第7話 コンビニ
――ピロパロピローン、フェミフェミマ〜♪
何故か耳に残る、日本人なら必ず聞いたことのある電子音、挽きたてコーヒーと揚げ物の匂いがする超絶便利な店。
そう、勇者一行はコンビニに訪れていた。
そしてこれが、ここまでに来る道中で全員の行きたい場所を照らし合わせた結果である。
「いやーしかし、なんだな。このコンビニとやらは何でもあるのだな……また、ドアが勝手に開くしの」
「本当ですね……この狭い店内に規則正しく陳列されていますし、しかもこれ導線も考えられていますよ……魔法を使わないから文化はどれほどものかと思いましたが……これほどまでとは――」
前を歩く二人はそれぞれに感心していた。
ドンテツはその品揃えの豊富さ、カルファに関しては文化の高さに。
「でもさ、でもさ! これすぐ取れるくない?」
二人を後ろから抜いたチィコが指を差して言う。
チィコが気になったのはレジ前にある飴やガムなどが陳列された棚だ。
決して取ろうとはしていない。
しかし、冒険の日々に身を置いていた者からすると、わざわざ取りやすい場所に商品を置いている意味が理解出来なかったのである。
そんなチィコに、一番後ろで一行を見守っていたトールは近付き優しい声色で言葉を掛けた。
「ええか? チィコ取れるけど、取らへん。これが日本のいいところや」
その言葉を聞いたことで、同じように悩み始めていたドンテツ、カルファにもそれぞれに推測がたつ。
「なるほど……性善説の元運営されているのですね。となると、かなりの教育が行き届いていないとありえないですよね」
「だの、まぁなんかあっても、ひーちゃんとか名乗っておった強き者をおるしの。あそこにいるか細い店員らしき者もとんでもない実力を持っているやも知れん」
「いやいや、それはないからな。あの人は一般人や。魔法を使うこともできひんし、なんか体術とか凄いわけでもない」
「ガハハッ、流石にそれはないだろう。どれ試してみるか……」
「ちょい待ち!」
「大丈夫だ。魔法も使わんし、乱暴なこともせん」
ドンテツはそう言うと、レジに向かって歩いていく。
「お嬢さん、これをくれるかの」
その手には、レジ前のお得品コーナーにあった30%OFFのシールが貼られたあんぱんが握られていた。
これは自らも工房を営んでいるからこそ視点。
接客を見て判断しようと考えていたのだ。
「は、はい! あの袋はいりますか?」
「袋? 儂は袋なんぞ注文しておらんが……」
「あ、いえ! 手提げ袋と必要かなと思いまして」
「ほう……なるほど」
ドンテツは悟った。この子がお客一人一人を見て接客していることを。
「トールよ!」
「どうしたんや?」
「うむ、ここは立て替えてくれんか?」
「いや……なんでお金ないのに買おうとするん」
「仕方ないではないか、これが一番手っ取り早いんだ……だが、そうだな――」
トールから、お金を受け取る前に、ポケットからドラゴンの牙できた小ぶりのアクセサリーを店員へと渡した。
「お嬢さん、これを……」
「こ、困ります! こんな物を頂くわけにはいきません」
「大丈夫だ。大した金額の物でもないからな」
「こら、そういう勝手なことはしたらあかん!」
「いや、しかしだな。このお嬢さんの接客が良かったのだ。その報酬として、何かを渡すのは儂の自由だろう?」
「気持ちはわからんでもないで? けど、ここ日本や。働いてる時に、お客から何か貰うのは無理なんや」
「ぬう……だめなのか? どうしてもか?」
カルファが市役所で見せたように、ドンテツもまた瞳を潤ませ跪く。
「はぁ……なんで、君まで上目使いするんや」
「いや、お主こうやれば話を聞いてくれるだろう?」
「そんなアホな……いつ誰がどうなってそんなやり取りしたん? さっきカルファとのやり取り見てたやろ? 僕はそんな情に訴えかけるような仕草に惑わされへんって」
「うむ、見ていた。だが、あれは空気の読めんカルファだったからな。今回は違う、儂にはわかる」
「わかるって何が?」
「ほれ、覚えておらんのか? チィコがトワルフの森でどうしても珍味を食べたいと言った時、その手前の村、王林の村でチィコがコップルの実を食べたいとゴネた時、あとは出店の干し肉を買ってやったり――」
トワルフの森、カルファの故郷で直径五十メートルの大樹が生える大森林である。王林の村は、この日本で言うところの林檎に似た果実を生業としている小さな村だ。
「あーはいはい。もうわかったから! なんでそういうんは覚えてんねん……」
トールは自身が旅の中でおこなってきた子供だからという贔屓目を指摘されてバツが悪そうな表情をする。
内心、贔屓してしまっているという、その事実は理解していたからだ。
とはいえ、ここで認めてしまっては話がややこしくなってしまう。
特に理屈っぽく、勘違いしてしまうエルフ族のカルファが見ている時は。
