第33話 機会
コンテストは順調に進む。やはり出場者は皆上手いよね、こんな舞台でよく歌えるもんだと感心する。
次は7人目、例のナナミンという子の番だ。
『続いては、エントリーNo.7古河七海さん』
司会者がナナミンの名を呼ぶと会場のあちこちの席から拍手と声援が飛ぶ。結構な数のナナミンファンが来場しているようだ。
『古河七海さん17才。ナナミンの愛称で雑誌のモデルをやっています。最近ではCMでもご活躍ですよね。会場にはファンの方が何人も駆けつけているようです』
司会者が軽やかにナナミンを紹介すると、ナナミンは審査員席に向かって会釈する。審査員のオジサン達は、さっきまでの険しい顔とは打って変わり、何だか友好的な態度だ。
その時、ナナミンを見る社長こと青柳築治郎の片方の口角がクイッと上がるのが見えた。何とも嫌な顔だ。それを見たモノの表情が変わる。モノは嫌悪感だけではなく、何か別の考えが浮かんだようだ。
「これって、もしかして優勝はあの人で決まってるんじゃあ……」
「エッ!何?どういう事?」
みんなが驚いてモノを見る。
「ヤラセ?出来レースって奴か!」
「そんな、何の為に!?心が読めたの?」
熱くなるカノンとチエに向かってモノがか細い声で応える。
「いえ、はっきりしたわけではないのですが、あの社長の表情や審査員の雰囲気、もう、ナナミンを優勝させるって決めてるように思えて」
「そうか、これはモデルのナナミンを歌手デビューさせる為に仕組まれた大会って事か。全国何千人の中から優勝したとか言ってデビューしたら話題になるもんね」
私の発言にモノは黙って頷く。
「そんなバカな!だったらミッケはどうなるのよ!」
思わずチエが大声を出す。でも、チエの言う事はもっともだ。ミッケはデビューの夢に向けて頑張ってきたってのに。
「クソッ!もしかして社長の企画なんじゃないか?奴ならやりかねないぜ……しかしこれで優勝して社長に近付く作戦も出来なくなったな」
行き詰まる私達に悲愴感が漂う。そんな中、舞台ではナナミンの歌唱が始まった。
う〜ん、悪くは無いけど、そんなに良くも無い。素人にしては上手って位かな。他の出場者の方が上かなぁ。
そんな歌を聴いて、カノンが余計に苛ついている。
「クソが!こうなったら、ここから社長の奴に向かって因果応報って叫んでやろうか」
「エエッ!こっからでも効くの?」
チエが驚いて尋ねる。
「わからねぇけど、オレの声が奴に届けば何とかなるんじゃないか」
「今までこんな距離でやった事は無いんだね?一番遠くてどれ位なの?」
「いや、目の前でしかやった事がねぇ。今まで3回しかやった事無いしな」
「エッ?今何て……」
「ん?因果応報は3回しかやった事無いからな、ちょっとデータ不足だ」
想像していた事と違った。カノンはこの能力を以前から使いこなしているものだと勝手に思っていた。
「3回だけ!?もしかしてこの前私達に使ったのが3回目って事?」
「あぁ、そうだ。能力の確認も兼ねて試させてもらったんだ」
「確認……」
「うん、最初は父さんにあんな事言って、ああいう結果になったからさ、オレが因果応報とか言ったせいじゃないかって考えてたわけよ。それでたまたま、絡んで来やがったクラスの奴に言ってみたら結果が出たんで、本当に能力があるのかなって思ってさ。それでお前らに使って確信を得た感じかな」
カノンの思わぬ告白にチエが絡む。
「マジかよ~!あんな右手で額に手をやってから『因果応報!』とか言って、バシーってやるもんだから、スゲーマジモンの能力者だーって思ってたよ。何だよあの決めポーズよー」
「あ、あぁ、そう言われると恥ずかしいな。乗りだよ、乗り!何となく効きそうだろ」
ここでモノが口を挟む。
「話を戻すと、この距離でも相手に届けば効果がある可能性があるわけですね。能力は本人の気持ちによる所が大きいと思うので、カノンが効くと思えば効く気がします」
「お、おぅ、そうか、そう言われるとそんな気がしてきた。よーし、じゃあ思い切って……」
カノンは覚悟を決めたように、スーッと息を吸い込む。
「ちょっと待ってください!歌唱中は良くありません。大会を妨害するみたいになるのは良く無いです。ミッケにも迷惑がかかるかもしれない」
「あ、あぁそうか、じゃあ歌い終わったら」
「でも、いきなり叫ぶのも変だよね。それに相手が見てなくても効果あるのかな?」
おっ、チエはたまに鋭いことを言うんだよな。
「そうだな、声だけ聞こえても、コッチを見てないとな。因果応報には、オレと顔を合わせてるっていう条件も必要かもしれない。そうじゃないと、会場にいる声が聞こえた全員に影響が出るかもしれないもんな」
う〜ん、もしここにいる千人に因果応報がかかったら、何だか凄いことになりそうだな。いや、大抵の人は良くも悪くも、私やチエみたいに普段とわからない位の差なのかもしれないけど。
「つってもさ〜、丁度社長がカノンを見た時に言わないととなると難しくなってきたね。コッチなんて見る時無いし」
チエの言う通りだ。この距離からじゃかなりハードルは高いなぁ。舞台ではナナミンの歌が最後のサビに入る。
「あっ、ナナミンの歌もうすぐ終わるよ。次はもうミッケの番だね。優勝者が決まってると思うと虚しいけど、せめて応援して盛り上げないとね」
「仕方ない、一旦ミッケ応援モードに切り替えるか」
カノンは悔しさをにじませる。そうだね、一旦ミッケへの応援を頑張るか。ミッケへ応援……。
「ちょっと思ったんだけどさ、ミッケを応援する時なら、いくら大声出してもおかしく無いよね?やり過ぎなぐらい騒げば社長もコッチを見ると思うんだ。その時に因果応報決めたらどうかな?」
私の発言に、みんなのテンションが一気に上がる。
「リル!それだ、それで行こう!」
「たまには冴えた事言うじゃんリル〜!」
「いや、チエに言われたくないよ!それじゃあ、ミッケが呼ばれたら私達が騒ぐから、社長がコッチを見たら声を潜めよう。その瞬間にカノンがバシッと決めればと思うんだけど……どうかな?」
「リルのアイデアいいと思います!でも、タイミングは簡単では無いですね、カノンが上手く出切ればいいですが」
「OK、問題無い。こんなチャンス2度と無いかもしれない、必ず決めてやる」
こんな重大な事、私の思い付きの案でいいのかって思ったけど、代案があるわけじゃないし、みんなも同意してくれたなら……これは、行くしかないよね、カノンもヤル気がみなぎっている。
舞台ではナナミンの歌唱が終わり、館内に拍手が響き渡っている。
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