第6話 市長
市役所の二階に位置する市長室。
入り口からすぐ左の壁際には巨大な本棚がある為、室内には年月を感じさせる木の香りと古びた本の匂いが漂い。
窓際に位置する執務スペースの後ろには、白い壁に愛故にと書かれた大きな掛け軸、その手前には各団体からの感謝状やトロフィーなどが飾られている。
その手前に設けられた応接用のソファーに勇者一行は座り、宏斗と住民登録や仕組みについて説明を受けていた。
「――というわけだ」
「えーっと、なんだ? あんたがここの長だってことはわかったが……その後の話がさっぱりだ。何故わざわざ儂らみたいな異世界人に住民の権利を与える? それにだ魔法を何故使えるのだ? 聞けば聞くほど、ますますわからん。つまりあんたは何者なんだ?」
「ハハハッ! 何者か、確かに何者なんだろうな? 言われてみると俺自身にもよくわからないな! まぁ一応、お国の機関である防衛省直轄にはなるから、公務員とでも言うのか? ああ、お前達の世界で言うところ国に仕えるの役人ってやつだな。とはいえ、そんじょそこらのお役人よりは強いのは間違いないぞ!」
「いや、それはわかっておる。魔法扱い、チィコをいとも簡単にあしらう動きを見せておるのだからの。というか、今のは笑うところか? 儂が聞きたいのはだな、宏斗と言ったか? お主の素性の話だ」
「素性ねー……さっき説明した通りなんだが……って、あれは経歴か! うーん、トー坊のオシメを替えていたとか、トー坊の裸を見たことがあるとか? あ、着替えも手伝っていたぞ?」
この宏斗という人物は、市長や防衛省所属と言うだけではなく、トールが幼少期を過ごしていた児童施設、星屑の里の責任者でもあるのだ。
「また、聞いてもない情報を……なんというかお主掴みどころがないの……」
目の前の常識では測りきれない存在に、ガンテツは最大限警戒していた。それは右隣座っているカルファ、チィコも同じだった。
異様な空気が流れる中、トールが言葉を発しようとしたその時――。
顎に手を当て考え込んでいたカルファが呟いた。
「……なるほど、わかりました」
「ぬっ? まさかカルファ、お主……今のでわかったのか?!」
「はい。要はトール様とは別に意図しない転移者が存在していて、それを管理する組織が存在すると言うことです。そして貴方は何か訳があってトール様と同じように異世界に転移し、独自で魔法の使い方を学び、その実力が評価されたことでその組織のトップとなった。こんな感じでしょうか?」
「さっすが! 知識欲の塊エルフ族! 年中、鉄と酒のことで頭がいっぱいのドワーフとは違うな!」
宏斗は机に用意された水を一口、二口と飲みながらニコっと笑みを浮かべる。
「知識欲の塊……なんでしょうか……少しバカにされているような……」
「いや、お主はまだいいだろう……儂なんてグータラ扱いだぞ?」
「ハハッ、そのあれだ、言葉のあやってやつだ! だから、まぁなんだ気にするな!」
「うむ……」
「はぁ……」
その巨躯からは想像できないほど、無邪気に笑う存在にドンテツとカルファは呆れにも、似た感情を抱き始めていた。
「トール……ボクらどうなるの? 大丈夫なの?」
この三人のやり取りと、本能的に宏斗の実力を理解していたチィコは背中を丸め、右隣に座るトールにしがみつく。
「大丈夫や、チィコ。僕に任せとき!」
しがみつくチィコの頭をぽんぽんとすると、優しい眼差しを向ける。
「えへへっ、頭ぽんぽ〜ん、落ち着く〜! ありがとうトール。ボクはトールを信じるよ」
「うんうん? 可愛いなーチィコは! ということでや、ヒロおじ? 御託はええからはよう、手続き終わらせてくれる?」
「ったく、つれないなー。昔は「僕に出来ることはなんでも言うて」とか言ってたのになー……あの頃のトー坊はどこに行ったのやら――」
「……その話はええって」
自慢げに昔話をする宏斗に対して、トールは刺さるような視線を向ける。
「あー、怖い怖い! 大人になるとこうも変わるかねー! わかりましたよぉーだ! ヒロおじちゃん、務めを果たします〜!」
口を尖らせ席を立つと、机の引き出しから、書類を取り出し三人に渡す。
「じゃあ、これにサインしてくれ!」
「これってもしかして……」
カルファはどこか見慣れた魔法に首を傾げる。
「そうや。僕が渡した誓約書と同じ魔法がかけられとる」
この契約書には、トールが一行に交わさせた規約違反を犯せば、ギルドへ転移してしまう魔法を掛けられているのだ。
「なぜ、トール様の魔法が……って、はっ! もしかして……」
何故、自分の世界を救った勇者が、そのオリジナル魔法を掛けた貴重な契約書を渡したのか、そもそも先程の着替えや、裸を見た関係とは――?
