第3話 親友
城内で行われる新伯爵の祝賀会。その会場でヴィクトリアは主役が来るのを今か今かと待ちわびていた。彼女の大親友であるイヴリンは、十八のときに両親を事故亡くして叔父夫婦の謀らいで遠方の辺境伯領へと嫁ぐことになってしまった。そんな縁談イヴリンは断るだろうと思っていたのに、なんと彼女はそれを受け入れてしまう。エガートン伯爵邸をヴィクトリアの婚約者であるジェイミー第一王子に託したり、その他にも色々と手を回してから王都を離れたのは流石だったが、それでもヴィクトリアには納得行かないことの方が多かった。
この三年の間、イヴリンとは何度も手紙でやり取りしていたが、常に隣国との戦いがある様な地域へ嫁いだ親友のことが気になって気になって……だから、彼女が王都に戻ると知った時は飛び上がって喜んだものだ。
「少しは落ち着いたらどうだ? ヴィクトリア」
「分かってる! 分かってるけど、早く会いたいのよ!」
婚約者のジェイミーに呆れられながらも、ウロウロ、ソワソワしながらイヴリンを待つ。普通、伯爵になったからと言ってその祝賀会が城で行われることは稀である。しかし親友のために何かしたい気持ちが抑えられなくて、ジェイミーに頼み込んでこの会を開いてもらった。もちろん、王や王妃も了承済で城で働く者たちも快く参加してくれた。それも当然、王都を離れる前まで彼女は城内で仕事をしており、その能力の高さから庶務のみならず政に関しても彼女に意見を求める者が跡を絶たなかったほど。彼女が王都を去ると知ったとき、それを嘆く声がどれだけ多かったことか。
会場に多くの関係者が集結してそれぞれに会話し、場も温まってきたかと言う頃に階段の上に人影が見え、それが王だと分かると皆の視線がそちらに集まる。そして王に続くように女性が現れ、二人が階段を降りてくる。
「皆、今日は良く集まってくれた。イヴリンのことは皆良く知っているだろうが、この度レッドモンド伯爵として領地を治めることとなる。我が友ベンジャミンの娘でもある彼女を、これからも助けてやってくれ」
王の言葉の後に大きな拍手が起き、少し照れくさそうにしているイヴリン。そして王が乾杯の音頭を取ると、再び大きな拍手が起きた。その後王が早々に退室すると、途端に会場にざわめきが戻ってくる。と、少し離れた場所に居たヴィクトリアが一番に彼女に駆け寄り、抱きついた。
「おかえり、イヴリン!!」
「相変わらず情熱的ね、ヴィクトリア……ただいま」
涙を浮かべてイヴリンをきつく抱きしめなかなか離れる様子のない彼女を、イヴリンは宥める様に抱きしめ返す。ようやく彼女から離れたかと思うと、イヴリンの姿を上から下まで確認するヴィクトリア。
「あなた、また前髪で目を隠してる! それに主役なんだからもっと派手にしないと」
確かに、今の彼女は先程の式の時からすると信じられないほど地味。髪は後ろで束ねて前髪で目が隠れてしまっている。ドレスは濃いグリーンの落ち着いた雰囲気のもの。先程の式の際の彼女とはまるで別人の様であるが、こちらが普段の彼女であって皆には馴染みの姿なのだ。
「まあいいわ、ジェイミーの所に行くわよ!」
「もう、そんなに慌てないで」
他の参加者もイヴリンと話をしたそうな中、ヴィクトリは彼女の腕を引いてジェイミー王子の元へ。そこには第二王子のラルフの姿もあった。
「連れてきたわよ、ジェイミー!」
「やあ、今日はご苦労だったね。改めて領地権の取得、おめでとう。そしておかえり、イヴリン」
「有り難う、ジェイミー。あなたには色々と世話になりっぱなしね。この御礼はいつか必ず」
「ははは、君がこっちに帰ってきてくれるだけで俺たちは大助かりだけどね。ああ、そうだ。ラルフ。お前は彼女とこうやって会うのは久しぶりだったな」
「あ、はい……」
落ち着いた雰囲気の貴族令嬢然としたイヴリンの姿に、戸惑いを隠せない様子のラルフ王子。
「ラルフ王子、先程は有り難うございました」
「あ、ああ。この度はおめでとうございます」
「有り難うございます。かなり昔ですが、王子にはお会いしたことがあるんですよ。覚えてないかしら?」
「???」
「お前はまだ幼かったからな。エガートン卿と一緒に時々城に来ていた彼女に、お前は遊んでもらってたんだぞ」
「そうでしたか。覚えてなくて申し訳ない」
「フフフ、よろしくてよ。ああ、そうだわ。私もあなたたちに紹介したい人がいるの。リアム!」
イヴリンに呼ばれると、少し離れた場所に一人でいた男性が寄ってくる。
「皆にご挨拶を」
「はい、姉上……私はリアム・レッドモンド。ジェイミー殿下、ラルフ殿下、お初にお目にかかります」
「パトリックの弟だな。こうやって会うのは初めてだな……パトリックのことは残念だった。お前があいつの分まで頑張って、レッドモンド家を継いでくれよ」
「はっ!」
「リアムは暫く王都で生活して経験を積むことになっています。あなたには頼ってばかりだけど、よろしくね、ジェイミー」
「もちろんだ。その事についてはまた後日話をしようか。本日の主役をいつまでも僕たちが独占してる訳にもいかないからな。ほら、ヴィクトリアもいつまでイヴリンにしがみついてるつもりだ?」
「えー、三年ぶりなんだし、このままがいいんだけど!」
「そういう訳にもいかないだろう? ほら!」
半ば無理矢理イヴリンから引き離されたヴィクトリア。二人はもう一度軽くハグしあい、イヴリンは義弟のリアムを引き連れて他の出席者たちの方へと行ってしまった。
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