水沢あかりちゃんと駐車場の縁石に座って話していた。
水沢あかりちゃんは、咲良が最近仲良くなった子だ。部活も一緒で、私が迎えに行くといつも一緒にいる。
私が駐車場に車を停めると、咲良はあかりちゃんに大きく手を振って別れ、勢いよく助手席に乗り込んできた。
「ただいま! お母さん!」
「おかえり」と返し、私は車を出す。
「今日ね、今日ね!」
通学カバンを後部座席に置きながら咲良は、
「あかりちゃんと恋愛相談してたの!」と元気満々に言った。
「へえ、咲良にも好きな子ができたんだ」
まだ幼いと思っていた咲良も恋をする年頃になったのかと感慨深くなる。
「違うよ! わたしがあかりちゃんの相談に乗ってたの!」
「あ、そっちね」
私が思わず少し笑うと、咲良は「わたしが相談に乗るのがおかしいの?」といじけた。
「ごめんごめん。おかしくはないけど、私が学生の頃と同じだと思って。私も、恋愛経験が無いのに相談されてたことがあるから」
「そうなんだ!」
咲良は明るい声で反応した。
「お母さんが相談されてた相手の人はさ、うまくいったの?」
「……うーん」
私は昔の詩織の顔を思い浮かべる。
「多分、うまくいったと思うよ」
結局詩織は、高校を卒業する頃にも、まだ佳正と付き合っていたらしい。
私たちは佳正より二つ年下で、私と詩織が知り合った高校二年生のときには、すでに佳正は高校を卒業していた。
そのため、遠距離恋愛の二人がうまくいっていたのか、本当のところは私には分からなかったが。
詩織から「佳正とうまくいってる」と聞く度に、嬉しさよりも、詩織が私から遠ざかる寂しさを感じて複雑な気持ちになったのを覚えている。
それでも私は詩織のために、ほとんど無い自分の恋愛経験をフル活用し、たまに小説や漫画で得た知識を交えつつ、必死の思いで詩織の恋愛相談に乗っていたのだ。
「あかりちゃんにはね、気になる子がいるの。わたしは恋愛のこと分からないけど『あかりちゃんならそのままで大丈夫! あかりちゃんのマイペースなところ、絶対好きになってくれるよ!』って言ってあげたんだ。でも、あかりちゃんの告白が成功するか心配なの……」
「あかりちゃんは、咲良の言葉を聞いて、どんな顔してた?」
「嬉しそうにしてたよ!」
「それなら大丈夫」
咲良は少し不思議そうな声で、
「なんで大丈夫だって言えるの?」と訊く。
「恋愛って、失敗はあっても間違いは無いって思うから。かな」
自分にも言い聞かせるつもりで私が答えると、咲良は「ほぇー」と感嘆の息を漏らした。
「お母さん、今の、すっごい名言みたい!」
「なんか恥ずかしいわ」
「いい言葉だから、私のざうゆのめいにしよう!」
「咲良、それは間違い。『座右の銘』ね」
咲良は「あ、そっか!」と頭を掻いた。
「あかりちゃん、柚ちゃんと付き合えるといいなぁ!」
「あ、女の子なんだ。あかりちゃんが好きなの」
咲良はさも当たり前のことかのように「そうだよー」と言った。
いい時代になったと思った。
私が学生の頃は、男は男らしく、女は女らしくあるべきだという価値観が根強く、同性の子を好きになるなんてありえなかったのだ。
私はずっと、そういう型にはまった考え方が嫌いだった。
人にはそれぞれ好きの形があるから、それが一般的なものと違ってもいいと思っている。むしろ尊重されるべきだ。
咲良にも常々、
「咲良は何を好きになってもいいし、どう生きてもいいんだよ。周りの人が何か言ってきても、咲良が正しいと思うことをしなさい。でもね、他の人にも同じように何かを好きな気持ちがあって、自由があるから、それを邪魔しちゃダメだよ」
とも言い聞かせている。
だから私は、咲良があかりちゃんの相談を当たり前の恋愛として扱っていることが嬉しかった。
「無事に恋人同士になれるといいね」
咲良は「うん!」と大きく頷いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます