第4話 行きたい場所

 しばらくして。

 

 手を洗い、トールが見繕った現代の服に着替えた一行は三者三様に反応を見せていた。


「さすがの、センスですね! 肌触りもいいし、サイズもぴったりです」


「うむ。違いないな! 生地が分厚いはずなのに、蒸れる感覚もないしな」


「うん! それにすんごく動きやすいよー!」


 玄関の姿見鏡を見て、満足気な笑みを浮かべるカルファに、その場で屈伸運動するドンテツ。チィコに至っては新しい服装にテンションが上がり、部屋の中で走り回ったりバク転をしてたりしている。

 

 ちなみにそれぞれの服装だが、トールは剣が描かれた白Tシャツに紺色のテパードパンツ。

 カルファは春色のワンピースに本と植物の刺繍が施された大きめの帽子。

 ドンテツはお酒とハンマーのアップリケが胸元に付いた紺色のつなぎ服。


 チィコは犬と猫がプリントされたねずみ色のフード付きパーカーに青色のショートパンツといった感じだ。


 このどれもが、勇者トールのお手製の衣服だったりする。


「ふふっ、喜んでくれて何よりや。気付いてると思うけど、脱臭と抗菌、清潔魔法を付与してる。あ、でも、チィコ! 飛び跳ねるんはほどほどにやで? 下の階の人に迷惑かかるからな」


「ご、ごめん! トール。嬉しくってつい……気をつけるね!」


「次、気をつけてくれたらええよ。そんだけ喜んでくれたってことやし!」


「うん、次はちゃんと気をつけまーす!」


「うんうん、チィコはほんまええ子やわー」


 年相応の反応を見せ、喜び動き回るチィコとそれを諌めるトールの後ろで、異世界大人組の二人はダイニングテーブルに腰を落とし、そこに置かれたノートパソコンに釘付けだ。


 マウスでカーソルを動かしては、気になるネットニュースをクリックしたり、画面中央に出てきた検索欄に文字を入力したりしている。


「この薄い投影機……凄いですね! 一体どうなっているのでしょうか? 一度、祖国に戻って解析をしてみたいです! ほうほう……なるほど、この押すとカタカタと鳴る物で文字を入力していくのですね。そしてここをクリック……ほうほう」


「カルファよ! わ、儂にも見せてくれんか? 勇者トールの育った国の鍛冶屋を調べたい!」


「なになに?! 何か凄いの? ボクも触ってみたーい! 動物! 魔物も居るのかなー? あ、食べ物もー!」


「二人とも落ち着いて下さい! 私が祖国に持って帰れば、量産できるはずですので」


「いや、あかんやろ! 人のんを勝手に持ち出そうとしたらあかん! というか、どうやって戻るんや?」


「それは、トール様の転移魔法で――」


「また、それかい!」


「のう、トールよ。この思考停止エルフはさておき、今後はどうするのだ? 儂らは各々の目的があってこちらの世界に来た。だが、お主の説明からすると住民の手続きなどをせんといかんだろ?」


「ああ、それね。もうすでに手打ってるよ」


「うむ、そうか。お主が言うなら問題ないとは思うが儂らの見てくれだと外も出歩けんのだろ?」


「それは、ちょい待ちや! 視認変化エクスチェンジ


 トールの詠唱後。


 三人が光り輝くとカルファの尖った耳は徐々に丸くなり、ドンテツのごわついた赤い髭は黒く染まっていき。


 チィコのふさふさの耳に尻尾も小さくなっていく。


 光が収まると全員の特徴が無くなった。


「これでおっけーや」


 姿見鏡の近くにいたチィコはすぐさま自分の姿を確認しにいく。


「うわー! 耳がない! 尻尾もー!」


 その反応にパソコンに夢中となっていたカルファも、トールと話し込んでいたドンテツも玄関まで駆けていき、鏡を見る。


「おお、私の長い耳も人族の耳になっていますー!」


「ほう、なるほど。これならおかしくはないか。少々特徴はあるが人族の見た目だの」


「せやな、まぁただ実際に変わったわけやなくて。見ている側の認識を変えたって感じやけどね」


 トールと会話しながら、ドンテツはダイニングテーブルに着いた。


「それはまた不思議な魔法だな」


「不思議……不思議かー……確かにこれも僕のオリジナルやから、あっちではないやろうし、そもそも姿を変える必要もないしね」


「あ、あの……お話しているところ申し訳ないのですが、各自で行きたい場所決めてしまいませんか?」


 玄関からダイニングに来たカルファが言う。


 カルファは当初の目的を思い出したのだ。

 この日本という国で、エルフの根幹である見聞と知識を高めるということを。


「うーん、それもそうか……じゃあ、どの順番で決める? 僕はどこでもええよ。日本出身の僕が行きたいところ言うってのもちょっと空気読めてない感あるし」


「ガハハ、違いないな! 儂もお主と同じ立場だったら 誰かに譲るだろうしの」


「まぁ、普通はそうするやろうね」


「うむ。ちなみに儂は年功序列で構わんぞ」


「ボクもそれでおっけーだよー!」


 今もなお姿見鏡に夢中なチィコが言う。


「ほんなら、カルファやな」


「え、ええ……ありがとうございます。ですが、なんでしょう。喜ぶべきなのに、何故かこういう時に限って私のことを「歳上だから」と言って譲りますよね。少し憤りを覚えるくらいに」


 外見からすると、髭面のドワーフ族ドンテツが歳上に見えるのだが、彼はトールの五個上の三十歳とそこまで歳を食っておらず。


 人族と同じように、年齢によって変わる獣人族のチィコも年相応の十歳である。


 なので、このパーティの年長者は齢二百五十歳を越えるエルフ族の姫カルファとなっていた。


 二百五十歳で姫など、日本ではあり得ないことだが、エルフの平均寿命千歳を越えているので何も問題はない。


 寧ろかなり若い部類に入る。


「まぁまぁ、そんなカリカリせんと! 譲ってくれたんやらか、素直に喜んだらいいやん」


「そ、そうでしょうか……?」


「うん、そうや! でも、な――」


「「「でも?」」」


 トールに断りを入れられて三人は声を重ねる。


「ドンテツ、カルファ近い近い! その前にドンテツも言うてためんどくさい役所手続きやな」


 トールの一声で、一行が行く場所は市役所に決まった。

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