第8話 契約書の穴
「えっ、なに? なんなの? 二人して固まって……ボクにもわかるように話してよ〜!」
先程まで、香ばしい匂いを放つホットスナックに夢中となっていたチィコが言う。
「チィコよ……ちょっと待つのだ。あとでちゃんと説明するからの」
「嫌だ〜! ボクも知りたいよー!」
「ははーん、皆さん動揺していますね」
全員の視線が自身に集まったことで、鼻高々といったところだろう。
自分が何を証明して、しまったのかわかっていないカルファにトールの怒りは沸点間近となっていた。
「っこんのぉ……」
「ふふっ、どうかされたのですか? さすがのトール様もご存知ではなかったようですね! 褒めて頂いても宜しいのですよ? それに魔法で作った物が使用できるなら、魔法を使える私達は無敵です!」
「アホかぁぁーーー! ええか? 今証明したことはこの世界の平穏を壊すことにもなるんやで? この日本っていうとこはな! 契約や労働の対価で賃金を得て物こうたりしてる! それが何もなしに全部出来るって……もーしバレてみい、強制送還で済む問題やないで!」
怒鳴ると同時にその手に持っていた新聞紙をくしゃりを握り潰してしまう。
しかし、トールの言うように、この資本主義の日本でカルファのような考えを持ってしまったら、恐ろしいことになるのだ。
もし、カルファが悪意を持ってこの世界の物を模倣し続けたら、日本、いや世界だって大混乱に陥るかも知れないのだから。
だが、その契約書の穴に気付いた本人は何も理解していない。
「そんなに怒鳴らなくてもいいではありませんか……私は少しでも、トール様の手を煩わせないようにと思ったのに――」
尊敬するトールに怒鳴られ、叱られたこの事実だけが、カルファの胸の中に残っている状態だ。
そのことを察したドンテツは助け舟を出すべく、まだ怒りの収まらないトールを説得した。
「のう、トールよ。カルファのやってしもたことは、無知の怖さ極まれりといったところだが、悪気はないんだ。許してやってくれんか?」
「髭モンジャラドワーフ……ありがとうございます」
「……その呼び名やめんか。お主の為に説得しておるんだぞ?」
「……ごめんなさい、ふざけてしまいました」
「ふざけたしまいましたって、お主なぁ……」
ドンテツがせっかく助け舟を出したというのに、カルファはそれが少し気に食わなかったようで、ふてくされている。
そんなカルファを前に流石のドンテツも少し憤りを覚えた。
しかし、この三人のやり取りを見ていたチィコには、違うように映っていたらしく、鼻息荒くしているドンテツの前に立ちはだかった。
「ドンテツ、怒っちゃだめだよ! カルファはトールに怒られて落ち込んでいるんだから!」
「いや、儂もそう思ってだな。励ましたんだがのー……」
幼いチィコに真っ直ぐ注意されたことよっぽど堪えたのか何も言う気が起きなくなり黙り込んでしまった。
「カルファ、よしよし」
「うぇーん、ありがとう。チィコぉぉ〜!」
問題を起こしたカルファがチィコに慰められ、叱ったトールと、励まそうとしたドンテツが完全に悪者扱いとなってしまう。
「ぬぅ……儂まで、悪者扱いか……」
「……なんやこれ。僕とドンテツがわるもんみたいになってるし……まぁ、一人くらいバレたところで問題ないか……いや問題ありまくるし許したくないけどなー……」
この状況に納得はいかないが、どうにか対処をしないといけない。トールの頭の中はそれでいっぱいになっていた。
「はぁ……けど、しゃーないかーよし、ちょい君少しええか?」
踏ん切りがついたトールは、一部始終を目撃していた女性店員を手招きする。
「えっ、あ、はっはい!」
女性店員はトールの言葉にビクンと体を反応させる。
魔法なんて現実に存在するわけない。
そう思っている人がほとんどである。
そんな中のこの出来事。
女性店員の反応は至って普通だ。
「ちょいちょい、君少しええか?」
トールは先程より、優しい声色で声を掛けた。
自身が表現できる最大限の笑顔込みで。
すると、女性店員は目を閉じて肩を震わせながら「わ、私は何も聞いてましぇん……」と呟いた。
何とも言えない空気が流れたが、これは自身の仲間が招いた不手際。そう思い次に行動を移した。
「大丈夫や、安心し。何もとって食おうとしてへん。けど、お願いがあんねん。この子と連絡先交換したってほしいねん」
トールが考えた策は、カルファに友達を作ってもらうこと、そうすればこの世界での常識も学べる。
その適任者として、目の前できょとんしている女性店員を選んだのだ。
「あとこの書類にも拇印と署名もしてくれへん?」
そう言うと【
「ひぇぇぇ……何も無い空間から、紙が! こっ、ここここにぃひぃ!」
「あはは! そらびっくりするか! ちょい待ちや。
明るく優しい光が慌てふためいていた女性店員を包む。
「どや、これで少しは落ち着いたか?」
「はぇぇ……これ何だかぽかぽかしますね……不思議と気分も落ち着きます」
「そらそうや、状態とか体力を回復する魔法やからね」
「あの〜トール様? 私にはあれだけ怒鳴ったのに、普通に魔法を使うんですね……というか、この世界に来てから一番魔法を使っているような……」
「いやいや、それは君らの為やからな! 普通に生活するなら魔法なんて使わへんし」
「本当ですかねぇ〜……こういうのって日常生活に出ますからね……今、思えば旅の最中でもよく居なくなったことがあったような……」
カルファの頭の中には、異世界でオリジナルの魔法開発に勤しんだり、転移魔法に次元収納ありきの生活をしていた姿が浮かんだ。
「なんや、その目」
「いえ、別に何もありませんよ? ただ、気になっただけです」
「あのー……私はどうしたらいいんでしょうか? やっぱり口封じに殺されるとか……?」
「おい、二人が言い合いたい気持ちはわかるが、お嬢さんが困っておるぞ!」
「っと、そうやった。そうやった。ちょっと待ってや……条件はっと、まぁ、こんなとこやろ」
魔法で契約条件を文字を印字した契約書を手渡した。
その条件は、この事を他人話さないこと。
定期的に連絡を取ることの二つだ。
簡単ではあるが、今後のこと考えて敢えてこの二つにした。
「確認できたら、下の印って書いてる部分に親指置いて念じるだけでええからね。それで署名もされて契約書交わしたことになるから」
「わ、わかりました」
女性店員が親指を当てると、誓約書の何も書かれていない部分に名前が浮かび上がる。
「私の名前だ……」
「当然や! 魔法やからね。よし、これで誓約完了や! これからもよろしゅうな!」
「は、はい……」
☆☆☆
コンビニでのトラブルを乗り越えたトール率いる勇者一行は、トールの住まいへと帰ってきていた。
「おいしー! このジャーキーっていう干し肉と揚げた鳥やばいよ! 噛めば噛むほど肉の味が口に広がるし、フォムチキだっけ? これなんて外はサクサクで中から甘い脂が溢れてくるぅ〜!」
「変換、スタンプ……顔文字とやらは……えーっとどこでしょう? 早く返さないと……」
――ブブッ。
「わわっ、また通知が!」
チィコはリビングテーブルで足ぶらぶらさせて、牛100%のジャーキーとコンビニホットスナックの名物、フォムチキを頬張り、その横ではトールのスマホを持ったカルファがLINEに夢中となっていた。
「うむ、これは美味いの♪ 飛竜の酒より、キレがある! その上、容れ物も綺麗ときた。この大きさもそうだが造り手の意地のような物を感じるな!」
ドンテツはフローリングに座りワンカップ酒を啜る。
飛竜の酒と言うのは、ドワーフが普段から好んで飲む酒で。飛竜の尾を乾燥させた物を度数の強い酒に年単位で漬けた物だ。
「そうか。気に入ってくれて良かったわ」
「うむ、酒は高いだけが全てではないからの! ときにトールよ。連絡先なんぞ交換して良かったのか? スマホとやらもカルファに渡しておるし。もし万が一儂らのことがバレてしもたら、色々と問題なのではないか?」
「大丈夫や、一応考えてのことやから」
トールは考えていたのだ。カルファも含めた三人が自分無しで生き抜いていく方法を。
「そうか……儂も疎いところが色々とあるからな。この世界でも世話をかける」
「ええよ、気にせんとって」
そう言いながらも、今後のことを思い浮かべると頭が痛いトールであった。
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