第5話 市役所
勇者一行はトール引率の元、市役所に訪れていた。
「ふぅ……やっと着いたなー……」
トールは市役所に入るなり、ため息をつく。
それも無理はない。
建造物を見るたび足を止め語り始めるドンテツを説得し、知らない物を見つけると「これはなんですか?」とずっと聞いてくるカルファに応え、生き物に会いたいと言っていたはずなのに、何故か散歩中の犬に威嚇するチィコをなだめる。
トールがここへ着くまでに体験してきたものは、子供達を遠足に連れて行くのとほぼ変わらなかったのだから。
結果、通常なら徒歩でも十分前後で着くというのに、一時間を用した。
疲れ果てたトールの数歩先を歩くドンテツとカルファは、勝手に開閉するドアに、異世界の役場と比べて人数が多いことに及び腰となっている。
カルファに関しては、先程まで清潔感や美意識とあーだこーだと語っていたのに、自分より背の低いドンテツの後ろに隠れているほどだ。
「お、おい……カルファよ。ここの役所はえらく人が多くないか? ドアも勝手に開いたぞ?」
「しー! 静かにして下さい。余所者だと知られたら、どこかの研究所に攫われてしまいますよ? トールの話によれば、そういった研究所も存在するとのことでしたし」
「警戒していおる儂が言うのもなんだが……カルファよ、お主少々、ビビり過ぎではないか?」
「何を言っているのですか! 用心に越したことはないでしょう?」
「いや、わかるが。姿に関しては魔法で姿を変えているんだから、問題ないだろう? というか、お主さっきまで注目の的になって当然とか言っておっただろうに――」
「それとこれとは別です。得体の知れない物が多過ぎますから……ドンテツ、貴方だって受付の人を見たでしょう? こちらが用件を言う前に指示してきたんですよ。どう考えたって只者ではない。思考を読む魔法の使い手か、それとも先の先を読む武芸の達人か……あるいは――」
「む、むぅ……そう言われると不安になってきたな……もう姿がバレておる可能性もあるやも知れん……となれば、どうするか――」
勝手に盛り上がる二人にトールがツッコみを入れる。
「いやいや、違うからな。あれがこの世界の普通や。ちゃんと手順書があって皆、それに則って働いているんや!」
「へぇー、じゃあ、みんな魔法使えないの?」
トールの横を歩くチィコが言う。
「魔法はそうやな……使える人もおるけど、ほとんどが使えへんやろうな」
「えっ!? じゃあさ、トール以外にも使える人っているの?」
「おるおる! いけすかんけど、ものごっつ強い人がな」
「――うぃーっす、トー坊元気にしてたか?」
談笑する四人の後ろから、声を掛けるのは色黒でサングラスを掛けた大柄の男性。
白のカッターシャツに黒のスラックス、そして艷やかな革靴を履いている。
鼻を動かし誰よりも早く気配察知したチィコは、すぐさま距離を取り、四つん這いになった。
その動きと声を見聞きしたことで、職員や訪れていた住民達の視線が勇者一行に向けられ、ざわざわとし始める。
「ガルルルッ! みんなコイツ強い。気をつけて」
チィコが声を上げた瞬間。
各自が振り返り戦闘体勢を取る。
「すまぬ、反応出来んかった。儂もチィコに同意だ。まさか得物を持っていないときに、こんな強敵と出くわすとは」
「ええ……本当に、しかもここには庶民の方々が多数いらっしゃいますからね……下手に魔法を使えません……」
「だの……どうにかして避難をさせねば」
「先に
「おう! 任された!」
「じゃあ、ボクが時間稼ぎをするよ! その間にみんなを避難させて!」
「お願いします。チィコ」
「うん!」
「よぉし、儂が補助魔法をかけてやる! いくら攻撃を受けようとも、ダメージを受けん硬化の魔法だ!
