第4話 お前にはまだ早い

 イヴリンが王子たちの元を去った後も、ラルフは気がつくと彼女のことを目で追ってしまっていた。式の際に見てしまった彼女の瞳。あの眼差しや表情が忘れられない。そして今、目の端に見えている地味な女性が同一人物とは思えず、若干頭の中が混乱してしまっている。


「ラルフ、おい、どうした? ぼぉっとしてる様だが、疲れているなら先に戻ってもいいんだぞ」

「いえ、兄さん、大丈夫です。それより、レッドモンド伯爵と兄さん、姉さんはどういう関係なのですか?」


ヴィクトリアは兄の婚約者なので、正確には義姉ではないが、もう結構長い間婚約者なので、普段から『姉さんと呼びなさい!』と言われていたラルフ。最初こそ抵抗はあったものの、今では普通に彼女を姉と呼んでいる。


「イヴリンはヴィクトリアの幼馴染で大親友なのさ。俺達が婚約した五年前、直ぐに紹介されてな」

「私の自慢の親友ですからね! それにイヴリンも城で仕事するタイミングだったから丁度良かったのよ」

「彼女はどうしてあの様な地味な……式の時はもっとこう覇気と言うか存在感があったのに」


 ラルフがそう言うと、ジェイミーとヴィクトリアは顔を見合わせて笑う。


「何で笑うんですか!」

「ハハハ、済まない。俺も初めて彼女に会った時、同じことをヴィクトリアに聞いたからな。彼女はここぞと言う時以外、前髪で目を隠したあの姿が普通なのさ」

「昔はね、ちゃんと目を見せる髪型をしてたのよ。でもね、地味な格好をしていても舞踏会や茶会で男性に囲まれちゃってね。イヴリンにその気がなくても魅了しちゃう、まさに魔性の女ね。で、あのスタイルに落ち着いたって訳。ここで働いていたときはずっとあの姿だったから、本当の彼女の姿を知ってる同僚も少ないんじゃないかしら」


 なるほど、納得だ。例に漏れずラルフも一瞬で彼女の瞳に魅了されてしまっていたし、今も彼女のことが気になって仕方がない。


「おいおい、お前まで彼女に魅了されました、なんて言うなよ」

「そうよ、ラルフ! あなたにイヴリンはまだ早すぎるんだから」

「そうだな、お前にはまだ早い」

「そ、そんなことは!!」


 ムキになるが、二人の言うことは図星だ。今、二人の話を聞いて彼女の性質について納得はしたが、だからと言って式の時脳裏に焼き付いた彼女のイメージが払拭できた訳ではなかった。先程少し話したことで、王子とは言え年下の自分があまり相手にされていないことも分かっている。しかしこの『彼女の側に行きたい』と言う想いはなかなか抑えがたいものがあった。


「僕にはまだ早いとは、どういう意味ですか?」

「そのままの意味さ。お前は彼女のことを地味と言ったが、外見だけで判断したら痛い目にあうぞ」

「そうね。あの子は色々と規格外だかし、未亡人だから慰めようなんて下手なこと考えないことよ。ま、大親友の私なら全然問題ないけどね!」


 何故か大親友であることを全面に推してくる義姉を若干煙たく思いつつ、また彼女のことを目で追ってしまっていた。それにしても『痛い目』とはどういうことだろうか。今、彼女の周りには男女問わず役人や貴族が群がっていて、皆で楽しそうに談笑している。その雰囲気に何か異常性を感じる訳でもなく、目を隠したあの髪型でもしっかり人々を魅了してるじゃないか、とすら思う。隣にいる彼女の義弟はどうなのだろうか。家族なのだから、彼女の本当の顔も知っているだろう。自分の様に彼女に魅了されて王都に付いてきたのだろうか……二人に『早すぎる』と言われたことを気にしつつも、考え始めると途端に思考がまとまらなくてモヤモヤとした。


 その後気がつくとヴィクトリアは再びイヴリンにくっついていて、姉もしっかり魅了されているじゃないか、と心の中で呟くラルフ。しかしそれが聞こえたかの様に彼女と目があってキッと睨まれたので慌てて目を逸らす。やがて宴もたけなわな頃にジェイミーが皆に声を掛け、祝賀会は終わりに。最後に彼女が皆の前に立ち感謝の意を述べる。


「皆様、本日はこの様な素晴らしい会を設けて頂き有り難うございました。亡き夫の名を継ぎ、そして両親が治めた地に再び戻って来られたことを嬉しく思います。私は伯爵としてはまだ若輩者。義弟のリアム共々、今後ともご指導の程、宜しくお願い致します」


 落ち着いた耳に心地よい声ながら、至って普通の挨拶。しかし会場は拍手に包まれて、ラルフも釣られて拍手をしていた。彼女は伯爵……そう、この若さで伯爵なのだ。彼女の魅力云々は置いておいて、領地を治めたりすることが可能なのだろうか。エガートン領は伯爵亡き後もその部下が運営していると聞く。彼女も結局、その人物に頼ると言うことだろうか。ラルフの心には、次々と疑問が湧き上がってきた。そんなラルフの肩をジェイミーがポンポンと叩く。


「そんなにイヴリンのことが気になるか?」

「え!? いえ、そんなことは……」

「ハハハハ、お前にとっては興味の尽きない相手だろうからな。そんなに気になるなら自分の目で色々と確かめればいいさ。接点は用意してやるから」


 接点? 意味は良く分からなかったが、それを聞く前にジェイミーとヴィクトリアはイヴリンの方へと行ってしまった。会が終わったからか、どっと疲れを感じたラルフは一人会場を後にした。

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