「よし、では渡しても大丈夫だの」
「そうやな……って、ならへんで! 今回のは守らなあかんルールやし、渡された方が損するんやから」
「そうですよ! 先程私が甘い声を出して跪いたのに、ここで「そうやな、お前の言う通りやな。ほな、あげるか」なーんて言ったら、男色確定ではないですか!」
「はぁ……なんで、君はそこから離れられへんの? あれ甘い声やなくて、幼い声って感じやけど」
「や、やはり……そ、そ、そうなのか?! 先程も言ったが儂は――」
「もうええから! そのくだり! 僕も女の子が好きやし! 普通に!」
トールが大声を上げたことで、店内が静まり返った。
チラチラと様子を伺っていた他の客もそそくさと外へ出ていく。
当然と言えば当然だろう。
見るからに成人し、身なりもしっかりとした男性が大声で女の子が好きなど、いくら多様性が受け入れられる世の中でも、なかなかお目にかかれるものではない。
「コホン、お嬢さんが損するなら、やめておこう。えーっとそうだ。支払い方法は……お嬢さん、どうしたらいい?」
一瞬、変な空気になりかけたところ、ドンテツは咳払いをしその場を仕切り直す。そしてあんぱん片手に戸惑っている女性店員に教えを請う。
「あ、はい! こちらに表示されている各種電子マネー決済と現金でお支払い頂けますよ」
「現金はわかるが、電子マネー……とな?」
レジに貼り付けられた様々な電子決済のロゴを見て首を傾げる。
「ふふっ、困っていますね! 私に任せて下さい」
「カルファ、お主何かわかるのか?」
「もちろんです! パソコンとやらでしっかり見てきましたから」
「えっ、なになに? 何かするの?!」
「なんやろ、嫌な予感しかせえへんな……」
「ふふーん! まぁ見てて下さい!
詠唱と同時に緑色のマナが手に渦巻き、薄型で四角い電子機器らしき物が形成されていく。
魔法の属性に関わらず、明確に想像したものをマナを消費することによって、再現するもので。
使用できるのは、トールとその教え受けていたカルファのみである。
そう、カルファはやってしまったのだ。
一番やってはいけない、そのオリジナル魔法でスマホを生成するということを。
「おお! なんだこれは?」
ドンテツはカルファの手にある魔法で形成されたスマホに興味津々なようで、目を輝かせている。
だが、トールが持っていた物と一緒とまでは気付かない。しかし、チィコにはわかるらしく、目にした瞬間指を指した。
「あっ! トールがいつも持ってるやつだ」
「チィコ、流石ですね。その通りスマホというやつです! いやー、ネットで調べたらこれがあると便利みたいなことが書かれていたので、トール様の持っていた物を
ドンテツはカルファに呆れらてたのが、あまりにも悔しいようで、瞼を閉じてトールとの旅の日々を思い浮かべるが、やはり出てこない。
「うむ……やはり、わからんの」
「スマホですよ! パソコンより、コンパクトでとても便利な物です。トール様曰くあちらでは機能の一部分しか使えなかったようですが――と、どれどれ私が生成したものは使えるのでしょうかね?」
生成したスマホが正常に動作するのか、電源ボタンを押したり、画面にタッチしたりなど確認作業をしている。
実はカルファがコンビニに行きたいと思った理由はこれだった。
もちろん、ドンテツやチィコもコンビニに興味を持っていた。
だが、ここを一番来たかったのはカルファだ。
どうにかして、小さな空間で住まう人達の文化レベル、そして魔法で生成した物がこの世界で使えるのか。
この二つを確認したかったのである。
カルファがスマホに夢中となっていると、トールが笑みを浮かべながら「
詠唱したことによって、その手の中に光り輝くマナが集まり、新聞紙を丸めたような物が形成されていく。
そして、新聞紙の丸めた物になった瞬間。
――スッコーン!
全く痛くなそうな軽い音がコンビニ内に響く。
「ったーい! なんで叩くんですか! 頭を叩いてはいけないんですよ? 知能は低くなってしまってですね――」
「あーもう、御託はええって! そもそも僕やって、叩きとうない! けど、これはあかん! ほんで見てみい! 女の子固まってるやん! というかどうすんねん! いきなり契約書破るようなことをして」
「うーん……それなんですけどね。私、気づいてしまったんです。トール様と交わした契約書はちゃんと機能していますよね? あれは私達という契約書に対して明確な対象があった。ですが、ひーちゃんとか言っていた変人と交わした契約書には、不要意に魔法を使わないことと書かれていました……」
「いや、それがどうしてん?」
「気付きませんか? 主語がないことに」
カルファの指摘を聞いた瞬間。
意味を理解したトールとドンテツが顔を見合せた。
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