詠唱後、チィコの体を土色のマナが覆い黄金色に光る。
カルファの的確な判断の元、ドンテツ、チィコは見事な連係をみせた。
まずカルファ本人が自分達の周辺に風の障壁を張る。
それと同時にドンテツがチィコへと補助魔法を施し、終えたあと職員達へと避難を促す。
ドンテツの補助魔法を受けたチィコは自分より、強い可能性がある相手に対して、スピードを生かし上下左右に高速移動からのヒットアンドアウェイで応じるといったように。
「おうおう! 速いし、良い連携だな! だが――」
大柄で色黒の男性はサングラスをゆっくり外すと、縦横無尽に動き回るチィコの右足をいとも容易く掴み、ニヤリと笑みを浮かべる。
衝撃の光景を目の当たりにしたカルファ、ドンテツの二人は瞬時に助けに向かう。
「「チィコ!」」
が――。
そんな二人の前に勇者トールが立ちふさがり止めた。
「そう慌てんでいい。僕が言うてたんは、この人や」
「えっ?! ですが! チィコが」
「そうだ! チィコが」
信頼しているトールの言葉を受けたというのに、ドンテツとカルファには、チィコが危ないという事実に囚われていた。
制止したというのに、チィコを助けに行こうとする。
二人は魔王を倒したことで、敵はいないと考えていたのだ。いや、大柄の男性に囚われているチィコもそう信じて疑わなかった。
だからこそ、残されたドンテツ、カルファの両名は取り乱し冷静な判断が出来なくなったのである。
予想外もしていなかった仲間のピンチに、動揺が収まらない二人を落ち着かせる為、トールは体力精神も回復させる作用のある魔法を使う。
「
明るく優しい光がカルファ、ドンテツを包む。
「どうや? 落ち着いたか? 二人とも」
「はい……少し落ち着きました」
「手間を掛けたの。儂も大丈夫だ」
「そうか、ほんなら改めて言うけど、この人が僕が話してたいけすかんけど、ものごっつ強い人や。つまり僕らの味方やな」
トールの一言を受けて二人は安堵の表情を浮かべた。
「はぁー……良かったですー……」
「本当だの……久しぶりに焦ったわい」
「ボクもー……ブルってなったよー」
大柄の男性に右足を掴まれ、宙吊りになっているチィコにも聞こえたようで、胸を撫で下ろした。
「というか、そろそろ降ろしてほしいなー」
チィコは宙吊りのまま掴んでいる大柄の男性に言う。
「おう、すまん!」
悪気がなかったらしく、すぐさま降ろす。
「今後、このムキムキ肉だるまおっさんに世話になる。ものごっつ嫌やけど」
「おう、ここで市長をやっている富樫宏斗だ。ひーちゃんでいいぞ」
市長、富樫宏斗、五十五歳。
自らをひーちゃんと呼び、勇者パーティの背後を容易くとり、勇者であるトールのことをトー坊と呼ぶ人物。
表向きには市長である。
だが、実はトールが転移したより前に異世界で冒険を繰り広げてきた元勇者でもあり、異世界の事情にも詳しい。
「お前ら異世界人だろ? そこの緑髪のねーちゃんがエルフで、小さい髭面のおっさんがドワーフ、未だに警戒心を解いていない嬢ちゃんが獣人族ってとこか?」
「何故、わかったのですか!?」
「いや、儂はおっさんではないぞ! まだ三十代だ」
「ボクの心……読まれた?」
「まぁまぁ、落ち着けっての! おっとその前に
宏斗の詠唱により、紫色に輝くマナが役所内に充満し、釘付けとなっていた職員達が次々に何事もなかったかのように、業務をこなしていき。
恐怖や戸惑いの顔を浮かべていた住民達も、興味を失ったかのように、自分達のようがあった窓口へと向かっていく。
「これでおっけーだな!」
その異様な光景に、三人は顔を見合せた。
「おっけーって……というか、今の精神干渉系の闇魔法ですよね? しかも、このフロア全員にかけるなんて、信じられません! どんな研鑽を積めば……」
「うむ……間違いなく精神干渉系の闇魔法だな。それにカルファ、お主の言うように、儂にもとてつもないマナの奔流が見えたわい」
「うん、ものすごーく濃い感じだったよね!」
元勇者である宏斗の実力の一端に興奮してしまう。
だが、無理もなかった。
会話を偽装する風魔法はともかく、記憶改竄などの精神干渉系に属する闇魔法は、どんなに卓越した使い手であっても一人が限界なのだ。
「まぁ……その色々と聞きたいことがあると思うけど、取り敢えず、初めの目的を果たすで!」
トールの一声に当初の目的を思い出した三人は、宏斗に住民登録について、また仕組みなどを説明してもらうことになった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます