第34話 つくし台の歌姫
『素晴らしい歌唱ありがとうございました〜。続いてはエントリーNo.8兎見ミッケさん』
司会者に呼ばれ、ミッケが席を立つ。
うわっ、めちゃくちゃ緊張してるんじゃないか?顔が強張ってるし、手足の動きがカクカクしているぞ。
ミッケは躓いて転びそうになりながらも、舞台中央に辿り着いた。
「ミッケー!頑張れー!!」
「ヤレー!ミッケー!つくし台の歌姫ー!」
「優勝目指せミッケー!」
チエもモノも精一杯声を出す。ミッケは私達の声援に気付いたようで、こちらを見て笑顔を見せる。
おっ、少し緊張がとけたかな?でも、社長の方は反応が無い。下を向いて何か書いているようだ。駄目だもっとだ。
私達は立ち上がり飛び跳ねながら声を上げる。
「ミッケー!ボサッとしてんなミッケー!」
「人の話聞いてミッケー!でもポニーテール似合ってますよー!」
「かわいいぞミッケー!ナナミンよりかわいいぞー!つくし台のアイドルミッケー!」
私達のしつこい声援に周りがざわついてきた。その時、社長がようやく顔を上げ、怪訝な表情でこちらを見る。今だ!
「因果応報!!」カノンのドスの利いた声が響き渡る。
静まり返る館内。誤魔化すようにミッケへの声援を再開する。
「ヤッター、ミッケー」
「い、いけるぞー……」
私達は何事も無かったかのように静かに腰を下ろす。周りはまだ訝しげにチラチラこちらを見ているが、正面を向いて平常を装う。
そのままの姿勢で、小声でカノンに尋ねる。
「や、やったよね?」
「あぁ、やってやった」
「上手くいったかなぁ?」
「あぁ、確かにコッチを見ていた。何なら目が合った気がする」
「そうか成功だね!」
「後は結果を待つだけだ」
そう、やるべき事はやった。後は一晩待てばいい。明日には結果が出るはずだ。ただ、能力を使ったのが、これでまだ4回目というのが気になるけど。
舞台では司会者が場を繕う。
「いやぁ、凄い応援でしたね。お友達ですか?」
「ハイ、心から分かり合える、かけがえの無い友人達です!」
ミッケが満面の笑みで答える。おい、恥ずかしいな、言い過ぎでしょ、そんな分り合えた覚えは無いぞ。まだ出会って一週間だっていうのに……まぁ、嬉しいけど。
しかし、どうやらミッケは審査員に社長がいる事に気付いていないな。まぁ、あの場にいたら自分の事で精一杯だよね。私達の過剰な声援も真に受けているようだ。でも、いい感じに硬さが消えて普段のミッケに戻ったみたいだ。
こっちのやるべき事はやり終えた。後は純粋にミッケを応援するだけだ。
ミッケは右手でマイクを握り、しっかりと前を向く。躊躇いのない真っ直ぐな眼差しを遮るものは何も無い。静寂を打ち破り、前奏が流れ出す。ついにミッケのステージが幕を開ける。
楽曲はミッケの得意な爽やかなポップスだ。第一声から凛とした伸びのある声が会場に響き渡る。軽快なピアノが奏でるリズムに乗って堂々と歌う。サビでは抑揚の効いた力強い歌声が観客を圧倒する。
「いいよ、いいよミッケー!」
チエが思わず声を上げる。会場の音響の効果もあるのだろうか、カラオケで聴いた時よりも、さらにいい感じだ。今までの出場者の誰よりも上手い。いや、上手いだけじゃ無い、観衆を引き付ける魅力がある。聴き入ってしまう歌声だ。
本番で今まで以上の力を発揮するなんて、さすがミッケだよ。
審査員席を見ると、皆、目を見開いて聴き入っている。あの社長さえも、まんざらでも無い顔をしている。
これは普通に行ったらミッケが優勝だと思うんだけどな。モノの言う通り、本当にナナミンが優勝してしまうんだろうか?
「どうもありがとうございました!」
歌い終わったミッケが爽やかな挨拶を告げると、会場の至るところから拍手が湧き上がる。会場の人達も分かってるね、ナナミンの時より拍手多いんじゃないの?
続いて9番目、10番目の出場者の歌も無難に終わった。やはり、ミッケの後だと見劣りしてしまう感じがした。この後15分の休憩の間に審議を行い、それから結果発表という事だ。
「これどう見ても、ミッケの優勝だよね?」チエが口を尖らす。
「あぁ、仲間だからって、贔屓目に見てる分を差し引いても、ミッケが一番いいと思ったな」
カノンの言葉にみんなが頷く。
「少なくともナナミンとか言う奴は無いな。本当にあれが優勝になんの?」
「わかりませんが、ナナミンが出てきた時の感じでは、そう思えました。でも、ミッケが良すぎるので、優勝させない訳にはいかなくなったかもしれません」
モノの見立てを聞いて、期待が膨らんでくる。
「そうだよね、観客の反応も良かったしね。ミッケじゃなかったらオカシイよ」
「そしたらアタシ達は芸能人と友達って事だね」
「またチエはそんな事言って!話が飛びすぎでしょ。今回のも関東予選らしいしね」
「いや、ミッケの実力なら全国でも優勝しちゃうんじやないかな〜」
チエはふざけて言っているが、さっきのミッケなら、そうなってもおかしくないかもと思った。
「おっ、そろそろだぞ」
休憩時間が終わり、舞台では、出場者が緊張した面持ちで横一列に並ぶ。
ミッケも他の出場者と同様に余裕の無い表情を見せる。落ち着かない、何とも言えない空気が漂う。
暫くして、登壇した司会者がマイクを握る。
「お待たせしました。それでは新人歌手コンテスト関東地区予選、優勝者の発表です!」
司会者の合図とともに会場の照明が消え、ドラムロールが鳴り響く。
「ドルルルルル……」
うわ、これ昔っからよくテレビとかであるヤツじゃん。これ生で見ると緊張感あるなぁ。
私達は期待と不安が入り混じった気持ちを抑え込んで舞台を見つめる。
横ではチエが身を乗り出し、ゴクリと唾を飲む。
長い長いドラムロールの後、再び司会者の声が響く。
「優勝は、エントリーNo.7 古河七海さんです!」
会場に歓声とどよめきが広がる。どよめきには、少なからず不満の気持ちが含まれているように聴こえる。
「ほ、本当にナナミンが優勝……」
当初のモノが言った通りになってしまった。これが出来レース、いくらミッケが良くても、初めから決まっていた事は変わらないというわけか。
予想していた事ではあるが、期待もしていただけに、やっぱり精神的ダメージがある。他のみんなも、やるせない悔しさを噛み締める。
「でも、ミッケの奴スッキリした顔してやがるな」
カノンの言葉に気付いて舞台上のミッケを見ると、不満気な表情を浮かべる出場者が多い中、意外にも晴々とした表情で優勝者に拍手を送っている。
「ミッケの中では、やり切ったのだから悔いは無いのかもしれません。気持ちは次の機会へと、もう前を向いているのかも」
「ウゥ、ミッケ……」チエが半べそをかく。
ミッケがもう前を向いているのなら、私達が引きずるわけにはいかない。笑顔で迎えなきゃと思う。
私達の感情など無関係に、舞台上ではナナミンの優勝インタビューが続いていた。
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