思考を高速で回すカルファの出した答えは――。
「あはは、まさか……世界を救った勇者様が男性好きだったとは……いや、ま、ま、まぁその……多様性ですからね……エルフにも男色は当然にありますし! 大丈夫です!」
大人の関係というものだった。
もちろん、カルファ以外そんな狂った勘違いをしてはいない。
トールの幼少期を知る人物という位置付けくらいだ。
「いやいや、待ち待ち! とんでもない勘違いしとるな! 察するとかやなくて、もうそれ妄想の域やで? 自分」
「え……あ、そうだったのですか? 私はてっきり――」
目の前で呆れる宏斗から視線を向けたことで、同意を求め左隣のドンテツへと視線を向ける。
この間にも、カルファの思考は加速していく。
その脳裏には、エルフの国で読んでいた書物の内容が頭に浮かんでいた。
種族の違い、年の差、そして同性同士の恋愛を描いた「禁断の園」という作品の内容が。
こうなってしまっては、妄想爆発エルフを止めることは出来ない。
しかし、ドンテツもこうなることはある程度理解していた為、気配を殺し窓の外を見つめていた。
それでも、カルファはどうにかして振り向かせようと近づき近距離でじーっと睨む。
「やめい、こっちを見るんじゃない。儂は強いおなごが好みだ」
「振られましたね……トール様」
「ちょい、カルファ。こっちおいで……」
不用意なカルファの発言にトールは微笑みながら手招きする。
呆れと怒りが入り混じっているので、とんでもない迫力だ。
カルファ以外の二人は、トールが怒っていることに気付いている。
だが、カルファ本人は何も気付いていない。
「はい? なんでしょうか? トール様」
トールに手招きされたことで立ち上がり近づく。
「
トールの体から、光り輝くマナを纏った鎖が発現しカルファの口元覆う。
そして同時に紫色の波紋が頭上に現れ、それが「むごむご」言っているカルファを抑え床へ強制的に座らせた。
これが天誅である。
「っ?!?! ふごぉ、ふごご!?」
「しばらくそこで正座や」
光り輝く鎖と頭上に浮かぶ紫色の波紋に寄って、カルファはその場で身動きすらできない。
「ねぇ、ドンテツ! どうしてカルファは正座しているの? 悪いことでもしたの?」
そんな二人のやり取りと見ていたチィコが言う。
「うむ、あれだな。ものを考えず言葉を口にした結果だな。チィコ、お主はまだ子供かも知れんが、時には言葉を受け取る相手のことも考えるようにするんだぞ? でないと痛い目にあうこともあるからの」
「う、うん! 気をつける!」
ドンテツの言葉と目の前で繰り広げられている、惨状を目の当たりしたことで、幼いながらにもちゃんとしようと思うチィコであった。
☆☆☆
静かになったことで、当初の目的であった住民登録もスムーズに進み、勇者一行は宏斗から最後の注意事項を聞いていた。
「――おしっ、色々と話が逸れたが、これで住民登録完了だな! もう一度説明するが、守ることは五つ。一つ、不要意に魔法を使わないこと。二つ、働くこと。三つ、魔法を見られた場合、すぐさまこの俺に連絡すること。四つ、納税すること。五つ、楽しめ! 以上だ! あ、三つ目の猶予は一日だからな! じゃないといくら俺でも対応出来ない!」
「わかりました。覚えておきます。が! 先程のトール様はこの規約に引っかかるのでは?」
正座で反省を促されていたカルファも目的だった住民登録を終えたことで、いつも調子に戻り、応接のソファーに座っている。
カルファの指摘はもっともだ。
だが、間違いなく言える立場ではない。
「ド正論や……けど、自分には言われたくないわ! 僕だって好きで魔法つこてないし。そもそも君らがおらんかったら、使うことなく日本でほのぼの過ごせてたはずやねんで?!」
一番言われたくない相手からの指摘に、思わず語気を強める。カルファはそれが悲しかったようで目を潤ませた。
「そんなにキツく言わなくてもいいじゃないですか〜!」
「キツく言うてない、事実を述べただけや!」
「トール様が冷たい……あれですよ?! 勇者が根に持つとか、印象よくないですよ? だから、ほら笑顔でにっこり――」
これが火に油を注ぐということ。
さすがのトールも眉間にシワを寄せたまま言葉も発しようともしない。
「カルファよ、やめておけ。今回もお主が悪い」
「ううう……」
「コホン、仲間が取り乱してしまいすまんの。儂も承知した」
「いや、気にするな! 俺は普段の、ありのままのトー坊を見れて満足だからな」
「ガ、ハ……ハハー……そ、そうか……それなら良かった」
カルファが言った男色の話が頭にこびりついているのか、ドンテツは苦笑いを浮かべる。
その反応を見て、瞬時に理解したトールは宏斗に釘を刺す。
「ヒロおじ……さっきの話からのその答えは誤解招くからやめてもらっていい?」
「ん? 何がだ?」
だが、残念なことにその宏斗自身が何も気にしていない。いや、気付いてさえいない。
というか、普通は気付かない。
「はぁ……」
そんな宏斗にため息を漏らし頭を抱える。
ひとりでに落ち込むトールが心配になったようで、チィコが顔を覗き込む。
「トールどしたの? 頭痛いの?」
「ううん、大丈夫やで。ちょっと呆れただけや。そうや、チィコはこの話わかったか?」
「うん、わかったよー!」
「そうか、そうか。そんなら良かった」
純真無垢なチィコの存在に少し救われたトールであった。
☆☆☆
無事登録を終えたことで、トール以外の勇者一行は応接用ソファーを立ち、市長室の入り口付近で自分達の行きたい場所について花を咲かせていた。
「ヒロおじ、ありがとうな。手間かけた」
トールは仲間達のはしゃぐ姿を横目で捉え、顔緩ませる。
「おう! って……今、なんて言った?」
「……二度も言わんって」
「いや、そこは素直になろうぜー! ほら、もう一回!」
「うっざ。僕ら用済んだし、帰るわ! 皆それぞれに行きたいところあるし」
耳を赤くしながら、転移魔法を発動すると会話を弾ませる三人の元へと近寄りそして消えた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます